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2005年12月31日 (土)

年末来年

気がつけば大晦日。
毎年そうだが、今年は特に年末感が薄い。
まだ年賀状もできていない。
だって息子のいいお顔が撮れないんだもん!

ということで今年も暮れようとしている。

振り返ってもあんまり思い出せないほどの、1年だった。

年明け、仕事復帰に向け、息子を保育園に通わせ始める。
さっそく風邪ひいて、病院通いの日々が始まる。

2月、雪の中保育園に連れて行き、泣き叫ぶ息子を振り切って出社、
しかしそこにはなんにもなかった。

何のためにこうやって息子をかわいそうな目に遭わせてまで働くのか?
考え続ける日々。
答えの出ないまま煮詰まって数ヶ月、
桜が咲き、あたたかくなり、ようやく息子も風邪ひかなくなったころ、
いよいよ煮詰まって臨界となり、心がもろもろと溶け出した。

それを見透かしたかのように、息子が病気になった。
川崎病。
ちいさな手に点滴をつながれ、泣く元気もないほどぐったりとした息子を見て、
一瞬にして仕事を辞める決心がついた。
付き添って入院、ガンマーグロブリンの点滴の滴下を見つめて寝られない夜。
幸い、軽くて10日ほどで元気になった。

それから会社に行かなくなった。
息子と久しぶりにゆっくりじっくり過ごした。
息子の表情が曇りなく、よく笑うようになった。

7月末、退職。

8月、息子を連れて、初めての海へ家族旅行。
頭をからっぽにして、体を放して、海にゆられていると、
心の底に眠らせていた思いがむくむく目を覚ました。

自分の使命は、なんなんだろうか。
それで役に立ち喜んでもらえて褒められることがしたい。

9月、それがやりたいです、という手紙を書いてその会社に入る。

信頼がゼロの土俵で、仕事をしなくてはいけない。
どこの馬のホネともわからぬおばはんが、どれだけのもんか、
まわりが興味津々で遠巻きに見ている。
やれることをやれるだけやる日々。

そして、よくあることだが“ふたをあけてみれば”が、
やっぱりあった。

びっくりしたし、がっかりしたし、憤りを感じたし、しょんぼりした。
一方で自分に足りないものもよく分かった。

これは、ものすごく過酷な、勉強のステージなんだろう、とも
あほくさ、やめたろか、とも
交互に思い、心がざわざわした。

そして12月。

草食動物のような社員の女子たちに、ちょっと変化があった。
「はなみさん、お忙しい時、言ってくださいね、
 わたしたちでできることがあれば、お手伝いします」
と言ってくれたのだった。
ちょっと、嬉しかった。見ていてくれたんだなあ。

外部スタッフからも、
「これからが楽しみですね」と言われた。

みんな同じようにつまんなかったんだと思う。
新しい風が吹くのを待つしかすべがない人々だったんだと思う。

もーほんとに頭にくるけど、
もーほんとに情けないけど、
でも、出来上がったものを見て、単純に、うれしかった。
作る過程は、ものすごくおもしろかった。
あー、ほんとにおもしろかったんだ。

じゃあ、ひとつ腹をくくって、やってやろうじゃないの。
どこまでどうなるかわからないけど、
おもろいことを、ぞくぞくするようなことを、
やってみようじゃないの。

笑いと、感動と、歓びと、
プラスのエネルギーが、日陰を照らしますように。
その役目を私は果たせますように。

がんばります。

なんだかんだ言っても、こうやってじたばたしてないと
気が済まない人なんだ、わたしって。
それがよくわかった1年だった。

来年はどーんな年になるんでしょうね。

願わくば無病息災、これがいちばん。
ちょびはいきいきとヒトとして成長して欲しいし、
オットは新しいスタッフと一緒にやりたいようにやって欲しい。
わたしももう、うだうだ言ってないで、
そろそろちゃんと、役割を果たしたい。
いい写真を見る目を養い、ぐっとくる企画を生み出せるように
たくさん本当を見たい。この目でみたい。

どうせ死ぬまでの暇つぶしなら、スパークしてやりたい。

明日死んでも悔いぬような
疾走する毎日で、来年は、ありたい。

どうか争わず、穏やかで、愛に満ち豊かな世界でありますように。

みなさまも、どうか、健やかに。
来年も勇み足はなみ、がんばります。
もーちょっと頻繁に更新します。

それじゃ、よいお年を!


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2005年12月21日 (水)

俺にはとても馴染めない

転職して3ヶ月が経とうとしているんだが、もう辞めたい気持ちで
いっぱいでいる。

というのは正確ではなく、辞めたいのが本音だが辞めないだろう、
が正しい。

乏しい情報の中、思い込みと野心で目が眩んで、
勢いだけで押しかけたのだが、
ふたを開けてびっくりすることばかりの毎日。
転職したそこは会社ではなくムラであった。
村長にたてつくものは村八分にされるのだった。

なんだか長く日なたに貼っておいて色褪せたポスターのような
そんなルーティンな仕事の仕方だった。

我慢できずに大げんか。強情を通したこともあった。
だけど空しき冬の空。
俺にはとても馴染めない。

じゃやめるか?様子見の3ヶ月が経った、今なら辞められる。
だけど、武者震いするような仕事があることも事実、
今辞めてもなんにもならない。
嫌だから辞めます、なんて、幼稚すぎる。

それに、こんな会社を選んで入ったのは自分の勝手。
自分と同じ波長を持つものを呼び寄せたのかと考えると、
お前が嫌っているこれがお前の本当の姿だよと誰かに言われているようでつらい。

なるべく大声で明るく笑って話をして、いる。
それがどーした?
そんなもんで変わるとでも?人を変えられるとでも?
おこがましい勘違いだ。

お互い嫌な思いをしてまで雇われ働くのはどうなんだろうか。
辞めたところで、どこも一緒だ。
良いボスなんかめったにいない。
一本立ちしてリスクをしょって立つ勇気も金もないくせに。
だから安月給で文句をいいつつしょぼい仕事をまわすのだ。

せめて1年、我慢しよう。
学ぶべきことがまだ、ある。
環境や状況を好転させるほどの力が自分にあるとは思わないが、
せめて自分自身はよくなってゆくように、
ベストをつくそう。

会社は家族じゃない。
会社に利益をもたらすから、やりたいようにやらせてくれ。
好き嫌いで情緒を揺らすな。

幼稚な甘えに染まらぬよう、心を強く。
荒野の日々だ。


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2005年12月17日 (土)

携帯しない電話

あ、
気が付いたのは昼過ぎ。
家に携帯電話を忘れてきたのだった。

ま、用事がありゃあ会社にかかってくるだろうよ、
とタカをくくったが、
いざ電話をかけようとして番号がわからない。
名刺を見ても携帯電話の番号書いてない。
あー不便だな、
と思ったのは序の口。

夕方7時、どうしても仕事が終わらない、
息子をなんとかしなくては。
とりあえず会社を飛び出しハッとする。
電話がない。
あわてて公衆電話を探すが、ない!
こんなにないとは思わなかった。
やっとコンビニの前で見つけたが、
ランプが消えていて使えない。
次のコンビニへダッシュ。
なんとか実家に連絡がとれた。
保育園にダッシュ。
遅くなりましたー!!・・・あれっ!?

・・・いない。

「あーっ!ちょびくんのおかあさん!
 連絡行きませんでしたか??」

夕方息子は発熱したらしい。
たいしたことはないのだが、明日はクリスマスの発表会、
大事をとって迎えに来てもらおうと、
おかーさんの携帯電話を鳴らしても、でない。
会社の電話がわからない。(なぜ!?)
しかたなくとーさんの店に電話したら、
とーさんすっ飛んできましたよ、と。

あらららら。
保育園を出てまた公衆電話を探す。
えーっとオットの店の番号うる覚えながらかける。

「あ、ちょびは!?」
「いるよ」
「???」

あわてて店に行くと、ちょびは元気に店中走り回っていた。
お客さん苦笑い。
幼児がおる美容院、どーなのよ?
すいません・・・

そっから実家にちょびを運び、会社に戻り、仕事をやっつけ、
また実家に迎えに行き、帰宅したのであった。

携帯電話は、携帯しましょう。
こんとに不便だとは思わなんだ。。。

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2005年12月 7日 (水)

歌うちょび

知らないうちに育っている、息子ちょび1さい10かげつ。

テレビをぼーっと見ているかとおもったら、うなるようにつぶやいていた。
よーく聞いたら、「あらーぶー・・・」
なんとCMの尾崎豊の曲をなぞって歌っているのであった。
歌ってる!?

車の中でも斉藤和義とセッションしていた。
ボタンを押すと英語の歌が流れるおもちゃとも共演していた。
たぶん歌詞をまねしてるんだと思う。
だから音痴である。
でも、メロディーにのせて、確かに歌っているのだった。

言葉も増えてきた。

「あっかーばっふー、きろばっふー、あをばっふー!」
ものすごく自慢げだ。
しかしやつはなぜか「みどり」が言えない。
これは?と緑色の車を指すと、「げしし」と笑ってごまかすのだった。

「あ、しんかんしぇん、ばっばーい」
「あ、たくすぃー、ばっばーい」
「あ、とらっく、ばっばーい」
「わーしゅげー、しゅげーねぇー」
あんたのほうがすごいよ。

どうして男子は働く車や電車が好きなのだろうか。
教えたわけでもないのにね。


新しい遊びも見つけた。
これはオットが教えた技だ。

おふろの湯船に洗面器を浮かべる。
そこに冷たい水を注ぐ。
冷たい水の中に両手をつける。
その手を湯船の熱いお湯につける。
さらに金属製の冷たい手すりを握る。

温度差を楽しむという、高等技術である。

はいこっち〜はいつぎ〜はいそっち〜、ひょ〜う!!
というかけ声にあわせて神妙な面持ちで両手を移動させる。
「ひょ〜う!!」のところ、達成感満面。

なんでも一生懸命なのである。


そしてテレビのCMが大好きなちょび。

ここのところデジタル放送開始を見越してか歳末商戦かしらないが
やたらと新型テレビのCMが流れる。
そこには、美しい花畑や、星空や、虹が広がる。

「あ!あ!しゅげー!しゅげーねー!」
と、画面に10センチくらいまで大接近して興奮する。

ああ、きれいだねえ。

そしてはっとする。

このひと、まだ本当の景色を知らないんだ。

本物の花畑も、こぼれそうな星空も、虹も。
テレビでしか見たことがないのだ。

ああ、本物をみせてやりたい。
こんなしょぼいもんじゃないぜ。
本当に、しゅげー!んだぜ。

そこには温度も、においも、気配もあるんだぜ。
おまえはまだ知らないんだ。

いっぱいいっぱいみせてやりたい。
かーちゃんが見てきたいろんな景色を
ぜーんぶ見せてやりたい。

世界は恐ろしく広くていろいろなんだぜ。
おまえは全部見なさい。

ちっちゃいひとよ、

かーちゃんはぎゅううっとしました。

育つということは、なかなかにドラマティックなことであります。

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