香りを纏う
所用で出かけたお店で、季節のセールをやっていた。
ふと足を止めると、ルームキャンドルがお安くなっているではないか。
燃焼時間はどのくらいだろうか、とにかくちょっとした
マグカップほどの大きさのキャンドル。
そしてその香りは、「tabac feuille」。
そう、タバコの葉の香りである。
わたしはタバコを吸わない。
だけど、タバコの葉のにおいは好き。
火をつけるとどうしてあんなにおいになっちゃうのだろう。
珈琲も、どちらかというと挽いた豆のにおいの方が好き。
このルームキャンドルの香りも、蜜のように甘く、濃厚で、
でも甘いだけじゃなく・・・
カサブランカあたりの、麻のスーツが似合ういい男、
そんなイメージ。会ったことないけど。
眠るすこし前、このキャンドルに灯をともし、
琥珀色のお酒のグラスをかざせば美しいであろうなあ。
朝晩すこしだけ涼しくなって、秋を感じ始めたからか
そんなことを想像し、買うことにした。
ふと壁際の棚を見ると、見たことのないオーデコロンが並んでいる。
几帳面に四角いガラスの小瓶には、モノクロのラベル。
それぞれの名前にちなんだデザインのそれはまるで
ワインのラベルか、上等なオリーブオイルのラベルのようだ。
いちじくの香りやスパイスの香り、どれも個性的。
ひとつずつくんくんしていたら鼻が麻痺してきた。
その中でひとつ、ふっと心をとらえた香りが。
ブラジリアンローズウッドの、低く重いトップノートで始まる
その香り。
ベトナムの熱帯雨林にある避暑地の名前を冠した香水だった。
高校を卒業し、大学生になってお化粧を覚え、
海外旅行して免税店で香水を買った。
それ以来、香りはいろいろと変わったけれど、
いつもつけていないと不安だった。
まるでテリトリーを主張する動物のように。
それが、いつのまにか中国茶を楽しむようになって、
余計な香りが邪魔になった。
お茶を含んだときの揺らぐ淡いかおりを追いかけるのに夢中になって、
いつからか香水をつけなくなった。
妊娠してからはますます香りに敏感になったし、
こどもを抱っこするにも香りは邪魔だった。
自己治癒目的のアロマテラピーを覚えたりして
純度の高い香油を好んで使ったけど、
香水をつける行為すら忘れていた。
だけど、ふと、この香りが今の自分に似合うような気がした。
ずいぶんと重くて深くて、どちらかというと男性的な香りだけど、
もうすこし涼しくなればきっとここちよく包まることができる
香りだと思った。
自分の外側をうっすらと包むベールのように、
あたたかい香りを纏う。
母でも妻でもない、ひとりの女性としてのわたしを
こうやってラッピングしてあげたい、
そう、思ったのである。
異性を惹きつけるためでも、虚勢を張るためでもなく、それは、
自分をやさしくしてあげる心地よさのひとつだと思う。
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