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2006年10月24日 (火)

斉藤和義ライブ

正直に告白すると斉藤和義が好きだ。

かれこれ10年ほど前、ラジオかCMで聞いた曲が気になり
会社にあったサンプルCDからめぼしいものを聞いて
探していた時、まちがって聞いてしまったのが
「WONDERFUL FISH」だった。
長髪、細身長身、サル顔好きというツボをすべて突き
いっぺんで好きになってしまった。

それから幾年月、
広島のライブは欠かさず行った。大阪にも行った。
妊娠9ヶ月のときも行った。
結婚式のキャンドルサービスでは
「歌うたいのバラッド」を流して勝手に感極まった。
11枚目の最新アルバム「俺たちのロックンロール」は
暗唱できるほど聞いた。

そして21日(土)、広島でのライブ。
ここんとこクワトロでのライブが多かったが
今回は久々のホール、アステール大だった。
前から6列目、一番右端。
ファンクラブにも入っていたりするので
もうちょっといい席がよかったなどと欲深い。

会場到着、WEB&会場限定販売シングル
「破れた傘に口づけを」を買うため列に並ぶ。
友人合流。
彼女と調子に乗って話していて、
なんと
そこで売ってたTシャツを二人して買い、
トイレで着替えるという暴挙に出た。
35歳のええおばはんがである。
えーいこの際トシは忘れろ、テンションはいや増す。

新しいアルバム1曲目からのスタート。
かーっ、かっこいい。。。
黒いスーツにグレーのシャツ、黒いサイドゴアブーツ。
ギターの反対側にシルバーのウォレットチェーン、
左手薬指にドクロの指輪
長めの髪によれよれパーマだ。
もうすでに我を忘れそう。
ぎゃーーーー!!せっちゃーーーーーん!!!

という調子でライブは進む。
ええっ!この曲を!?なんとこんなアレンジでっ!?
という驚きと興奮で汗だく、
中盤からだんだん激しい曲になってきたころ、
ギターソロだ。

前から6列目、右端、ステージと花道の間には
照明とスピーカーがあって
当然ここまでこれないと思っていた。

が、

その瞬間、目が合った(当然気のせいだがそっとしといて)
と、
ギターをかき鳴らしながら
ゆっくりと照明をまたぎ、
こちらに近づいてくるではないか!!!!!

その瞬間
音が消えた。
斉藤くん以外のものも消えた。
こっちに、ゆっくり、来る。

気がついたら、彼の足まで30センチという至近距離にいた。

手を伸ばせば触れる。
右の視界には殺到したファンを制止する係員が。
わたしの前には誰もいない。
そこには斉藤和義がいる。
だけど
そのあいだには、透明の壁があった。

そこでギターを弾く、彼をただ見上げていた。

手を伸ばせば触れる。
でも、触っちゃだめだ、
きっと、触られるのをよしとしないだろう。
触ったら、きっと嫌な顔で見るだろう。
昔から、好きな人には好きと言えなかった。
ここぞというとき、勇気がでなかった。
そういう人だよわたしは、
などと一瞬のうちに考えていた。

そして彼は、
ゆっくりと後ろを向き、
ステージ中央に戻っていった。
そして、左側にも同じように歩いてゆき、
男性ファンが彼に覆いかぶさった。

ああバカ・・・はなみのバカバカ・・・

ずっと息を止めてみていた。
あの、映像の記憶だけで
メシが3杯喰えると思った。

それから勢いを増しとりつかれたように
汗だくで歌う斉藤和義。
どうして毎度毎度こんなにトランスできるんだろう。
つられてこっちも踊り狂う。

興奮冷めやらぬ頭で
夜道の川っぷちを駐車場まで歩く。
これって恋だろうか?
永遠に思いが遂げられない恋。
アホであろうか?

つらいから早く現実に帰ろう。
しかし今も、残像が消えない。

失恋した朝のような気分で
今日もまた新しい曲を聴くのだった。

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2006年10月19日 (木)

父のテレビ

実家に立ち寄ると、どでかいテレビが鎮座していた。

前のテレビも地デジ対応薄型大画面だったのに
なぜ買い替える必要があるのか。

昔から父は新しもの好き、かたちから入る凝り性だった。
ゴルフのクラブだって、車だって、デジカメだって、
とにかくカタログを山のように集めて研究し
一番いいものを買う人だった。


なんでもまだ発売になる前で、
広島ではうちが初めての納品じゃそうな、
と得意げな父。
52V型のそのデジタルハイビジョン液晶テレビ、
どこから見ても「近い近い目が悪くなる」くらいのでかさである。

すかさず父がチャンネルを変える。
デジタル放送のその番組は、
どこか外国の、ミロのヴィーナス像を作る工房を紹介していた。
それは驚くほどきめ細かく美しい映像で、
石膏のにおいが感じられるほどだった。



父が特発性間質性肺炎と診断されて数年経つ。

定年を経てもなお乞われて仕事を続けてきて
2年前やっと放免された。
退職後は、母とのんびり旅行でもと思っていたようだが
そのころから、息切れ、咳がひどくなった。
ネクタイを外すと同時に、みるみる老けていった。

具体的な治療法があるわけでもなく、
ゆっくりと悪化してゆくのを待つだけ。

今では在宅酸素療法をしており、鼻チューブにつながれている。
外出するときには酸素ボンベを引きずってゆく。
デパートのエレベーターで中年女性に
あからさまにいやな顔をされ息を止められて以来
外出するのを厭がるようになった。

だから、一日中、家のソファでテレビを見ている。
父にとってテレビは、唯一
外界とつながる窓なのだ。

「先生あとどのくらい生きられるんでしょうか」
と聞いたらしい。
発症後5年生存率は20%、
すでに発症して5年だから、
死ぬんならもう死んどるんです。でも生きとる。
残りの20%の人たちがどのくらい生きたかというデータはない。
だから、気をつけて、がんばりましょう、
風邪をひくと急激に悪化するので、風邪をひかないように
ということだったそうだ。
これから寒い季節が巡る。


父の日や誕生日に、なにが欲しい?と聞いても
なにもいらない、という。
服も、モノも、もういらんと。

どうしたらいいかわからなくて、
せいぜい
息子の顔を見せにいくことしかできない。


父の横でぼんやり眺めていたテレビで
新番組の告知が流れた。
そのBGMを聞いて、
「ああ、道だ。フェデリコ・フェリーニの」。
機械ばかり愛した父がそんな映画を見ていたなんて
ちょっと意外だった。
その映画のサントラを探したけど、廃盤でなかった。

わたしは、父のことをどのくらい知っているのだろう。


秋晴れの休日、ドライブに出かけた時
魚切ダムにある古いレストランのそばを通った。
ああ、いまでもやってるんだ、
昔おばあちゃんが元気だった頃
みんなで時々来たことがある。
あの頃の父と母の気持ちが、
今分かる。
順送り
という言葉が浮かぶ。
あふれるように涙が出た。


父と母がいなくなり
子どもでなくただの親になり
年とって老いて
息子に
何か欲しいものがあるか
と聞かれるようになるのだろう。
そのときわたしはなにが欲しいのだろう。

それが今わかれば
父にかけるべき言葉が見つかるのに
と思う。

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2006年10月17日 (火)

結婚記念日


7年前の今日、わたしたちは結婚した。
ちょうど今頃、幟町の教会で式を挙げた。
暑くもなく寒くもなく
空は深い深いブルーで
せっかくのお化粧を感涙でくちゃくちゃにしながら
結婚式をしたのだった。

毎年不思議とこの日はよく晴れる。
同じ光の具合に、くっきりと思い出す。



おとつい、きのうと、家族3人みんなお休みで、
ぷらぷらとよく遊んだ。

宇品の1万トンバースに「日本丸」が停泊してる
というので見に行った。

が、

もんのすごい人と車。
今日が日曜だということを思い知らされた。

「おっきいふね見る〜〜〜〜」
「・・・明日にしようね」 根性なしの親である。

プリンスホテルの駐車場に停め、
そのあたりの海辺をぶらぶらし、
お昼ご飯をあちこちで食べそこね、
止むを得ずファミレスに入る。
隣に巨大ペットショップがあり
犬猫眺め、ニモ見つけ
宇品灯台へ。
「ここ、パパちゃんとかーちゃんの
さいしょのデートの場所なんだよ−」
「しかもチャリできたんだよー」
車を降りて散策しようとしたが
眠い息子が理不尽に暴れ仕方なく帰宅。


そしてきのう、日本丸リベンジ。
一般公開してないものの、隙間からちらっと入って
間近で見ることができた。
「おっきいふね〜!しゅご〜〜〜い!」
息子は乗ると言って聞かず
「じゃあ将来船乗りにおなり」
などといいつつ車へ引きずっていく。


Nihonmaru


そこから西広島バイパスを抜け、宮島沖へ。

ここのとこほぼ毎週のように
日帰り立ち寄り湯めぐりをしている。
お弁当もってって外で遊んで、お風呂入って帰る。
帰宅して「あとは寝るだけ」ってのがよい。

今日は宮浜・べにまんさくの湯へ。
お昼ご飯は、真向かい海のそばに建ってる
ZIZOというレストランに入ってみた。

海に面したテラスはすべて開放され
潮風が心地よい。
ボッサなBGMで、一挙にリゾート気分。
ということで栗ときのこのリゾットを注文し、
今日はわたしが飲める日なので
グラスビールをいただく。
きらきら光る海にグラスをかざすと
黄金に輝く。
ああ、これが幸せでなくてなんであろうか。


デザートを終え、3人ソファの背もたれから
ぼけ〜っと海を眺める。

あ、おふね! あ、こっこちゃん!
7年前、あたりまえだけど、ちょびはいなかったんだよねぇ。
新婚旅行で行ったモルディブでも、
こうやってほげ〜〜〜っと海を眺めて過ごした。
今眺めてるのは宮島沖だけど
一人増えて、それでもやっぱり
わたしたちが好きなものやことは
一生かわらないんだろうと
ぼ〜〜〜っと考えたりしていた。


海際に降りてビーチコーミング。
しかしアサリとか牡蠣とか地味なものしかない。
波にあらわれて白くなった牡蠣殻を拾う。


Umi


べにまんさくの湯は平日なのに
地元の方々でにぎわっていた。
息子はパパちゃんと入り、
わたしは一人で湯につかる。

夕日を背に少し混んでいる道を帰る。
風呂上がりの息子はむにゃむにゃ言いながら
眠ってしまった。


7年だねー。
そうだねー。

年もとったしいろいろあったけど
変わったようで変わらない。
このまま死ぬまで
こうやってドライブしてゆくのだろうと思う。


Donguri
息子がひろってきたどんぐりと。

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2006年10月 4日 (水)

こんな日々


あー、日々が飛ぶように過ぎてゆく。
毎日思うままにハンドルを切って
思うようにやっている。
人生という名の筋書きを
日々更新しながら生きている実感。


昨日は絶好調だった。
掃除洗濯で家のよどみを取り去り、
前日に打ち合わせしてきた企画書を
2本とも一気にまとめ上げた。
夕飯の準備もばっちりで
その勢いで企画書もって打ち合わせに行き
鼻歌まじりにチャリぶっとばして息子をお迎え。
おいしいごはんたべて、
お日様のにおいのする布団で丸まって寝た。
ほぼ完璧な一日だった。

今日。
返しそびれていた本を図書館に返すついでに
雑誌閲覧コーナーで新刊をザコ読み。
ホームレスのみなさんと肩を並べて
暑くもなく寒くもなくずぶずぶと没頭。
閲覧室で資料を探し、数冊借りて帰宅。すでに3時。
遅い昼ご飯をたべつつ本棚に本を仕舞う。
まだ読んでない本がこれで12冊になったことに愕然。
あと1冊、アマゾンの古本が届く。
一体いつ読むのだろうか。

でも本を読むことを課題にしてるんですよ。
雑誌は死ぬほどめくっているのに
ちゃんとした本は読めてない。
ここ数日雑誌で出てきたりブログでみかけたりした本を
片っ端から買ったり注文したりで
みるみる12冊。でも楽しみだ。
また読んだら感想文でも書きます。


NHK「TR」の公開録画に応募したら当たったり
山口での坂本龍一ツアーチケットも確保できたり
楽しみ続きの10月になりそうです。

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