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2008年4月29日 (火)

一球入魂


「おい!おまえ、聞いたか!?
俺が広島のみんなに会えるってホントかよ!?
今年のフラワーフェスティバルには、俺、茂野吾郎が
みんなに会いに行くぜ!!」

ということで、5/3はみんなNHK広島放送局・シクラメンパークに集合だっ!!

なんの話かというと、NHKの野球アニメ「メジャー」のハナシである。
その主人公・茂野吾郎役の声優、森久保祥太郎やエンディングテーマを歌うザ・ルーズドックスなど多彩なゲストとともにアニメ メジャーの魅力に迫るイベントが開催されるのだという。

行きますとも。吾郎くんに会いに。

ハマったハマった。たかがアニメに。

きっかけは2年前の正月、まとめて再放送していた「メジャー」のファーストシリーズ。
なんかオットと息子がまたくだらん野球アニメ見てからくらいに思っていたのだが、なんとなくそばで見ているうちにタダ事ではなくなってきた。
このファーストシリーズは吾郎君が5さいのころからの話だ。まだパパも生きてて桃子先生はまだ先生だ。ちっこい少年がパパに憧れてひたすら大好きな野球に夢中になる。
リトルリーグで強豪・横浜リトルとの壮絶な戦いを経て、第2シリーズでは中学生に。ぐっと男っぽくなって野球のレベルもぐんぐんあがる。高校野球の名門・海堂高校野球部入部に挑む。第3シリーズではなんと野球部をつくるところから、打倒・海堂高校! そして現在の第4シリーズでは高校を卒業し、プロ入りを蹴ってアメリカに渡り、トライアウトを受けてマイナーリーグ入りを果たしている。もちろん、目指すはメジャー。
吾郎君も、寿也くんも、清水も、小森くんも、みんなちっちゃい頃から知ってるからもう、親戚のおばちゃんみたいな気分で「大きくなってから・・・」と涙を流さずには見れない。

今、そのファーストシリーズと第4シリーズを毎週土曜に放送してる。
テレビ買い替えて、なんと調子に乗ってDVDもブルーレイなんかにしたもんだから、
全部きっちり録画して繰り返し見ることが容易になった。ますますのめり込む。


オットが第4シリーズぜんぜん見ていなかったので、今日は一挙に最新OA分まで一挙に見た。
そして胸が苦しくなった。

一挙に見るのは見応えがあるけど、毎週30分ずつ見るくらいが心の負担にならない。


吾郎はいつもずっとそうだった。5さいのころからそうだった。
強豪とあたっても、どうせ、とか、しょせん、とか絶対言わなかった。
とにかく勝つ。
これを勝ったところでどうせ、なんて先のことは計算しない。
この目の前の一球に全力を尽くせなくて、その先に結果なんかあるわけがない。
とにかく、なにがなんでも勝つ。
その本能の勝負魂が、過去歴々のチームメイトたちの目をひらき、勇気づけ、それぞれの持つ力以上のものを引き出してきた。

その度に泣きそうになりながら(実は泣きながら)私もボールを握りしめている。
私はこの球に命をかけているか?

吾郎くんは、メジャーという夢がある。挑戦し、生半可じゃないとわかっても、それでもメジャーへの階段がどのくらいで、そこがどういうところかやっと見えてきたと言う。
目指す場所と自分の居場所さえわかれば、あとはそこへ向かって駆け上がるだけだ。

わたしは何を目指すのか?

最近、だんだん自分は成長するよりも衰える方を強く実感する。
36、今年37だ。
いつまでも変わらないつもりでいたけど、2年前の写真を見てびっくりする。
確実に老いは忍び寄ってきて、気づかないふりをしているのは本人だけだ。
この年で、これから何になろうかなんて、おかしいだろうさすがに。
そうやってひとはおだやかにあきらめていくのだろう。

あきらめたら楽になる。
あきらめるって、明らかにするという意味らしい。
自分の有様を明らかにして、それを認め受け入れること。
そしたら、日々これ以上の幸せはないわけで、ずいぶん救われるだろう。

だけど、あきらめたくない。
なにを?


まだこんなもんじゃないと思っている。
だけど、目指す「メジャー」が見えない。

吾郎くんはまだ19歳。ぎらぎらする若さと残り時間の可能性に嫉妬する。
いつのまにか年だけ取ってしまった自分を思って胸が苦しくなる。


あきらめる以外にこの苦しみを打開する方法があるか。
それはうすうす知っている。吾郎くんがずっとやってきたことだ。
ただ目の前の一球に、命をかけること。

遠いところばかり見て憧れて、足下が留守になってる者が魅力的か?

しかたがなかった。
わたしは不器用で、ここまでくるのにこれだけ時間がかかったんだ。
ここまでこなければわからなかったことがどれほどあるか。
36才は必然だ。
とすれば、今やるべきことは明確だ。
今日の仕事に答えを出すことだ。
今日の繰り返しがわたしの「メジャー」をたぐり寄せる。

逃げるなよ。
嘆いて停まれば、それは逃げることだ。
泳いでないと死んでしまう、サメのつもりで泳ぎまくれ。


たかがアニメに、そんなことを思っている。

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2008年4月12日 (土)

かばんの中身

こういうの、はじめました。

ああ、正しくは、再開しました。


「かばんの中身」


そもそも、わたしすごい荷物が多いんですよ普段。
それにパンツ入れたらたぶん旅立てる。
いろいろいろいろ入れてる訳です。

で、みんな、かばんに何入れてるんだろうと。
かねがねずっと気になってました。

そこで。
今をさかのぼること2年、
人様のかばんの中身を見せてもらって報告する
「かばんの中身」
というブログを始めていたのでした。

しかし、ある男性のかばんの中身を見せてもらって
勝手ながら更新すんのがいやになった。
なんで見せてもらうのか説明して見せてもらってる手前、更新しないのは心苦しい〜でもその写真アップしたくない〜と苦悶のうちに忘却し、2年があっと言う間にすぎたのであった。
(そこに何が写っていたか。それはひみつ)

しかし先日、同席した女性のちっちゃいかばんを見て、一体中に何が入ってるんだろう?と、あの興味がむくむく。再開に至ったのでした。

これからもしかしたら「かばんの中身みせて」ってお願いするかも。
その節にはよろしくお願いいたします。

あ、あとぜひ見てみたいのが、男性のセカンドバック。
不動産業風なスーツの男性が、黒革の小さいセカンドバックとか持ってるじゃないですか。取っ手がついてるような。時にはヴィ●ンだったり。
あれ、中に何が入ってるんだろう・・・
そういう感じの方がお知り合いにいらっしゃったらお声がけよろしくお願いします。

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2008年4月11日 (金)

【脳内ストリップ】時間脅迫

最近夢あんまり見なかったのに、ここ数日毎日(毎朝)見る。

4/8
時間がない!P.M.9:30発の夜行寝台に乗らないといけない。
山手線で上野駅に。(石川さゆりか!?)
人の群れをかき分けて駅のホームを走る。
ああ、間に合いそう!珈琲が飲みたい。でも買ってる時間がない、もうホームに降りよう。
昭和っぽい、薄暗いホームに滑り込んできた列車に飛び乗る。
切符を見ると、先頭車両、2階。
列車の外階段を伝って2階へいくと、列車上部がテントになっていた。
ジーーーーーーッとチャックをあけて中へ。
見知らぬ人がもう、寝袋に潜り込んで寝ていた。
一番隅っこに横になる。
走り出した列車。すごい風圧でテントがばたついて眠れない。


その日、午前中に済むはずの打ち合わせが妙に長引き、どうも雲行きがあやしいハナシで抜ける訳にもいかず、P.M.1:30の約束に間に合わなかった。つか、打ち合わせをやっとおしまいにできたのがP.M.1:30だった。すみません1時間で行きます!と告げて車をぶっとばす。おなかがすいた、珈琲が飲みたいけどそんな時間はない。幸い道は空いていたが、高速道路でいつも以上に前の車が左車線へと流れていくのを見ながら、ああ、今事故ったら死ぬな、約束の時間に遅れるのと、死んじゃうのどっちが大変かな、死んじゃったらちょびはどうするのかな、葬式は大丈夫かななどと考えていた。
車を停めて走る、P.M.1:32にドアを開けて飛び込む。打ち合わせを終えてまた高速飛ばして帰る。保育園お迎えのリミットP.M.7:15に保育園に駆け込む。


4/10
そこは新しい家への帰り道。仕事帰り、その川沿いの道を歩いていた。
夜遅くまであいているペットショップがあった。
これでたろのエサは大丈夫だ。
家に帰ると誰もいなくて、おじいちゃんが革のかばんをつくっていた。
私にも作り方を教えてくれるという。
がま口型のかばんの口金部分の、ギャザーをよせる革のところが難しい。
ふと、そのかばんの中を見てみると、おじいちゃんの落款が押してあった。
あれ?もう押したの?できてから押せばいいのに、と言うとおじいちゃんは泣き出し、
「もしわしが死んだら、おまえがこれを完成させておばあさんにあげて欲しい」という。
おばあさんから、母へ、母から私へと使い続けて欲しいという。


いやいや、おばあちゃん、もう死んでるし。
つか、おじいちゃんあなたも死んでるし。
犬のたろも、死んでるし。 と思いながら目が覚めた。
死んでる者しか出ない夢。どうなの。
たろは、中学生のとき、親に無断でペットショップに電話をかけて注文し、やむなく我が家にやってきたシェルティーである。生後1年経たずに、家の前で車に轢かれたのが原因で死んだ。おじいちゃんは不思議な人で、今でも彼が何の仕事をしていたか知らない。長期間インドに行って当時珍しかった8ミリを撮ってきて上映会したり、骨董品を収集していたり、難しい歴史文献が倉庫いっぱいあったりした。小学生の夏休み、長野・白馬岳や北海道一周など、あちこちつれ回してくれた。だけどかばんをつくるところは見たことがない。


4/11
遠浅の美しい海が広がる南の島に、修学旅行で来ている。
といっても参加してる人はみんな知らない人たちだ。
知らないながらも、なんとなく一緒に泳いだりはしゃいだりしていた。
男子と女子は、ぱっかり分かれて遊んでいる。
今日が最終日で、もう帰国する日だ。P.M.3:00にはここを出発しないと飛行機に間に合わないと誰かが言っていた。
そろそろ帰る支度をしようかー。
仲良くなった女の子と、更衣室へ。
蒸し暑いけど、高い窓から日が射して、さらさらの白い砂はひんやりしていて気持ちがいい。
木のベンチに腰掛けて、裸でだらだらしていた。
濡れた水着をどうしよう、そのままトランクに仕舞うのいやだな、
なんて考えながらふと時計を見ると、P.M.3:30。
ええっ!なんで!?集合の合図とか、なかったよね!?
外に飛び出すと、もうだーれもいなかった。
置いていかれた・・・
団体旅行のツアーチケットなので、後の便には多分変えられない。
自腹で高額定価チケット買って帰るハメになるのか?
でもまだ間に合うかもしれない、とにかくタクシーで空港へ行こう、
と電話を探すが見つからない。誰もいない。一人も。
一緒にいた彼女は帰国をあきらめたようで、もう一度水着を着ようとしている。
いやいやいや、早く!誰か!タクシー呼んで!!!


ちびりそうになりながら目が覚めた。
あ。
今日は保育園、お散歩の日だ。お散歩だから明日早く来てくださいねと昨夜3人の先生方からかわるがわるクギをさされていた。うちはいつも朝が遅い。
起きろちょび!食べて!着替えて!化粧もそこそこに車ぶっ飛ばして保育園へ。みんなもう水筒をななめがけして帽子かぶって園庭に並んでいた。


どうしてこう、時間に脅迫されるのだろう。
なぜこうも時間に余裕を持って行動できないのだろう。
記憶はないけれどおそらく時間に関するトラウマがあるに違いない。
早めに行って待つことができない。それがいやで、時間を都合よく解釈して甘めに読んで、結果ギリギリになって死ぬほどあせる。夢の中でもやっぱりそうだ。これは死なないとなおらないのか?

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2008年4月 3日 (木)

言葉の呪縛


まだまだ、
ぜんぜん、
どうして、

そういう言葉をいつもいつも頭の中でつぶやいていて、
それに呪縛されていたのだと気がつく。


先日最終回を迎えた「コピーライター養成講座」で、
先生(山本高史⇒天才コピーライター)に質問した。
(経験は自分から取りにいくもんだ、おまえらまさか質問しない気かと恫喝されて死ぬ気で質問した)


わたしは先生のように大手代理店ですごい先輩たちに育てられることもなく、机をたびたびひっくり返して独立してこうしてひとりでやってます。判断はすべて自分、
すごい人に会って話をして聞くことで得られることがあると思っていましたが、そのたびに
すごいなーとは思うけど、かえって自分を省みて自分に確信が持てない。
どうやって、自力で育てばいいのか。自信をつければいいのでしょう。

先生は
「あなたの言うすごい人って誰」

えーと、最近で言うとコピー講座の各先生とか、ブルータスのフクヘンとか、大学の先生方や、ガラス作家さんや・・・・
 
「すごい人っていうのは、一芸に秀でた人だけじゃないでしょ、
 
すごい図書館員も、すごい窓口係もいる。
 
すごいのは、その人の何なのか、
集中力なのか、打たれ強さなのか、
 
その人的なものは何なのかをちゃんと把握しなさい。
 
すごい人、という全人的なものに圧倒され傾倒する必要はない。
 
いい大人なんだから、選びなさい。
 
それを自分と比べずに、自分に取り入れて
「経験データベース」に仕舞いなさい」。

自分で質問し、その回答を聞きながら思った。

わたしはなにを「すごい」と思っていたのだろう。
すごい、って何だ?

その道一筋につきつめて成果をあげている人、
すごいなー
それは、その重ねた年月に、太刀打ち出来ないものを感じているのではないか。
このひとは、それを10年前から始めてる、30年も続けてる、わたしには叶わない、そういう敗北感が「すごい」と言わせてるのかも。
だったらそのコンプレックスは、今日明日で解消する訳がない。
しかも、続け始めなければ蓄積しない。
気がつかなかったら一生、人のことをすごいすごいと言い続けて終わったろう。

もう、「すごい」に縛られるのはやめよう。
「すごい」禁止。

すごいって便利な言葉なんよね。
すごいんよ!もうすごい!←終了。
なにも言ってないよねそれじゃ。
なにが、すごいん?
どうして、すごいと思ったのか。
ひとつひとつちゃんと説明できないと、
それは自分の糧にならない。

あ、「ちゃんと」っていうのも曖昧な言葉だ。
ちゃんとって、なに?

そういう、曖昧だけどイメージを縛る言葉を乱発して
自分で自分に暗示をかけている。
そういう負の蓄積はやめましょう。

具体的に、ことこまかく、理由を考えるようにしよう。
なぜ?と考えよう。
今から始めて80まで生きるとして(もっと生きそう)
あと34年。

少なくとも屁理屈の達人にはなれる。

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2008年4月 1日 (火)

春じゃ

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だいこんの花が咲いた。


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花びらの先っちょが、ちょっと薄紫。
かわいい。





Photo_4


銀座の桜。

東京の方が桜が早い。なんでかな。
広島の桜、ちらほら咲き始めましたね。
今週末あたり、お花見にいいでしょうなあ。
また自宅周辺は、焼き肉の春霞につつまれるのであります。

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