誰も教えてくれない出産:7.凱旋帰宅
(004年09月09日に書いたものです)
出産後、実家で養生させてもらった1ヶ月。
出産の疲れも少しずつ少しずつ、癒えてきた。
考えたって答えが出ない不安にも、開き直って立ち向かうくらいの気力も出てきた。
そう、もうそろそろ、自分の家に帰る潮時のようだ。
実家はいい。洗濯も掃除もごはんも自動的にやってくれてさー。
しかしそんな母の愛にべったり甘えてたら、自分がだめになる。
このままじゃいつまでたっても子供のままで、おかあさんになりきれないぞ。
それに、1ヶ月も離れて暮らしてるオットが遠い存在になりつつあって、ヤバイ!と思ったのだった。
家を空けてる間、洗濯もごはんも自力でなんとかしてもらっていた。
おまけに、オットは仕事終わりが遅いので、なかなか息子の顔も見られないさみしい日々。
仕事も忙しい時期でしんどかっただろうが、泣き言も言わず、好きなだけ実家におりんさいと言ってくれていたのだった。
それに甘えてオットのことはさておき、な日々。
すると薄情なものでオットのことを考えない時間がじりじりと増えていった。
息子の世話でじゃまんなる、と結婚指輪をはずしてたら、曇ってた。うわー!
そう、ほったらかしにしとくと、なんでも曇るのです。
夫婦の気持ちもほったらかしとくと、どんな夫婦でも曇るのだ。いかんいかん。
さあ、自分の家に帰って、自分の家族を始めなくちゃ。
両親に、そろそろ帰ろうと思う、と告げると、いよいよその時が来たか、という表情。
娘が帰ってきて華やいだ上に、かわいい孫までいた日々。
「なんだか嫁に出す時よりさみしいのぅ」
肩を落とす二人を見て、あれだけおっぱい問題に横やりをいれられてキーっと思っていたが、やっぱりこっちもほろりとしてしまう。それでも、帰らねば。
家に帰る日を決め、準備にとりかかる。
日中どうすごし、夜はどうやって寝るのか。ちょびのベッドはどこに置くのか・・・
頭の中で念入りにシミュレーション。
しかし・・・それより何より気になるのが、家の現状である。
退院して実家に戻る前、ちょっと自宅に寄ってみた時のことが思い出される。
リビングの植木は枯れ、新聞やコンビニの袋が散乱し、洗濯物は山になっていた。
うちのオットはいい人だ。仕事もできる。
しかし、掃除と料理のIQは限りなく低い。
あれから1ヶ月。
想像するだに恐ろしい。
果たしてそんなところに新生児を連れて帰れるのか?
電話で掃除してねと頼んでも、「ううん、わかってるよぅ・・・」と鈍い反応。
だみだこりゃ。
意を決して帰る前日、大掃除をしに自宅に戻ったのだった。
両親も手伝いに来てくれて、父が息子を見ているあいだに、母とわたしがちゃちゃっと掃除する、つもりだったが・・・
1ヶ月空けた自宅は想像を絶する荒れっぷりであった。
絶句する3人。
どこから手をつけたらいいのか途方に暮れる。
ひとまず、父と母には息子をつれて実家に帰ってもらい、1人で片づけはじめたのだった。
寒さも忘れて窓を全開にし、ゴミをまとめ、掃除機をかけ・・・
黙々と掃除しつつ、ふつふつと怒りが湧いてきた。
明日妻と息子が帰るっつーのに、なんじゃこの有り様は!てめーそれでも父親か!!
怒りのパワーを掃除力に換え、嵐のように片付けまくってぴっかぴかになったのはもうとっぷりと夜もふけたころであった。
とりあえず実家に帰り、明日の大移動に備える。
しかし、オットへの怒りは収まらない。あんなやつ、育児に参加なんかできるのか?
これからは母のサポートもなくなるのに。負担は全部わたしにかかってくるんだ。
大丈夫なんだろうか。
ちゃんと家族、できるのか・・・?
翌日。
凱旋帰宅にふさわしい、爽やかに晴れた朝。
ベビーベッドをばらしてひもで結んでいると、母がわらわらと荷物を運んでいく。
バスタオルに、おむつの買い置きに、ティッシュだのトイレットペーパーだのの消耗品、はたまた当座の米やらなんやら・・・
その荷物の量たるや、まさに2度目の嫁入りといったところだ。
よって、父の車で都合3往復することとなる。
母の心尽くし、ちとやりすぎのようだが、ありがたいことである。
その日はオットも休みで、晴れやかな笑顔で出迎えてくれた。
まったく、人の気も知らずに、と玄関に入ったとたん、
あったかい・・・
そう、かわいい息子に風邪ひかせちゃならんと、全館暖房で待機していたのだった。
そして、玄関にいつも並べて置いていたオットとわたしのサンダルの間に、ちょびっとの靴が、ちょこんと並べて置いてあったのだ。
いそいそと靴を並べるオットの姿が目に浮かぶ。そして涙も浮かんできた。
オットはこの日をどれだけ待っていただろう。
寒い部屋で息子のことを思いつつ、カップラーメンをすすってがんばっていたのだ。
「ただいま・・・」「おかえり」
やっと帰ってきた。ちょびっと連れて。
さあ、家族のはじまりだ。
新米のパパちんとかーちゃんとちょびっと、3人で始めるのだ。
これから、よろしくね。
運び込まれた荷物の山をかき分けるようにして、どうにかこうにか寝床をつくる。
差し入れてもらった天丼を食べ、お風呂に入り、親子3人で寝る。
「すごいね、川の字じゃね」
「なんか家族って感じじゃね」
ふにゃあふにゃあと泣く息子の声がこだまするこの部屋も、見なれているはずなのになんだか新しい場所のような気がする。
収まるところに収まったような安心感と、大移動の疲れとで、すぐに甘い眠りに落ちたのだった。
■
自宅に帰ってきて数日、山のような荷物を少しづつ整理し、使い勝手のよいように片付け、暮らしのリズムもつかめてきた。
オットは離れていた今までの時間を取り戻すかのように、チューしたりだっこしたり、もうちょびっとにメロメロである。
予想に反して自分から進んであれこれ手伝ってくれるし、気を利かせてぱっと立ち回ってくれる。
パパちんになったんだもん、と、すごいはりきりようである。
やっぱり心の底から信頼して、甘えられる人が側にいてくれるのは、ほんとうに心強いものだ。
ある日、もう春の気配がいっぱいの日ざしが差し込むリビングで、眠る息子の顔をしみじみ眺めていた。
これが幸せというものなのね。
幸せが、ちいさく丸まって、やわらかな光の中で寝息をたてている。
出産からいままで、しんどいつらいばかりで、こんなにゆっくりした気分になかなかなれなかった。
よくがんばったなあ、自分。
ものすごい御褒美が、今、目の前で眠っている。
もうすぐ目がさめれば、ぱああっと笑ってくれるだろう。
こんなに満たされた気持ちは、初めてかもしれない。
これも、産んでみるまで分かりようがなかったことの、一つである。
《続く》
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