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2007年2月28日 (水)

中四国子連れ450Kmの旅(8)

石鎚山ハイウェイオアシスを後にして走ること1時間少々、
いよいよ松山市内入り。
夕方にさしかかった道は渋滞していた。
じりじり走って道後温泉に到着。
ネットで予約しておいた宿は「道後山の手ホテル」。
温泉街に突如現れた、『英国の素敵な休日』。
入り口にはドアマンがたち、フロントもこう、
オールドイングランドな感じだ。

チェックインして客室へ。
おおおおお
土足で入るフローリング、新しいしきれいだー。
息子はさっそくベッドでぼよんぼよんしている。


Photo_28

ここの宿にした理由は、素泊まりが案外安かったから。
夕食は水口酒造のレストラン「にきたつ庵」に行きたかったから、素泊まりでよかったのだ。

さっそく夕食に出かける。
できたての「道後ビール」や蔵出しの地酒が飲める「にきたつ庵」は、食事もおいしい。
吟醸糟入り出汁巻き卵なんか思い出しただけでも・・・
と盛り上がりつつ行くと、休業。ちーん。
年末年始休まず営業で、ここに来てお休みされた様子。ついてない。

あてが外れて、うううう、いっそのこと遠出してみるか、
ということで路面電車に乗って繁華街へ。
銀天街まで出てめぼしい店を探す。
こういうとき「るるぶ」なぞ携行しておればそこそこハズレない店を見つけることができるんだろうが、いきあたりばったり家族は手ぶらだ。事前情報皆無。

アーケードの中を歩いてもラチがあかないので脇道に入る。
怪しげな飲屋街、2歳児を連れ歩く怪しい夫婦。
ちょっとよさそうな和食屋なんぞ、一見じゃこわくて入れない。
歩き疲れてきたころ、レトロな建物発見。
看板へっぱがした跡をよく見ればミシン屋さんだったらしく、
今じゃモツ焼きの店になっていた。
ここに決定!モツ焼きじゃ〜。
案外アタリ、ぷりぷりのモツがうまい。ビールがすすむ。
満腹満足。
しかしお宿までがちと遠い。
むすこは「だっこーだこだこ」。食後のだっこはきついでござるよ。

ようやくお洒落な宿にモツ焼き臭ただよう親子帰還。

さて、ぼちゃぼちゃだ〜い!

イングランドな洋館なのだが温泉はしっかりしてる。
元湯からひいた湯があふれる、広くてシンプルで美しいお風呂。
今日は混浴とはいかず、かーちゃん一人で入浴。

ふとひとりで、湯につかると
今年はどんな年になるのかなー、などとぼんやり考える。
一年の目標なり指針なり心に掲げればいいのだが浮かばず
パパちゃんとちょびはちゃんとつかってるかなあ、などと
よけいなことで思いがあちこちする。

まあ、こうして
旅に出て、ふろにつかって、うまいもん食べて、
息子と亭主が元気であれば
ほぼ幸せなんだろうと納得してあがる。


洋館のベッドは高いのね。
で、下は土足なのね。
ちょびは裸足で歩き回るしその足でベッドに上がる。やめれー!
ちび連れはやっぱりオール畳の旅館が楽だ。

ちょびのサイズの浴衣を持ってきてくださった。
買ってやった浴衣よりかわいいんじゃないかと思う。
こういう和風のものはよく似合う。昭和の子のようだ。

Photo_30

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2007年2月24日 (土)

インフルエンザ

の、予防接種を受けているからと油断していた。
まんまとかかってしまった。

先週金曜、珍しく息子が発熱し、ここのところ
たいがい熱を出しても元気なのに今回はちょっと変で
夜中に何度も泣いて起きた。
保育園では溶連菌が流行っていると聞いて
近くの小児科に連れて行った。

土曜の小児科はバーゲンセール会場ほどのにぎわい。
勝手知ったる人たちは受付を済ませると車に戻って中で待つ。
そうすれば良かったがめんどくさくて
待合室で絵本を読ませたりして2時間ほど待った。

やっと順番が来て、息子は鼻とノドに長ーい綿棒を突っ込まれ
溶連菌とインフルエンザの検査をされた。
検査結果は、どちらも(ー)。
「インフルエンザなら、このように印が出るんです、」
と他の子どもの検査マーカーをずらっと並べてみせてくれた。
AだのBだのに、青い印がくっきり。

きっとそこでもらって帰ったんだろう。


息子は日曜には熱が下がり、もりもり食べて元気になった。
月曜は、湯の山温泉にワンデイ湯治にも行った。
火曜、忙しかった。
水曜、ずーーーーーっとパソコンに向かっていた。
ら、肩こりがひどい。
腰もいたい。
湯につかっても、あれれ?おかしいな・・・
木曜の朝、自分の体がじぶんのからだじゃなくなっていた。
これは、インフルエンザだ、と自分が答えを知っていた。
ともかく、着替え、車を運転し息子を保育園に連れて行き
近くの内科に行って診てもらった。

「検査はね、いい加減なんですよ。してもいいんですがね、
まあ、インフルエンザでしょう。タミフル、出しますね」

帰宅して横になるが、うとうとしたら電話が鳴る。
出さないといけない原稿もある。
だれもいないのに「うううう・・・」と声が出る。
予防接種のおかげか、熱は38度ちょい、たいしたことないけど
全身がとにかく、ぎしぎしと痛い。


少し前、全身が痛む難病にかかった女性アナウンサーが
オットと小さな子を残して自殺したというニュースを思い出した。
彼女の痛みはこんなだったんだろうか、もっと痛かったんだろうか。

痛みは思考を奪う。

タミフルで劇的に痛みが薄らいでゆく感じがあり、
わたしは自殺せずに済んだ。
痛みが癒えない絶望は、想像するのも難しい。

家族にうつさないよう、マスクと手洗いを心がけ、
今日はずいぶんマシになった。
でも、思ったより体力奪われていて、ふらふらするし
目の下にクマまでできてる。

もうすこし、養生します。
やすめということでしょう。
なのに、横になっても雑誌をめくるのを止められない。
枕元にここぞとばかりに本も積んである。

いや、元気なときに本がよめないツケを
病気の自分にまわすのはどうかと思う。

潔く、寝たまえ。

といいつつ、こうして書かずにはおれない貧乏性。

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2007年2月10日 (土)

中四国子連れ450Kmの旅(7)


祖谷、かずら橋を後にして出発。

パトカーのミニカーをゲットした息子は上機嫌で
カーステレオの音楽に合わせてでたらめ歌詞を歌う歌う。
つられて親も歌う。大合唱。
なんだか天気も良くていい感じである。

きょうは道後で一泊の予定。それまで特に予定なし。
高速に乗って道後まで一気に行きますか、
と話しつつ向かうが直後、
「あっ!!止まって!!」「なに!?」

『秘境祖谷・平家屋敷』という看板が目にとまったのだった。
「行ってみん!?」「え〜〜〜〜」
「歴史ロマンよ!平家よ平家!」
渋るオットを尻目に嫁はウキウキと車から降りてゆく。
さっきまで歌っていた息子はちょっと目を離した隙に爆睡。
13Kgを抱えていくこととなる。


さて、その屋敷、なんでも平家の落人が当時住んでいた屋敷を
そのまま末裔が保存して展示しているのだとかで、
数えて20代目の当主が隣接の家に住んでいるらしい。
入場料500エン。ご先祖様のおかげの観光収入。

そのご先祖様、堀川内記という人で、安徳帝の御典医として
治承〜養和〜寿永の項まで宮中に仕えたが、平家の都落ちの折、
安徳帝を供奉して屋島に逃げのび、平家滅亡の後、残党と共に
祖谷に入山したのだとか。
その時の屋敷が、いまもほぼその当時の姿で残っている。

古い、といえば古いけど、
なんだか立派な茅葺きの屋敷だなあという感じ。
中には民具や農具、大正、昭和など近年の紙幣、教科書、
古文書などが展示されていた。
平家の揚羽紋の幟なんかもあったけど、
平家の落ち武者がやってきた時代からここに、って
さかのぼって想像するとくらくらする。

農具の中に「製茶のほいろ」があった。製茶!?
なんでもここ祖谷はかつて茶の栽培が盛んで、
ここの茶の実を持って行って栽培したのが静岡なんだそうだ。
静岡茶のルーツがこんなところにあったのね。
そういえば、切り立った崖の中腹に、ちょこちょこ
今でも茶畑が残っている。

縁側で、爆睡する息子をだっこして猫とひなたぼっこ。
立派な樹だ、と思ったら樹齢800年だって。
800年か〜。
この樹は、平家の落人が逃げ延びてやってきたのを
この目(?)で見ていたのだ。すごい・・・
諸行無常を、じーっと眺めてきたのだろう。
その時間の一瞬、こうして交差する旅人。不思議なご縁だ。

さて帰ろうか、というとき、息子がむにゃむにゃ目を覚まし
「・・・・ぱとかーない・・・」
えーーーっ!?手に持ってたの??
持ったまま寝て、そのまま抱っこして・・・
来た道をくまなく探す。何度も受付の人にすいませんと言い
再入場して足下を舐めるように探す。
ないよ・・・どっかいっちゃったねえ。
「いやだーーー!!!」
だって、ないんだもん・・
「いやなのーーーっ!!うえ〜〜〜〜」

泣き叫ぶ息子をなだめたりすかしたりしていると、
「あったーーーー!!」
「ええーーーっ!!」
パパちゃんが這いつくばって側溝のフタを持ち上げている。
隙間から落ちたんだ。
よかったねえパトカー。
息子は帰ってきたパトカーをなでなでしてちゅうしている。

やれやれ。出発です・・・

来た時は真っ暗でよく見えなかったが、
ここらへんの道はほんとにすごい。
断崖に張り付いた道を上がったり下がったり。
びっくりするような急斜面にぽつん、と家が建ってたり
目もくらむような崖っぷちに建物が建ってたりする。

しばらく行くと「大歩危(おおぼけ)」遊覧船乗り場に到着。

車を止めて川を覗くと
「ひょ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」
ものすごい切り立った渓谷の底に、エメラルドブルーの川が流れてる。
三段峡の黒淵あたりを100倍スケールにした感じ?
あまりの高さにくらくらして現実感がないが
見下ろす船着き場の人々がゴマ粒くらいなのを見れば
どんだけ高いのかわかる。
新緑の頃とか、紅葉のころとか、むちゃくちゃ綺麗だろうな。
観光船下りでは雄大な大自然が満喫できます、ということだが
うちのちっちゃいのがぽちゃんと落ちたりしてもアレなので、
(って想像するだけでちびりそう、ひょ〜〜〜)
絶壁を見下ろしてひょうひょう言うだけ言って出発。


松山自動車道に向け車を走らせる。
高速入り口はすぐにあったが、
せっかく知らないところに来たんだから
知らない道を走りたいね、
ということで一般道で愛媛県入り。
海辺の道を走って行くが、案外工場地帯で
でっかい煙突から煙がもくもく。
「ああ〜っ、くもよ〜くも〜、ばいばい〜〜」

そろそろお腹もすいてきた。
高速に乗ってどこかSAにでも入ろうか、
と いよ西条I.C.から高速に乗る。
と、同時に記憶がなくなる。
オットよ、助手席で爆睡、すいません。

「ついたよ」
そこは石鎚山SA。なんだかただのSAじゃないぞ、
「石鎚山ハイウェイオアシス」だって。
まずは腹ごしらえから。
やっぱり爆睡していた息子を引きずりおろすと超不機嫌。
「いやにゃ〜〜〜くるまでねんね〜〜〜」
「まんま食べるんよ、ね?」「いやにゃ〜〜〜〜」

暴れる息子をがっちりだっこして連れて入ったものの
激しく泣き叫ぶ。寝起きが悪いのは誰に似たのか。

しかたなくオットがそこにあったりすのぬいぐるみを手にとり
『チョビクン、オハヨ、イッショニマンマタベヨウ?』
「・・・・うん。たべりゅ。」
あら、ご機嫌なおってよかったねえ、と行こうとすると
「あ、だめ!いっしょににいくのっ!!」
「・・・ええ〜〜〜!?」

りすさんはここの人だから一緒に行けないと説得するもむなしく、
「・・・じゃあ、つれていってもいいようにしてもらうから」
とレジに向かう。
値札はついてなかったが、ちっちゃいし、
隣のネコは450エンだったのでそんなもんだと思ったら
「850エンでございます」
!!
「ねえちょび、にゃんこちゃんが一緒に行こうって」
「いや!りすさん!」
「あ、このくまちゃんが」
「り す さん!」

ということで旅のメンバーに加わったりすさん。
「ちょっとしたランチが食べられる値段だよね」
親はブツブツ不満を述べつつラーメンをすする。
息子は上機嫌でりすさんにうどんを食べさせている。

外の屋台で揚げドーナツ買って食べ、
いよいよ「石鎚山ハイウェイオアシス」へ。
そこは高速道路を利用しない人も入れる施設で
温泉なんかもあるらしい。

ぐるーっと連絡道路を移動すると、でっかい公園だ。
さっそく車を停めて遊びに飛び出す。
ちびっ子たちで賑わうジャングルジムに
ちょびも参戦。
すんごい滑り台にパパちゃんと一緒に挑戦。
「かーちゃんもして〜」
年甲斐もなく滑り台へ。これがけっこう楽しい。

そこから歩いて施設に向かう。
立ち寄り湯や足湯もあったが、これから道後に向かうのでパス。
施設内にはでっかい滝があったり、
「石鎚山の四季が体感できる」パビリオンなどもあった
が、入場料500エンだったのでパス。
お土産物屋をひやかしつつ、一銭も落とさずに施設を後にする。


さあ、いよいよ道後へ向けて出発。
「今夜はまたまたおっきいぼちゃぼちゃだよ〜〜〜」
「わ〜い!」
寄り道だらけのえんやら旅、もうちょっと続く。

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2007年2月 2日 (金)

中四国子連れ450Kmの旅(6)

翌朝、まずはひとっ風呂。
寝ぼけたよれよれのまんま、ゴンドラでごわんごわんと露天風呂へ。
また誰もいない混浴露天風呂でゆっくりつかる。

景色を期待したのだが、濃い霧でただ白い。

と、カップルが遠慮がちに入って来た。
軽く会釈。
こんなときも「どうしよう!」とかさっぱり思わない
ど〜ぞど〜ぞ。
こんなわたしはもはやおっさんである。
男性は外人さん、そーっとつかってにっこり。
ちょびは見知らぬ外人さんに目が釘づけ
「おはようございます、は?」
などと言っても微動だにしない。
彼女はバスタオルを厳重に巻いて洗い場にいた。
そそーーっと上がり、息子に服をきせて
お先に、と帰る。
「あんなに隠さんでもええのに」
オットは不満げである。なんじゃそら。

また囲炉裏のそばで朝ご飯をいただき、
チェックアウトして、10時前に宿を出発。
息子はアメをもらい上機嫌。いいお宿でした。


そこからさらに奥へ車を走らせること5分くらいで
祖谷かずら橋観光駐車場に到着。まだ人影もまばら。
そこから徒歩でかずら橋へ。
途中、観光物産市のようなところを通ったのだが
油断していた。
「これいる・・・」
罠だ!
今度は全国パトカーシリーズのがちゃがちゃだ!
「だめです!」
たとえ200エンでも毎度毎度いいよとは言えない。
心を鬼にして、我慢を教えることにする。
「いるのっ!」「だめっ!」「いりゅっ!!」「しらん!」
ほっといて歩き出すと、もんのすごい力で腕をひっぱる。
振りほどくと泣き叫ぶ。
「ほいじゃあ一人でここおりんさい!」と見捨てる。
こういうとき、懐柔役はパパちゃん。
「ね、いまからすごい橋渡るんよ、ね、行ってみよ?ね?
 あ、じゃあ帰りにもう一回見てみよう、ね?」
しぶしぶ、パパちゃんに抱っこされて離れる。
が、ぶつぶつぶつぶつ
「ぱとかーいるのっ。ぱとかーいるのっ」と
呪文のように唱えている。執念深いやつめ。

坂を降りてゆくとそこに、かずら橋があった。
わー、ほんとにかずらで編んである。コワ〜〜〜〜
一方通行で、通行料500エン。ま、せっかくだから渡ることにする。
ちびっ子は一人では渡れません。落ちるから。
ということでパパちゃんが抱っこして渡る。
「しっかり掴まれよ、しっかり掴まっとけ!」
というオットはへっぴり腰。
無理も無い、足下はシースルー、けっこう深い川、
通行人が落としたと思われるカサやらなんやらが川底に見える。
ぐらぐら揺れるし、スリル満点である。
片手で抱っこして片手で橋のかずらを掴み
じりじり渡るが、テンションの低い息子はだらーんとして
ずるずるおしりがおちてゆく。
「わーーーー掴まっとけってばーーーー」


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なんとか渡り終え、振り向いたオットに
「ねえ、わたしも写真とって」とカメラを渡した、
と、
つるっっ

「ぎゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜・・・」
渓谷にこだまする絶叫。
みんなが振り向く。
が、かずらの間にひっかかって、カメラは無事であった。
セーーーフ!

「ちゃんととってよ!!!」
「手首にストラップひっかけとくなよ!!!」
「だって落ちるじゃん!!!」
ののしりあいながら対岸に上陸。

そこに、昨夜のお宿でいっしょだったカップルが通りがかり
「撮りましょうか?」と記念撮影。
こわばった笑顔の二人と、不服そうな息子の3ショット。

さて駐車場に戻る途中で、まだ忘れていない息子は
「ぱとかーっ!いるのっ!」と主張。
これをねじ伏せて移動中ずっと絶叫されるリスクを思うと
ついつい200エン取り出すのであった。負けたよ。

その日一番の笑顔で息子がゲットしたのは
愛知県警のパトカーでした。

Photo_27

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中四国子連れ450Kmの旅(5)


うちの車にカーナビはついていない。
「スーパーマップル四国道路地図」を頼りに
助手席がナビをする。
動く車内で細かい字を見ると酔うオットがドライバ−。
案外地図が読めるわたしがナビ。
「はい次の信号国道32号に向けて右折!」
宿に急ぐ車内はさながらパリダカである。

国道とはいえ細い2車線の道、目印もほとんどない。
くらい灯りがときどきともる、しらない所を通り過ぎる。
高速のI.C.や小さな街を抜け、いよいよ真っ暗になってきた。
地図が見えないのでケータイの明かりで手元を見る。

歩き疲れた(とはいえ自分ではほとんど歩いてないが)
息子は後部チャイルドシートで口ぱっくりあけて寝ている。
車に乗ったら、乗ったとたん寝てしまう。
そうやって体力を充電しているのであろう。
腹へったとぎゃあぎゃあ言うよりましである。

いよいよ山道、どうやら川沿いを走っている。
地図では、小歩危、大歩危付近。
このあたりは曲がりくねった清流が美しい景勝地らしい。
が、窓の外は真っ暗で何も見えない。

あった!宿の看板発見!左折!
あーよかったねえ、なんとか7時には着けそうじゃね、
などとほっとしたのは束の間であった。
そっからもんのすごいアップダウンの山道を
延々ゆくことになる。
「うわーーヘアピンカーブだーーー」
暗いし狭いし曲がるし上るし下るし
もう、どこをどう走ってるんだかよく分からん。

「平家の人らってこのあたりに逃げて来たんでしょ?
 大変だったじゃろうねぇ」
などとのんきなことを言う。
追われて見つかったらオシマイなので、
そりゃあ平坦なところには逃げまいて。
暗いからよく見えないけど、たぶん片側は崖。
落ちたらひとたまりも無いと思われる。

スリリングなあまり「ひゃっほ〜〜〜!」
などと歓声を上げながらのドライブ。

それが30分ばかり続いたその先に、
お宿の明かりがぼんやり見えて来たのだった。
「つ、着いた・・・」

宿の人が二人、お迎えに出てくださり
荷物を持ち、車を停めてくれた。
フロントには樽酒と大きな生け花、
お正月の華やぎがうれしく、ほっとしたのだった。

部屋についてすぐ、食事に向かう。
囲炉裏のそばに膳が用意されていて、
炭火には鮎や田楽が焼かれている。
寝ぼけ眼の息子も「まんまたべる〜〜〜」
先付け、あめご(アマゴ)の刺身、山菜の天ぷら、
「このあたりのお雑煮です」と出されたのは
お味噌汁にでっかい芋と丸餅のお雑煮だった。
この芋は・・・?里芋??
大人の握りこぶしくらいの芋を四つ一に切ってある。
後から知ったのだが、京都辺りではでっかい里芋
(海老芋)を丸のまんま入れる地域があるそうだ。
都の味を懐かしみ、地元の食文化と混じり合って
こういう雑煮になったのかなあ・・・
などと古の昔に思いを馳せてみる。
あとは、もんのすごい固いとうふや、そば粉で作った団子、
粟飯、蕎麦アイスなど、おもしろいものがいろいろ出された。
しかし、囲炉裏の火というのは心落ち着くものですな。
じんわりあったまるし、燻香もいい。

Photo_24


おいしいものをたらふくいただいた後は、そう
「おんしぇ〜〜ん!!」である。

さっそく部屋に戻り浴衣をひっかけて風呂に向かう。

ここの名物はなんといっても
「ゴンドラに乗っていく露天風呂」。
ちっちゃい箱のようなゴンドラに乗って、
「運転」ボタンを押すと、じりじりじり・・・とベルが鳴り、
ごとん、ごわんごわんごわんと動き出す。
2分ほどで数十メートル上に到着。
そこには湯上がり休憩所の茅葺きの小屋があり、
中の囲炉裏では常に火がくすぶっている。
かこーーーーん、獅子脅しが風流である。
小径を抜けてゆくと、男湯露天風呂、女湯露天風呂があり、
その先に混浴露天風呂があった。

そーーーっと混浴露天風呂を覗くと、誰もいない。
「・・・入る?」
いやった〜!家族みんなで入れるぞ〜!
脱衣所は板で囲ってあり、かごに浴衣を脱いでいれる。
しかーし!足下のマットが濡れて今にも凍りそうで
足が冷たい!ぎゃ〜〜〜〜言いながら脱ぐ。
息子もぎゃ〜〜〜というのをむりやり剥いですっぽんぽんにする。
その勢いで、ざぶん、とつかった湯は極楽・・・・

ああ、いい湯だあ〜・・・・

囲炉裏でいぶされた茅葺き小屋をそのまま持って来たような
味のある屋根。
大きな岩が組み合わされた間から、お湯がほとばしっている。
露天なのでお湯も熱すぎず、ちょびも長湯できる。
「みてよ、かーちゃん、ザバーーーーー」
人の気配もなく、貸し切りである。
いつもはちょびはパパちゃんと一緒に入る。
わたしは一人でゆっくり、なんだけど、ちょっとさみしい。
「みんなで入れて、いいね〜」

辺りは漆黒の闇。明るかったら景色もいいんだろう。
「明日朝、また来てみようね」

ぽっかぽかの体でまたゴンドラにのって帰る。

と、上がって来たゴンドラに若いカップルが3組。

オットがぼんやり見送っているので、どしたの?
と聞いたら
「いや、みんなで混浴なのかなーと」
んなわけないだろ、と思いつつ、そうだったりしたら
やっぱり他の彼女とかチラ見したりするんだろうか
もしかして、
などとおっさんのような会話で盛り上がりつつ
あったかいお布団で今日が終わった。

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中四国子連れ450Kmの旅(4)

金毘羅宮付近は正月ということもあって交通規制区域が
あり、臨時駐車場もあるというチラシをもらった。
きっと混んでるよね、と恐る恐る近づくが
対向車線はめちゃくちゃ混んではいるものの、
こっちの車線はスムーズに流れる。
無理も無い。もう4時過ぎだもの。普通もう帰る時間。

すすすす、とたどり着き、金比羅さんの参道真ん前に
車を停めることもできた。
さあ、行ってみますか!

道の両側のお土産物屋さんをひやかしつつ、
ああ、初詣が金比羅さんなんて今年はいいねえ、
なんて歩いているうちは余裕だった。
はあ、階段、けっこう、急だねえ、と
息が上がりだした頃
「百段」
という看板が目に入った。
ひゃ、100段!?まだ??!!
金毘羅宮本宮まで785段あると聞いていた。
あと、ほぼ8倍・・・・絶句。
息子は「もうあるけな〜い。だっこ」。
そこから新年早々の苦行が始まるのであった。

息子は13Kg。だっこして階段をあがると
ヒザやら腰やらがぎしぎし言う。
だましだまし時々歩かせるが、まあ無理だ。
オットと交互に、このどっかり重いのをだっこして上がる。
まだか、まだか、
ついた!
と思ったら「大門」。まだまだ。
上からはものすごい人が降りてくる。
上がる人はあんまりいない。
人の流れをかき分けて遡上する。
こんぴらさん参り、半端じゃねえ・・・
だんだん日が暮れて来た。
おいおい夜になっちまうよ・・・

またもや着いた!と思って裏切られたのが
「御書院」。もういや!
と、中をのぞくと、円山応挙の襖絵一般公開、とある。
休憩がてら覗いて行くことにする。

円山応挙が晩年に描いたといわれる襖絵の数々。
かわいらしい虎の親子が水を飲む図や、
庭の池に注ぐイメージで大胆に描かれた滝など
自由で、美しい線が踊る。
他にだーれもいなくて、
親子三人、弾んだ息が落ち着くまで
池の鯉を眺めて過ごした。


と、のんびりしていても永遠に本宮に着かないので
そこから一挙にスパートをかける。
薄暗い、ぬかるんだ山道や石段を
なんか半分笑いながら上がって行く。
やっぱりこんだけ苦労しないと有り難くないんだよねー
などといいつつ上がる。

沿道の提灯に灯りがともった。
最後の心臓破りの石段を上り切ると、そこに
りっぱな御本宮が現れた。

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今年一年、健康で仲良く楽しく暮らせますように
願うことは、只平凡。
お祈りを済ませて振り返ると、
麓の街が一望。遠くに美しい讃岐富士も見えた。
ウコン染めの黄色いお守りをいただいて
おみくじをひくと、オットは小吉、わたしは大吉。
うれしいおみくじだったので、それぞれ持って帰ることにする。

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充実満足、しかし
これから来た道を帰るのである。ぞぞ〜・・・
日はすでにとっぷり暮れて、
石段を下りながら目を上げると
まんが日本昔話し、みたいな美しい満月。

もたもたしていても膝が笑うばっかりだ、と
オットは息子をだっこして
転がるように降りてゆく。
追うわたしの足がもつれる。日頃の運動不足を痛感。

やっと、やっと車までたどり着いた。
ハードな初詣であった。
さあ・・・宿に向けてゴー・・・。
もうとっぷり夜である。
向かうは秘境・大歩危(おおぼけ)の奥地。
果たして今日中にたどり着けるのであろうか・・・


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