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2006年4月28日 (金)

親子器

先日出張で松山に行く機会があった。
道後の商店街をぶらぶらしていて、ふと
すてきな器のお店を見つけた。

そうだ、近くには砥部があるんだった。
砥部焼の器が多く並べてあった。
江戸時代、砥石のくずで器を作って、
豊かにあった松を燃やして登窯で焼いたんだそうだ。
道後の湯上がりのように白くてべっぴんな肌に、
藍でのびやかに模様が描かれている。
白磁なのにぽってりと厚く、そそっかしいわたしでも
安心して遠慮なく使える、そんな器だ。

見ていると、おおっ、わたしの好き好きアンテナが反応。
なんともシンプルな染め付けの蕎麦猪口が
壁一面に並んでいる。しかもどれもそんなに高くない。
すぐに買うことに決めた。

しかし、はたと考えた。
オットとおそろいで2つ、それじゃちょびのが無い。
だからといって同じものでは大きすぎて使えない。

そう、うすうすどうしようかと考えていたこと。
家族の器、である。

今まで、オットと二人、常に買う単位は2つだった。
5枚とか6枚のセットの器はほとんどなくて、
ちまちまぱらぱら、気まぐれに買って使っていた。
今はまだ赤ちゃん茶碗だし、いいんだけれど、
もうすぐ一人前になったとき、
やっぱりお揃いの器で食事がしたい。
1枚買い足せるものはいいとしても、
この蕎麦猪口のように出会いものは
もう二度と手に入らないかもしれない。
でも今おそろいで3つ買ったとする。
次の子ができたらどうする?
「わたしのだけない!」ってことになるしなー。

そして考えた挙げ句、買ったのがこれ。


Photo_1

ややお揃い、の家族蕎麦猪口。
モダンな柄だけど、独楽という昔からあるデザインなんだそうだ。

作者は中田正隆さんという方。
包んでくださるときに、作者の方のプロフィールが書かれた
ちいさな和紙が添えられていた。

求めたのはこのお店。

道後製陶社
愛媛県松山市道後湯の町3−10
089−941−8345

機材と一緒にトランクに押し込んで持って帰ったので、
残念なことに一つ、ヒビが入っていた。
そのヒビ割れをかーちゃんが使っているのだが、
お茶でも珈琲でもスープでも
なんでも収まりがよくて使っていたら
ヒビが染まって、これはこれでいい景色になった。

3人で使うと、もっとうれしい。
「いしょいしょ、いしょねーこれ」
とちょびも喜んでいる。

これからどんな家族の器がふえていくのだろうか。

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2006年4月23日 (日)

白大島狂想曲

ほんのちょっと、のぞくだけのつもりだった。
先日から、八丁堀天満屋8階催物会場にて開催中の
「ちょい遊び展& 全国ながもち屋リサイクル着物大祭典」
である。

開店して間もなくだったこともあって、土曜だけど
人もまばら。
いつものスペースの3倍くらいの場所に
あるわあるわ、おきものの数々。あー胸が高鳴る。
入り口近くにはワゴンセール、目玉品の数々。
小紋や紬が3千円やら5千円やらで出ている。
ああ、かつてのわたしなら「質より量よ!」と
血眼でひろげまくったであろう。遠い日々よ。
今はもう少しは賢くなり、上品に拝見しつつ
余裕で通り過ぎてゆく。

かつての花嫁御寮の打ち掛けだったのか、
すばらしい刺繍の黒振袖がかけてある。
これも売り物である。
きものの技術やおしゃれが隆盛を誇っていた時代、
意匠も斬新で晴れ晴れしい。
そっと生地に触れたりもできるのがうれしいところ。

奥には夏物、ああなんという生地だろう、
上布か、塩沢か、風を孕んで着流せば
さぞや涼しげな夏衣装であろうなあ。
そんなよさそうなものも10万くらいである。
古着とはいっても、ギターやピアノのように
中古の方がよい音色を響かせるが如く、
織のきものなどは何度も水をくぐって
得も言われぬ風合いになっていたりする。
サイズと趣味さえ合えば出会いものだと思う。

名古屋帯も、振り袖も、訪問着も、
素敵なものがたくさんあった。

と、
あら。
広げてみる。

これは・・・・
白大島
白いひんやりとした地に細かい蚊文というのか
小さな黒いドットのみ
シンプルで洒落てるなー

あらもう一枚?
これは羽織、アンサンブルだ。

はらり
ひるがえった八掛けに目を奪われる。
薄鼠色の地に友禅で宝尽しの柄が染めてあるのだ!

羽裏ももちろん、同じ柄が染め付けてある。

うひゃーーーーーーーーーーっ!
なんちゅう着道楽!
このきものは一体どんな人が仕立てて着ていたのか。

あらー、いいのみつけられたわね、
まっ!?その八掛け!すごいわね!着てご覧にならない!?

ということでいそいそと美容襟をつけ、
さささっと着つけてもらった。
なんとあつらえたかのようにぴったし!
いつのまにか帯まで持ってきてくださった。
赤い更紗柄の、渡文のふくれ織チックな
昼夜になった洒落袋、これまた好みである。
それがまた映えること。
お店の方も
あらいいわねーっ、ちょっと遊ばせてね!と
売り場を走り回って、柄襟やら羽織紐なんかを一式
どれがお好き?あらこれいいわねー、あ、いいわ
やっぱりこっちよねー
と、たちまち完成。

またね、この羽織の丈が長くてしびれた。
いつのまにか人だかりができていて、
まーこれ白大島ね、いいわねー
こんな小さな蚊文、これお高いわよ
今ね、もう白大島の織元一つになっちゃって貴重なのよ
まーお似合いねえ
などと口々にわいわい言いながらご覧である。

小さなおばあちゃんがちょこちょこやってきて、
ま、そこの泥大島はいくら?8万円?まー、売ろ!
わたしねいっぱい持ってるの、大島
着やしないからもう、いくらいなるの?
あら、白大島、それいくら?まー、売ろ!
とずーっと言っていた。
ああ、売ってくださいな。タンスの肥やしにするならば
誰かが着てあげたほうがきものも喜ぶ。
お店の人はわたしの着付けに夢中で
身丈が小さいとお安くなりますよ、とつれない。

さて、鏡の中のわたくし、絶好調であります。
ください、これ一式!今着て帰ります!!!
と言いたかったが、大島一式26万、帯6万、小物ごにょごにょ
3万×10回ちょいの分割払いか、むー。
まてよまてよ、固定資産税やら車の保険やら
国民健康保険やら、夏までは出費の嵐ではないのか、
今ローンを組む余裕なんてこれっぽっちもないではないか。

かろうじて残っていた理性で脱ぎ、
しかしあきらめきれずにおとり置きしてもらい、
売り場を離れる。

興奮さめやらぬその足で売り場をうろつくが
もう他のものは目にはいらない。
うーうーうー
よし!こんなときには母に電話だ!
わたしの母は冷静で的確で必要以上に毒舌だ。

かくかくしかじかと話すと案の定、
なにを寝ぼけたことを貧乏なくせに
ときた。
でもあたしが見たげると言って電話を切ると
10分でやってきた。機動力に脱帽。

母を待つ間、ケータイで占いをチェック
“ローンを組むような高額な買い物は
 家計をひっ迫させるモトです”
チーン。
そして冷静に考えた。
白大島のアンサンブルなんて超贅沢洒落着じゃないか。
冬は寒々しくて着られないし、単衣のまえの
ほんの一瞬しか着る時期がない。
わたしがお金持ちでもうきものもひと揃い持っているのなら
そんなおしゃれも楽しみたいところだが、
色無地さえ持っていないのである。
ちょっとしたお茶席や、帯次第でいいところにも
ちょいちょい酒飲みにも着ていける応用の広さが
今の私が求めるべききものではないだろうか。

だんだんトーンダウンしたころ、母到着。
あんたもう大島あるじゃないの、
まだ色無地あつらえたほうが賢いわよ
母も力強くあきらめシフトレバーを引く。

売り場に戻って、冷静に見てみると、
やっぱりこれは、素敵だけんども、もう
めちゃくちゃ似合ったし好きだし欲しいけど、
買うべきでないかもしれない、
そう思えた。


3人で束になって熱心に勧めてくださるお店のひとを
ふりきって会場を後にした。

後悔はしていない。
でも、今まで呉服屋さんに行って「高〜っ!」
と思っていたけれど、この白大島を思えば、
手が届く、ローンだって組める
などと危険な感覚に。

今からはもう単衣、夏物の時期である。
もう、秋!
ぜったいお仕立てしてやる!!
変な決意を新たにした、そんな一日であった。
(って仕事しろよ!!)

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2006年4月20日 (木)

きもの患い

また発症した。きもの患い。それも重症である。

きものを着はじめたのはお茶を始めた頃で、
4ヶ月間無料着付け教室にて着かたを習い、着られるようになったところで最初の病が発病した。
きものが欲しい!
母のたんすからもらったものが何枚かあって、
若い頃仕立てたいいものなのよ、というものも
いろいろもらったし着たのだけど・・・
ちょっと裄が短いのと、やっぱり趣味が違うのが大きいのか、
違う、なにかが違う、
それからヤフオクに手を出し、血眼で競り落とし、
届いて広げて似合わず愕然、なんて馬鹿なことを
繰り返し繰り返し。
東京に遊びにいって、古着屋で身代つぶすほど
どっさり買ったりもした。
しかし、まだ満足できない。
それは、目が肥えていなこともあって
いい買い物ができなかったこともあるが、
自分はなにが着たいのか、それすら
分からずにぐるぐるしていたことが大きい。

どんなきものが着たいんだろう。
「きものサロン」的な、上流な華やかさは憧れるけどちょっと違う、
「KIMONO姫」的なガーリーな世界はかわいいとは思うけどこのトシではやり過ぎである。

別冊太陽の「昔きもの私の着こなし」の中でそれは見つけた。
金糸で経縞を織り出した焦げ茶地の紬織に八掛は芥子色無地、
帯は赤い生命の樹が描かれた古渡印度更紗の名古屋帯、
同じきものに中国の官服地の五爪の玉取龍が表された青い帯。

しびれたー。かっこいいー。素敵ー。
更紗の帯、いいなあ。
しかし、アンティークの更紗なんて¥¥¥・・・
仕方なくジャワ更紗もどきの布団地のような帯をアンティークで購入。
いくら陰干ししてもタンスのにおいがとれないので、頭にきて洗濯。
アイロンかけたらしゃきっとなりました。
帯洗うなんてド素人の無茶苦茶であります。

「和楽」という雑誌に連載されていたものが
本になっていた。森田空美(あけみ)の知的きもの入門

今まで呉服屋さんなどで、伝統工芸品が持つ一面の
古さ、今の洋服の感覚から大きくずれた野暮臭さなどを感じていたけど、
この方のコーディネートはすっきりモダンで、街に違和感のないきもの姿となる。
すてき。でも、

●森田空美シンプルモダンきもの
結城紬 税込1,659,000円、袋帯 税込661,500円
帯〆 税込13,650円、帯揚 税込18,900円
(そごう心斎橋店での一例)

いいものはいい。それだけの価値があることもわかる。
でも、着るものにそれだけのお金をかけることは
庶民のわたしには夢のまた夢である。はーーーーー

なんとか、そんな「いいなあ」に近づこうと
似たようなものを探し、お小遣いで誤摩化して買えるくらいのものを
血迷って買ったり、ちっ、値段は正直だぜと悟ったり、
そんな小銭をあわせればけっこう立派なものが買えただろうに
まさに「安物買いの銭失い」の王道を邁進中である。

今欲しいのは襦袢と帯締め。
夏にかけてきりっと硬く細い帯締めが欲しい。
道明の。

あああああああああ
気がつけばきものに関するサイトをめぐり
あーでもないこうでもないと思いは尽きない。

最初に発病したときには妊娠が発覚し、
ほどなくお腹がでっかくなって着られなくなり、快癒。
しかしこの度はどうも治まりそうにない。
こうなったら「これが着たかったんだ」という
納得の一揃えができあがるまで、いってみますか。
・・・働かなくては。

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2006年4月19日 (水)

茶芸報告

遅くなりましたが、茶芸デビューの顛末をば。

先日、とあるご縁をいただいて、茶芸デビュー
させていただきました。

4月1日(土)午後2時〜 中国茶のお茶席
4月8日(土)午後2時〜 お煎茶のお茶席 
2週に渡って人様に粗茶をさしあげるのです。
気合い入ります。


Photo_3

■4月1日、中国茶のお茶席
少し早くて桜はまだほころんだばかり。
薄曇りの肌寒い河岸緑地はひともまばら。
らぐ・たいむさんのお店の前に仮設テントが張られ、
長机1本ずつ2ケ所でお茶のおもてなしをしました。
参加者のみなさま、それぞれにアンティーク着物をうまく
着こなされていて、そういう人たちをおもてなしするのは
とっても嬉しいことでした。


Photo_4


お茶は2種類用意。
台湾の「杉林渓烏龍茶」という高山茶と、
中国広東省の「鳳凰単叢 雪片玉蘭香」です。
杉林渓はぐりぐりっと丸まった茶葉で、
海抜1800mもの高地に育ったため
やさしく甘い香りとやわらかな味がします。
水色は淡い若草色。
一方、鳳凰単叢の茶葉は細長くかさがあり
水色はあんず色。
いれるそばからすばらしい香りがたちます。
この2つを、それぞれ3煎から4煎ずつ、
聞香杯(細長い、香りを楽しむためだけの器)を使って
愉しんでもらいました。

「まずはこの細長い器に注ぎますので、それをゆっくり
もう一つの飲杯に移して、香りをかいでください」

一同、す〜〜〜〜・・・・
「うわぁ・・・・」
はじめてこの香りをかいだら、
中国茶って一体、何!?ほんとにびっくりすると思う。

「なんだろう、甘い香り」「花のような」
「ああ、飲んでもいいかおり」「おいしい」
緊張した面持ちもほぐれて、口々に思ったことを話しつつ。
それこそが茶飲みの面白さ。
杉林渓は上品で香りと味のバランスもいいのだが、
鳳凰単叢は香りと味のギャップに誰もがびっくりする。
蜜のような南国の果物のような濃厚な甘い香りに
うっとりしつつ口に運ぶと、
「うわ、渋い」けっこうタンニンが強いのです。
「へ〜〜香りと味の印象がこんなに違うなんて」
みなさんびっくりされます。そうでしょうそうでしょう。
「わたし、このお茶の香りが一番好きなんですよ、
こうやって聞香杯鼻にくくりつけて一日いたいほど」
あははは、場もなごみます。
緊張はしましたが、お茶の力はすばらしく、
たちまち飲むひとを虜にして、うっとりため息。
お茶や道具にまつわる四方山話も楽しく、
5名×4席、無事終了しました。


■4月8日 お煎茶のお茶席
問題はこちら。
日頃の稽古不足をどう誤摩化そうかそればかり、
あいや、きちんと間違えないでできるか
もう緊張。
道具はすべてお師匠が心を込めて選ばれたもの。
鳳凰の色留袖を召されたお客様がいらっしゃることを事前に知って、
お茶碗は赤に鳳凰が舞う金襴手でそろえられた。
準備からすでにおもてなしがはじまっている。
折しも花は盛り、晴れやかな花見日和の午後。
筏普通式(いかだふつうしき)というお点前は
堤欄、いわばピクニックバスケットからお道具をとりだし、
お茶をいれ、清めて仕舞うもの。
お師匠はMCをつとめられ、不出来な弟子の粗相に
目がいかないように必死でトークされる。
「青嵐」という茶銘が呼んだのか花吹雪。
緋毛氈に花びらがはらはら舞って、これ以上ない景色。

さて、トップバッターはこの日お点前デビューとなる
見目麗しい彼女。
わたしは童子(お運びさん)としてそばに控える。
春らしい綸子の小紋がよくお似合いのその肩が
緊張のあまりかちんこちんである。
しかし特訓のかいあって、間違えずスムーズに進行。
お茶もおいしく入り、いただいた方々は口々に
「ええっ、これ、お煎茶?」
「甘い、というか、旨味がすごいですね」
「お出汁のような」
「おいしいわー」 絶賛でありました。
「粗茶でございました」と同時に拍手。
見事デビューを飾りました。

さて、いよいよわたくしである。
シャドーお点前もばっちり、のはず、だが
しかしいきなりまちがえる。
しかしぜんぜんそんなそぶりも見せずしらっと進行。
そういうのだけ得意である。
やっぱり覚えていたつもりでも手が覚え切っていないのね
ちょいちょい間違えた。

そして、なんというかこれはサービス精神?か
要所要所「見得を切」ってしまうのである。
たとえば、懸垂の上で茶碗を持った手首のスナップをきかせてくるりとすすぐ場面。
ひとの目を意識しすぎて、くるりっっっとやり過ぎの感が。

なんでかというと、まだぜんぜんお煎茶を知らなかったころ
お煎茶のお点前を拝見して、どーもこう
見所と言うか、いまいちよくわからなかったからである。
その後習いはじめて、自分なりにへーと思ったところ
茶碗をすすぐところや、盆をふくところを
ことさら説明するように強調してみせていたのだと思う。

お煎茶のお点前と聞いて、堅苦しいんだろうなと
すこーし敬遠している感じの参加者の方に
ちょっとでも見所を感じてもらおうという
ショーアップ感である。

しかしそんな余計なものは必要なく、
お師匠のMCはさすがに上手で、
堅苦しくないのよ、こう楽しむんです、と
お茶を知らない人にもわかりやすく楽しく話されて、
お客様の表情はどんどん和らいでいった。

お点前覚え切っていない者が余計なことをするのは
お茶のこころにまったく添っていない、
と反省。

最後に、お師匠がお点前された。
主宰のご主人たちをおもてなしされた。
なんというか、こだわりなく、流れるようにしずかに
お茶をいれられる。
お点前をしていますっという気負いもなく、
春の夕暮れ、美しかった。
末席でわれわれもいただいた。
まだまだ、道は遠いと思った。

お客様が見えられて、お話ししつつ、
おいしいお茶をすっとさしあげる。
そんなふうになりたいなあ。
お点前の順序で頭がいっぱいでは
まだまだであります。

このたびは、お粗末様でしたが、主宰の方にも
お客様にもなんとか喜んでいただけたようで
うれしかったです。
そして、ものすごい勉強になりました。
「誤摩化す」ことのかっこわるいこと!
ちゃんとしよーっと。
ありがとうございました。

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2006年4月15日 (土)

ひといき

ぷはーっ。

当分更新できなかった。
時間がないというよりも、
優先順位が下がらざるを得なかった。

仕事にしろ何にしろ、真剣に取り組むと
いつもそのことが頭にあって、
寝ていても考えていたりして、
ほかのことをなにか書いて表現すると
それがこぼれていきそうで
書けなかった。

やっとひといきついた。(実はまだだが峠はこえた)
はー。
書かないでいる間は息を止めているような感じだ。
適当に出したり入れたりしてやらないと、
体に悪いような気がする。

先週今週と撮影出張が続いたんですよ。
撮影についてっても、わたしはすることがないようでいて、
実は下男のようにすることがいっぱいある。
撮影するものを美しくする、余計なものをどける、
写り込まないように隠れる、楽しい撮影になるよう配慮する・・・
今までいろんな撮影の現場に連れてってもらってそれは
自然に教わったことなんだけど、
生まれて初めてTVCMの撮影現場に立ち会ったときは、
なにをしていいかわからんし、
そこに立ってるだけでじゃまになるし、
消えてなくなりたかったなあ。
そんなんじゃいやだ、役に立ちたい、
そういう、おかあさんの手伝いをする子のような思いだけで
なんとなくここまできたけど、
そこそこ動けるようになったけど、
もっと、なにかこう、劇的な瞬間を呼ぶほどの
空気をつくれるように、まだなれるはずなんだけど。
まだこれからだ。
年をとったけど、まだ若い。
そんな感じだ。


■今日のおまけ
謎のホームページサラリーマンNEO

Photo


NHK毎週火曜よる11:00〜絶賛OA中!!
これはすごい。やられた。
すてき大好きNHK。
生瀬勝久氏に憧れます。

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2006年4月 7日 (金)

松山出張

ロケハンを兼ねた撮影でまずは日帰りし、
昨日今日と1泊2日で松山に行ってきました。

始発のフェリーで。朝4時起き。夜ですから。

息子はオット&実家の素晴らしい連係プレーで
ええがいにしてもらいます。
こういうとき、断乳しててよかったと思う。

松山もそこここで桜が満開でした。
松山城のお堀端もすばらしかった。
広島とちがって巨木の桜が多いので、
ほんとうに華やかでした。

水口酒造という地酒蔵が直営している「にきたつ庵」
というごはんやさんに取材に行き、
若い女将の熱心なお話に喉が鳴り、
昨夜はそこで食事しました。
できたて新鮮な地ビール(道後ビールもつくってる)
すばらしい香りでした。
吟醸糟を使ったグラタンや卵焼き、
お料理もほんとうにうまかった。

仕事の旅の醍醐味は食事ですからね。

このロケのコーディネート役はわたしなので、
宿はビジネス低価格しかし道後温泉本館真横。
仕事の旅の醍醐味に温泉が加わりまして、
旨い地酒もついてきました。

ほぼ極楽でした。

いやいや、仕事ですから、大変なんですから。

取材と撮影は、現場ならではの予期せぬ事態もありつつ
スタッフのど根性でいいものになりました。

あーよかった。
って、わたしの仕事はこれから・・・
原稿を起こさなくては・・・
仕事ですから・・・・

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