道後の朝。カーテン越しに薄日がさす。
ひとまず朝風呂に向かう。
1月5日(金)世の中は仕事始めだろうか。
わたしたちはまだ、名残り惜しむように旅の途中。
身支度を整え、朝食。
英国調ラウンジでイングリッシュブレックファストである。
と、気取ってはみても温泉街の朝、
旅の人々はドレスアップするでもなく、
まだエンジンがかからない顔で無言で食べている。
一皿ずつ、ベーコンエッグやトーストなどが運ばれる。
ちょびの分はなく、わたしのを取り分けて、
と思っていたがほとんど食べられる。もう一人前だ。
「かーちゃんにもちょっとちょうだいよう」
「・・・あい(ちんまり)」「・・・」
あとでなにか食べることにする。
チェックアウトして車はホテルに預けたまま出かける。
いよいよ、いよいよである。
「しゅしゅぽぽ、のるんよね〜っ♪」
そう、「坊ちゃん列車」に乗りにいくのである。
前の日に下見して発車時刻を調べておいた。
当日券を買ってホームで待つ。
路面電車はなにも珍しくもないが、
ミニSLである。ポッポ〜、である。
とはいえ蒸気機関車ではなく、ディーゼル機関車である。
街中をばい煙だらけにするわけにもいかないのだろう。
しばらくしてホームが坊ちゃん列車目当ての観光客で
ごった返してきた頃、しずかに列車が入ってきた。
息子は興奮のあまりキャーキャー言って・・・
と思いきや、
「しゅしゅぽぽ・・・」とため息みたいな声でつぶやいたきり、かたまったまんま凝視している。
トーマスみたいな機関車が、うごいてるー。
感激MAX、はしゃぐことすら忘れて見入っておる。
整理券番号順に乗車。
車掌さんも、当時のものを復刻した制服でかっこいい。
息子口あんぐり、目だけ異様な早さできょろきょろ。
がたたん・・・・
マッチ箱のような列車がごろごろ走り出す。
やがて大街道に到着。ここで降りて松山城へ。
降りない!というかと思ったがあっさり降車。
どうやらここにきて旅の疲れがでているらしく、
ぼんやり、眠そうだ。
徒歩でロープウェイ乗り場に向かう。
ロープウェイで松山城へ。
松山市街を一望に見晴らし、
お城を見ながら茶屋で一服。
お薄と坊ちゃん団子をいただく。
団子は息子に全部食べられる。かーちゃんひもじい・・・
帰りは、パパちゃんだけロープウェイと並走する
独り乗りリフトで降りる。
頃合いを見計らって先に出発したパパちゃんに
追い抜くゴンドラの中から手を振る。
「ぱっぱちゃああ〜〜〜〜ん!!」
満員のお客はみんなオットに注目。
オットは息子しか見えないらしく満面の笑みで手を振っていた。
さて、お腹すいたね(かーちゃんほとんど食いっぱぐれ)
ということで、街中のご飯屋さんを目指すことに。
しかし行く手に罠が!!
ロープウェイ乗り場から続く道の両側には
骨董屋さんが軒をならべており、
「・・・ちょっと待っててね!」
かーちゃんまんまと捕まる。
オットと息子は外で待ちぼうけ。
へー、これ平安時代の焼き物ですか!などと
店の人との会話が盛り上がるその頃、
かーちゃんにおいてけぼりにされた息子は怒り爆発、
ぎゃーぎゃー泣き叫んでパパちゃんを困らせていた。
「お待たせ〜♪」
泣きつかれた息子はぐったり、「もうあるちぇない・・・」
オットにだっこされ、13Kgは速攻眠りに落ちた。
とぼとぼ、あるく。どこに入る?
ちょび寝ちゃったしねえ、
なんとなくアーケードの左右を眺めながら、
とうとう松山市駅まで出てしまった。
もう、ホテルもどって、フェリー乗り場まで行こうか
ということになり、電車にゆられて道後温泉まで。
道後温泉の商店街で、両方の実家にみやげを買おうと
お土産物屋さんに入る。
泥のような息子を抱っこして疲労困憊、
はやく車にもどろう、としたそのとき
「・・・りすさんわ?」
息子が目を覚ました。
あれ?りすさん?パパちゃーん、りすさんは?
知らんよ、持っとらんよ。
・・・・・
石鎚山サービスエリアで旅の一行に加わった、
ランチ一食分の値段のちいさなりすさん。
たしか、ずーっとちょびが手に持っていた、
持っていたが
持ったまま眠った!?もしかして、
・・・落としたらしい・・・
「ねえ、りすさんわ?りすさんわ?りすさんわ?りすさんわ?りすさんわ?りすさんわ?」
眠いのと腹減ってるのとで超不機嫌な息子の連呼を止める術もなく、
急いでホテルに戻り、車でロープウェイ乗り場に向かう。
号泣して暴れたときに落としたんじゃないか。
しかし、くまなく見てもどこにもない。
お店の人に聞いても知る訳がない。
あの、アーケード街をもう一度歩いてみる体力と気力は
もうない。
「あのね、ちょび。りすさんね、おうち帰ったんだって」
「・・・おうちー?」
「そう、石鎚山に、帰ったんだって」
「なんでぇー?」
「りすさんのね、パパちゃんとかーちゃんが、待ってるから」
「りすさんの、パパちゃん?」
「そう。ちょびくん、ばいばーいって。悲しくなるから、
ちょびが寝てる間に、こっそり帰ったんだって」
「かえったのぅ・・・
ちょびも、おうちかえるー」
「うん、帰ろう」
そうだ、りすさんは役目を終えて帰ったのだ。
石鎚山は遠いが、どこかのかわいい手が
やさしく抱っこしてくれていることだろう。
フェリー乗り場で、海を見ながらうどんをすする。
「あ、おっきいおふねよ、あ、ちっちゃい、おふね」
宇品行きのフェリーの中を探検したり
おやつをたべたりして、日が暮れた。
見慣れた街に帰ってきたよ。
ちょびと、パパちゃんと、かーちゃんと、
おんなじ家に帰ってきたよ。
この、確かな安堵感を味わうために
旅に出るのかもしれないと、毎回思う。
考えてみれば、毎日が旅なのだ。
それぞれがそれぞれに過ごしながら、
だいたい同じ方向を向いて、進んでゆくのだ。
振り返ればすべて懐かしい、
思い出を作りながら生きている。
明日から、また新しい旅がはじまる。
450Kmどころじゃない、遠いところへむけて。
(おしまい)
※おまけ※
うちの坊ちゃん。
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