« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月13日 (月)

休みだー。
申し合わせたように、すべて「盆明けから」ということで
すでに仕事はオールペンディング状態。
じたばたしてもしかたないので
休みを満喫することにします。

墓参りにはもう行ってきた。
灯籠を、ちょびがわーしょいわーしょいと運んでくれた。
それにしてもどうして墓地のヤブ蚊はこうも
死にものぐるいで襲ってくるのだろうか。ぼこぼこにされる。
虫除け線香とかあればいいのに。
お盆の花は恐ろしく高くてしょんぼりだ。
それでもきれいになった墓に花を入れると
じいちゃんやばーちゃんやひーばーちゃんたちが
にっこりしてるように思う。

今日は最後の保育園。登所してる子も少ない。
早めにお迎えにいく。
さー、やっと夏休みだよー。
「なつやすみー?やたーやたー!はなび〜」
花火もしようねー。
汗いっぱいじっとりのお昼寝布団も持って帰って干そう。

家に着くと、あ、あ、ちょび、虹!虹だよ!!


Niji

どこ〜どこ〜あ、ほんとらーーーーー!!にじ!

向こうの方は雨かなあ。
綺麗に弧を描いている。

ああ、休みが始まるこの時に、こんな綺麗な虹が見れて
幸先いいねえ。

この虹を超えてゆこう。夏はもう熟している。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年8月 8日 (水)

ケンカ祭り


昨日は、近所の公園で盆踊り大会があった。
「みんなきてネ〜!」
という宣伝カーまで走っていたもんだから
今年は連れて行ってやろうと思った。

保育園のお迎え時間ぎりぎりにすべりこみお迎え。
「きょうどこいく〜ん?」
いつもこう聞く。
たいがい
「家」
「え〜〜〜〜〜かえりたくな〜い」
「ほじゃ帰るなや」
「かえりゅ」
という会話になるのだが

「お祭り」
「お、おまちゅり!?やた〜〜〜!」
小躍りするとはこういうことを言うのだろう。
マンガのような喜びようだ。


一旦帰宅し、荷物を置いて、小銭入れだけ持っていく。
「ふっふふんおまちゅり♪ふっふふんおまちゅり♪」
うきうきである。
「あ、なんかおとがしゅるよ、きこえる!」
「あ、ひとがいっぱいおるよ!おまちゅりだ!」

いよいよ公園に到着。
いつも慎重派で、かーちゃんの後ろから様子を見て
決して走り回らないこいつが、
手を離して飛び出した。
「あっ!!」
かーちゃんの声におどろいて
止まろうとして、コンクリに乗った砂にすべって
じゃじゃ〜っとこけた。
「・・・・・」
あ〜あ、大丈夫?
立ち上がらせ、砂をはたいてやる。
テンション一気に下降。

常々、わたしはこいつをコントロールしすぎているのかな
とちょっと思うことがある。
公衆の場で騒ぐ子どもが嫌いだったこともあって、
食事の場や電車の中など、
「ちゃんとして」「すわって」
がみがみはいわないけど
従わないとどうなるか覚悟はできてるんだろうな的な
無言の圧力でわきわきを征してきた。
おかげで、どこに連れて行ってもさほど苦労はしない。
いわゆる、いい子だ。
慎重でおとなしくて手がかからない。
もちろん、持って生まれた性格も大いにあると思う。
「無言の圧力」が通用しない、鉄砲玉のような子もいるし。
それにしてもちょっと心配になる。
保育園でも、ずっと我慢してんのかな。
保育園の先生は「そんなことないと思いますよ、
おもちゃとられたら取り返しに行くし、いやなことは
いやって言います。やさしいですけどね」。

お祭りのわくわく感で思わずかーちゃんの手をふりほどいて
走り出した。
でも、かーちゃんの声が聞こえてハッと我に返り
「だめだいっちゃ!」とあわてて止まろうとして、こけた。
・・・いいのに。走り回っても。
きっとかーちゃん「こらーーーー!」って言うと思うけど。

ちょっとしゅんとなったちょびの手をひいて、
行ってみようか、と歩き出す。

本格屋台がものすごい熱気の中、
唐揚げを揚げてたりたこ焼きを焼いてたりする。
「つーつーたびたーい」
というので焼きそばを買う。
仮設ステージではフラダンス。ここはにわかハワイ。
石の上に座ってビールとお茶で乾杯して、焼きそば食べる。

屋台の熱気が風に乗ってやってくる。
ステージはいつのまにか沖縄民謡に。
ゆかた着た小学生たち。高学年の子ともなると
淡い色気も感じさせる。かわいいねえ。
小学生男子が走り回る。
きらーーん。ちょびが反応した。
「あのおにいちゃんが持ってるばんばんがほしー!」
ばんばんとは、水鉄砲のことだ。
「いってみりゅーー!」
はいはい、と残りの焼きそばをかっこんで立ち上がる。

もう屋台も商品や景品も出尽くして、店じまい寸前。
どうやらくじ引きの景品に水鉄砲があったらしいが
今やシールくらいしか残ってない。
100エンでくじを引かせたが、シールじゃ納得しない。
よその屋台では光る玩具を売っていた。
「これがほしい〜〜〜〜」
ひも引っ張ると光って走り出すカブトムシ型玩具、300円。
こんなもんに300円、くだらない、
でも水鉄砲はなかったし、なんにも買ってもらえない祭りほど
面白くないものもないので、買ってやる。
だがどうも納得がいかない様子。

沖縄民謡のステージが終わった。
さよなら〜〜
「ね、もうお仕舞いって。帰ろう」
「かえらない・・・・」
もういじゃないか。かーちゃんは飽きている。
これ以上いたって、なんにもないってば。
ちょびを置いてすたすた歩き出す。
「かえらない!!!うえ〜〜〜〜〜〜〜」
泣きながら追っかけてきた。
かーちゃんを止めようと手を引っ張り服をひっぱり
わたしもいい加減疲れたので止まる気もない。
ずるずる子どもを引きづりながら歩く。
「うえ〜〜〜〜〜〜」
あきらめて、泣きながら手をつないで歩き出した。
あーうざい。
こんなことなら連れてこなきゃよかった。
「うえ〜〜〜〜〜〜」
カブトムシの玩具を投げた。
かーちゃんキレる。
「これ欲しいって言ったのだれ!?これお金だして
買ってやったものじゃないか!捨てるんなら欲しい言うな!」
「う”え〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
夜の住宅街に響き渡る怒声と泣き声。もうすぐ通報される。

「もう泣くな!」
「えぐっ、ひっく、が、があちゃんが、お、お、おこった」
「何で怒ったんか」
「ちょ、ちょびが、おもちゃ、なげたけ、えぐっ、おご」
「なんで投げたん」
「ひっく、が、がえりたく、えぐっ、だかったがら」

なんてことない祭りである。ひと回りすりゃあだいたいわかる。
ビールひっかけて、ちょっと眺めて、なんか買って、
それで仕舞いである。大人にとっては。
だけど、ちょびにとっては未知の世界、夢の競演であって、
場のきらびやかさに興奮してずっといたかったのだと思う。

わからんでもない。

祭りは楽しいが、そういえば
思い出してみれば切ない思い出ばかりだ。
買ってもらえず泣いた、帰りたくなくて泣いた。
歴史はこうして繰り返してゆくのであった。

ふたりともしーんとなって、とぼとぼ歩く。
「・・・かーちゃん、コーラがのみたいよぅ」
「コーラ???」
どこでコーラの味なんか覚えたか。
自販機に寄り道して、小銭を入れる。
「あ、やっぱりこれがいいの」
熊だか犬だかのキャラクターの絵が描かれたリンゴジュースにした。

自宅に帰ってリンゴジュースを飲む頃には
すっかりなんにもなかったかのように
ご機嫌もなおっていた。

子どもはこうして、忘れながら育って行く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月 1日 (水)

バッチフラワーレメディ

夏の旅行の予定があって、その準備をなんとなくしている。
子連れ旅に、バッチフラワーレメディのレスキューレメディ
を1本持っとくといい、と何かで読んだ。
ので、見に行ってみた。

妊娠してから、薬に頼らない代替療法に興味がわき、
アロマセラピーは講習会に参加してかじってみたりした。
そのとき、バッチフラワーレメディにも関心はあったが、
それはどちらかというと「心」の問題を解決するもので、
やれ腰が痛い腹が張るという身体の不快感を拭うのは
やっぱりアロマの方が手っ取り早かったこともあって
今日までなんとなく手を出さずにいた。

広島三越6階、カリス成城という店にバッチフラワーレメディ
のいろんなものがあったので、覗いてみる。
なんだかいっぱいあるなぁと眺めていると、
お店の方が声をかけてくださった。
子連れ旅行にレスキューレメディがいいと聞いたので、
と話すと、「それならこちらがいいかもしれません」、と。
その名も、ブッシュフラワーエッセンス・トラベル。
数種のフラワーエッセンスをブレンドしてあり、
“旅行による移動で感じるストレスを和らげてくれます”。
その方も先日京都に行ってきたが、準備の時からこれを
服用して、なんとなく気持ちが落ち着いて疲れなかったという。

それじゃこれを。
と、そこに美しい植物の写真がカードになったものがあった。
「これ、気になるものを選んでみてください」、と。
椅子に座ってじっくり眺めてみる。
でっかい木や新芽、花や葉っぱの写真。
何とも思わないものもあれば、嫌なものも、
ああ、これ綺麗、と思うものもある。

綺麗だなーと思った3つの写真、
ひとつは、ビーチ、西洋ブナの木。
「この木は姿が大きくて素晴らしく美しいんです。でも、
だから足下には日も射さず、他の植物が生えない。他人を
非難して排除し、自分の価値観でしか物を見ないという
意味があります」。

もうひとつは、セラトー。
マリアの青と言われる、美しい5弁の花だ。
「この花びらのさきっちょにあるの、これ、アンテナなんです。
アンテナが多すぎて、情報に過敏なのです。情報を集める
能力に優れているけど、多過ぎる情報に混乱して、
客観的な判断ができないでいるという意味があります」。

さいごは、ウォーターバイオレット。
水の中からひょろーっと伸びた茎に、小さな花がぱぱぱと咲く。
「この植物だけ唯一、身体を水の中に隠しています。
本音を出さず、首から上だけで話しをしています。
優位に立って孤立し、人生に他人が干渉するのを許さず、
自分のことは自分で解決します。この花を選ぶ方の特徴は、
首が弱いこと。本音を話さないから、首に負担がかかるようです」。


無意識に選んだだけのことだ。なんとなーくだ。
なのに、今の私の問題点が羅列されている。
そう、私は喉が弱い。すぐに喉が痛くなるので、
トローチ常備。・・・それは本音を話さないから!?

今まで、だいたいそうでした。
人に頼むより自分でやった方が早いし、
人の間違いや考えをとやかくいう立場にないと思ってたし、
自分の価値観には介入してほしくなかった。

だけど、それでは「エネルギーの交換」が起こらないのだそうだ。
人に与えることで、自分ももらう。
そうして交流しないと、エネルギーが鬱屈するのだと。
あー、鬱屈してた。かも。


折しも、人に教える、というか、
こうした方がいいよ、こう思うよ、あなたはどう思う?
という作業を主とする仕事がめきめき増えた。
そのタイミングでのこの啓示。


どうやら、もっともっと出していかなくてはならないようだ。
そんな・・・
人様にお出しするようなものが果たしてあるのか?
という疑問もあるが、求められているのだから、
とりあえず出し切ろう。惜しみなく。

ということで、そのウォーターバイオレットのエッセンス
を買って帰ることにした。
このエッセンスというのは、アロマセラピーのエッセンシャルオイル(精油)とは違って、飲用するものだ。
作り方は、その花の最もエネルギーの強い早朝に摘み、
クリスタルボールに入れられた天然水に浮かべる。
太陽にあてて、その花のエネルギーを水に転写する。
それだけだと腐るので、保存のため加塩オーガニックブランデーを同量添加。
それを、飲み物(なんでもいい)に4滴ほどたらし、日に数回服用。
つまり、成分的には、水と、塩と、アルコールとごにょごにょ。

・・・・

要は自己暗示か?

しかしそのエッセンスを服用して、ポジティブな心理状態がもたらされると、
“他人とのかかわりが重荷ではなく喜びに感じられる”
のだそうだ。それは願ってもないことだ。

左足から靴を履くような感じだ。
それで残らず出し切れるなら、願ってもないことだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »