« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月31日 (土)

ちょび病気


22日木曜日、保育園にお迎えにいくと明らかにちょびの顔がさえない。
いつもはだだだだだーんと抱きついてくるのに、よっこらせと立ち上がる。
ん?いやな予感。
帰宅後、もう湯気が出そうに熱い。38.8℃。ありゃー。
それからがくんと症状が進み、ぐずぐず泣きはじめる。
「のろがいだい〜〜〜〜」
嚥下するたび激痛が走るらしく、何も飲もうとしない。
やばいな、高熱で水分とれないと脱水症状になってしまう。
とりあえず家にあったリココデ(小児用風邪薬シロップ)を飲ませて(これは甘くて好きなので進んで飲む)寝かせるが、高熱&痛みで寝られない。んぎ〜〜〜と赤ちゃんに戻ったように泣く。

翌朝いちばんで病院へ。熱はほぼ39℃。もう死んだ魚の目。
「あー、扁桃腺が炎症起こしてますねー」
もとも扁桃腺肥大なんだけど、それが真っ赤になって腫れている。
抗生物質をもらって帰宅。
すぐに飲ませる。
粉薬、ちょっと前までは飲ませるの大変だった!
「お薬のめたよ」みたいなゼリーでくるんでもべーっと出すし、アイスに混ぜても変な味がすると受け付けない。仕方ないので少量の水で練り、口を無理矢理こじあけて指でほっぺた奥に塗り付け、ひたすらおっぱいかジュースを飲ませてごまかしていた。苦闘だった。

それが
先生とお薬飲んでお水ちゃんと飲むって約束したよね?と言うと
神妙な顔で頷き、口をあけてざらざらと粉を含み、しかめっ面で水をごくごく飲んだ。
のど痛いのに。お兄ちゃんになったのう。

熱でへろへろですぐ寝たが、苦しげに泣きながら何度も起きる。

しかし、3時間後、海苔おにぎりをぱくつくほど回復。
熱が38.5℃くらいになると、よろよろ立ち上がって「あそぶ・・・」。
37℃台になるともうバットを振り回していた。子どもの体調は正直だ。

そのままぐんぐん元気になった。
保育園にも元気に通うようになった。

しかーし。
29日木曜、帰宅後またもや発熱。
「のろが〜〜〜のろがいたい〜〜〜〜」
えーぶり返した??
水曜そらまめの皮むき、木曜お弁当の日、行事を一通り満喫して倒れた。ちょびらしい。
今度は熱も39℃オーバー、ものすごくしんどそうだ。

翌朝病院へ。
「あーまた扁桃腺。前より腫れてるわ・・・点滴しましょう」
ということでハハは待合室で待つ。

思い出す、3年前のちょうど今頃。
保育園に通い始めた1歳3ヶ月、2月からひきっぱなしの風邪がこじれにこじれて、尋常じゃない発熱、川崎病だった。
ちっちゃい手に点滴された。泣き叫ぶ声を待合室で聞いた。無力さに涙が出そうだった。

かわいそうに・・・・
なんとも言えない気持ちで待っていると、「おかーさーん」と呼ばれた。
処置室に入ると
「ぼくねぇ、泣かんかったんよ!」と誇らしげな息子がいた、点滴につながれて。
泣き声聞こえないなあと思ってたんだ。
痛かっただろうに。
看護士さんも「えらかったよー!」と、おさるのシールをくれた。
点滴がおちるまで1時間。隔離室で待つ。

血液検査の結果が出て、炎症反応がやはり高かった。
抗生物質はこれ以上強いのにすると苦いので、前と同じに。
がんばれ、息子よ。

点滴が効いたのか、昼食はよく食べた。
熱もだんだん下がっていった。

ちょっと熱が下がるとすぐに動き回る。じっと寝とけというのは無理だろう。

用心して、しばらく保育園は休ませる。
家で、安静に、なんかしていないから、あの手この手でなんとか気を紛らわせる。
録画しといたピタゴラスイッチ見たり
録画しといたメジャー見たり
録画しといたプロフェッショナル見たり、ってこれはかーちゃんが見たいだけでちょびからクレームがあがる。

ので、一緒に料理したり
んで食べたり
おやつ食べたり
って食ってばっかりかい。

今日はよく晴れたので、近所を散歩した。
雑草が生え茂るベランダをなんとかしようということで、花屋さんに苗を買いにいく。
「これとかかわいいんじゃない?」と息子がチョイスしてくれた。ミニトマトだった。

明日はこれを植えようね。
明後日は・・・
なんとか一緒にゆっくり楽しもうね。

4さいの息子を堪能しよう週間だ。


Photo

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

やられたー


先日、大阪駅構内を大荷物と息子15Kgを抱えてずかずか歩いた際に腰を痛めた。
のが治らない。

あたたたた、とかがむのよ、やーね年寄りくさくって。

とか言ってたら先週金曜息子が扁桃腺炎になり、過度なだっこが腰に負担の拍車をかける。

息子病み上がり、まだほわほわしてる。保育園には行きだしたけど。

這えば立て、立てば歩めの親心
って句があるでしょ、
あれって続きがあって

わが身に迫る老いを忘れて

忘れてました。

こういうときは何をやってもどうせ
5月だしね。
休養しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月21日 (水)

大阪、博多


大阪のおじさん、あと2ヶ月だろうと聞いたのはついこないだだった。
こんなに早いとは誰も思わなかった。
膵臓がん。69歳だった。

飲み会の予定などをキャンセルし、
送らなくてはいけない原稿を光速で仕上げて
15日午後3時の新幹線に飛び乗った。
参列できない父と兄の名代として、母と息子を連れて行った。

新大阪から淀屋橋、そっから枚方市まで。地下鉄と電車を乗り継ぐ。
荷物増えるのも嫌だったので、喪服にヒールのある靴にパールのネックレスで行った。
よく晴れた明るい午後に、喪の出で立ちは似合わない。

式場につくと、広島から親戚がもう何人か駆けつけていた。
おじさんを拝見する。
おだやかな
この世にもうなんの未練もない
美しい美しい死に顔だった。

わたしと同い年のいとこが喪主だった。
「10年早いよね、喪主なんて」

おじさんは楽しい人でいつも笑わせてくれてた。
退職してからは旅行三昧で、
入退院を繰り返すようになっても、それでも次の旅行の計画を立ててたらしい。
いよいよ動けなくなったら
「ほな、さいなら」とさっさといってしまった。
おじさんらしい最後だ。
死に様は生き様だと、おばあちゃんがよく言っていた。

4さいの息子は初めて死んだ人を見る。
すすり泣く人たちを見て神妙な顔になり
「・・・だれにうたれたん?」
といろんな大人に聞いていた。

百合の花と線香の香りにむせながら通夜が終わる。

式場の二階で通夜ぶるまい。
みんなでおじさんの思い出話。笑って、またしんみりして。
息子は年の近いいとこたちと全力で遊ぶ。

夜も更けて、駅前のホテルで一泊。

翌朝、お葬式。
読経、焼香、そしてさいごのおわかれ。
お棺の中に白い花をいれる。
泣かなかった喪主も、
「・・・もっとお酒が飲めたらよかったのになぁ」と泣いていた。
つい先日、東京であった従弟の結婚式の写真も添えられていた。
どんなに泣いても、話しかけても思いは尽きない。
お別れはつらい。

会場を移動し、しばらく待合室で待つ。
「もうパスポートいらんから、いまごろ世界中とびまわってはるわ」
「四十九日世界一周旅行堪能したら、次は天国や」

呼び出しがかかり、階下へ。

あんなに号泣した別れがうそのように
そこにあるのがさっきまでのあの人だなんて
誰も信じられないという顔で
しーんと静まり返っていた。
ちりちり、ぱりぱりという骨の音だけがする。

小さい骨壺を抱えるいとこ。
「・・・あっけないもんやなぁ」

精進落としをいただいて、三々五々解散。

週末夕方の駅はとんでもなく混んでいて、
疲れた息子は眠っちまって
でっかい荷物に息子をだっこして
がつがつ歩いて腰を痛めた。もう無理がききません・・・


翌日は朝9時横川駅。
西条酒蔵見学ツアーに参加するためだ。

本来のミッションは午後の「サイエンスカフェ」の手伝いなんだけど、この際ちゃんと見学したことがなかった“醸華街・西条”を見ておきたかった。

JR西条駅前の観光案内所でガイドさんと会い、出発。
今だ使われている唯一の煙突、とか
歴史的背景とか、名水についてとか、いろんな話を聞きながら見学。
ひょいひょいと敷地内に入っていろいろ見せてくださるので、個人で見て回るより楽しい。
蔵はどこも造りを終えて、のんびりのどかな空気が流れている。

P1000163

P1000164

P1000166

P1000165


賀茂泉のショップで。
なかなかレトロなお銚子発見。猪口とともに連れて帰る。
一升瓶ストラップなど収穫多し。試飲も極楽。JRで来たもんね。万歳。

見学後は、賀茂鶴さん横のレストラン「佛蘭西屋」にて「美酒鍋(びしょなべ)御膳」。

P1000167


冬に蔵人さんたちがまかないでつくって食べていた、いわばちゃんこのような料理で、鶏キモ鶏肉、塩胡椒がきいたさっぱりした鍋だった。
他のお料理も美味しくて、デザートもついて1500エン。満足。御馳走様でした。

さていよいよ本題の「サイエンスカフェ」手伝いに向かう。
場所は賀茂輝酒造。円座(わろうだ)という雑貨カフェの横のガレージがイベントスペースになっている。
サイエンスカフェとは、広島大学大学院理学研究科が主催、もっと科学を身近なものに感じて楽しんでもらいたいという有志が始めたイベント。今回で3回目となる。

今回のテーマは「ドレミの科学〜音楽と物理学とのちょっと意外で濃密な関係〜」
ゲストは小方厚さん(前広大教授、現大阪大学産業科学研究所特任教授)。ビブラフォンで、広大ジャズ研と生セッションも披露される。

手弁当の会で、みんなボランティア参加なんだけど、天気もいいしワクワクしながら会場設営をしている。なにか楽しそうなことがはじまりそうな予感に満ちている場所というのはいいものだ。

P1000170


セッションのリハーサル。
気持ちがよい風が吹き抜けて、生演奏を独り占め。たまらなく贅沢。

うれしいことに、当日の飛び込みも含めて60人を超す参加者で賑わった。
併設のカフェでは、円座のカフェメニューが提供され、ここの冷やし甘酒がものすごく美味だった。赤ワイン用のバルーングラスにでっかい氷とともに注がれ、青柚子をごしごしっとおろしてくださる。爽やか!最高。

さてはじまったサイエンスカフェ。ドレミってピタゴラスが最初に決めたんだって。弦楽器の弦の長さと音階の関係や、音は波=周波数ということで、見事に数式で説明がついてゆく(理解はついてゆけないが)。
しかも、ピタゴラス音階は聞いて心地よい音の調和を基につくられてるけど、転調とか難しいので、平均律音階が生まれ・・・(・・・ちょっと難しい)
知らなかったなー。ドレミも科学だったとは。
楽器を演奏する方々にとっては当たり前の知識らしく、その知識をふまえてのサイエンスがとてもおもしろく響いていたらしい。知識を愉しむには下地の知識が必要なのであった。


さて時間となり、そっと会場を後にする。

JR西条駅からタクシーで東広島駅へ。こだまで広島駅へ。
のぞみに乗り換え博多到着。
博多の友人に出迎えてもらってホテルにチェックイン。
天神まで「100エンバス」で行く。今まで地下鉄でしか行ったことがないので新鮮。親富孝通りの店の前まで案内してくれた。サンキュー!

なにしに博多に来たかと言うと、飲み会に参加するためだ。
コピーライター養成講座総合コースの開校式に来福されたCD/コピーライターのPOOL小西利行氏を囲んで盛り上がるようにという密命が、今はなき(東京行っちゃった)T橋氏によって発せられ、上級コース面々にお声がかかったのだった。
懐かしい顔と知らない顔が入り交じりつつ、宴もたけなわでみんなだいぶんでき上がっていた。
二次会はボトムライン。どんどん知らない人がやってくる。知ってる人も増えてゆく。

しかし小西さんはすごい。
この場にいる全員楽しんでるか気になる方で、とにかく楽しい飲み会となる。しかもテーブルの水滴をおしぼりで拭いたりしつつ実に細やかなムチャ振りを右に左にされていて、
もう、妄想合戦、妄想祭り、どんだけおもしろいこと言うか勝負みたいなことになっていて、酔っぱらいながら頭フル回転でついてった。こんだけの馬力でいつもコピーかいたらいいのに。ずーっとげらげら笑っていた。
ラーメン食いそびれて沖縄及びジャマイカテイストの店で餃子食べる(うまかった)。
もう3時です。
これからどんなことしたいんすか?と伺うと、
やっぱコミュニケーションの領域でもっと影響力持ちたいよね、それはやっぱ言葉だよね、みたいなことを話されていた。
言葉の力を信じる。小西さんが言うなら信じられるとぼんやりした頭で思った。

たまきちゃんに送ってもらってホテル帰着(ありがとう!)。
楽しかったなあ。

・ ・・・なんでわたしわざわざ博多まできて飲んでんの?
広島でこんだけいろんな人が入り乱れて飲み会する場に参加したことない。
(あ、かつての会社では毎年創立記念パーティーやってたな。朝から深夜までいろんな人が手みやげとともに出入りしてものすごいダラダラな飲み会だった。カジノやったり、バドガール呼んだり。下っ端のわたしは準備とホステスで死にそうでアホかと思ってたけど、考えてみればものすごい財産だった。いろんな人と酒飲んで話すのは。そういう経験が今のわたしをつくってる土台にあるのは否めない)
少人数でしっぽり飲んだら、ダークやブラックな話になって体に悪い。
ばかみたいに楽しいけど、アホみたいに素晴らしい飲み会したいなあ。

全部飲み会から生まれるような気がする。それは錯覚だけど。
基本的に、こころをひらいて大笑いしないと、出てこない気がする。

楽しかったけど、一人広島に帰るのはさみしいな。
博多に行って飲むのもいいけど、ホームベースをなんとかしないと。
などと思いながら就寝。直後起床。

いい天気の博多をMOMちゃんと娘ちゃんとドライブデート。
まずは大丸デパ地下&催事場でおみやげを嵐のように買ってくれた。
フジバンビの黒糖ドーナツ棒、さかえ屋のなんばん往来、博多とおりもん、薩摩名物春駒・・・
さすが美味いもんよく知ってらっしゃる!ありがとう〜。
で、天神のひょうたん寿司へ。オープン前から行列だー。
どどどと入場し、知り合いの板さんの前カウンターに座る。
さー寿司くうぞー。おお、これは・・・すまんオットよすまん息子よ。かーちゃんはこんなに美味い寿司を一人で食ってるぞ。相当美味いぞ。なんだよこの穴子!!ふあっふあじゃないか〜〜〜。こっそりアップグレードしてくれたらしい穴子は最高でした。特に巻もの・・
いやー、これで3人腹一杯食って持ち帰りひと折たのんで5000円は涙ものだ。

そこから川端の櫛田神社にお参りに行き、商店街で豆乳アイスを食べて、海際のマリノアへ。正月に一家で行ったアウトレットモール。安いのでつい爆買いしたのだった。オットと息子への罪滅ぼしにTシャツを購入。そして博多駅へ。

博多の休日を満喫しました。ありがとうMOMちゃん娘ちゃん。


広島駅には、休みだったオットと息子が迎えにきてくれていた。
公園でやきゅうしてた息子は泥だらけだったけどぎゅーってした。

広島はやっぱりわたしの家があるとこだ。
3人の暮らす家に帰る。帰るところがあるから旅に出られるのよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月15日 (木)

めまぐる

明日から大阪、
週末は福岡。

なんか予定が嵐のように変わってからだがついていかないー

ということで、連絡可能手段はケータイだけになりますので、取り急ぎお知らせまで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 9日 (金)

つくられた無関心

5/3にビルマ(ミャンマー)を襲ったサイクロンの被害が、たいへんなことになってるらしい。
今朝の新聞では、「死者2万2000人超す」という見出しで一面に記事が出ていた。
昨夜見たテレビでは、ミャンマーの軍事政権がNGOなどの入国ビザ発給を制限してるので、なかなか支援の手がのびないことを伝えていた。

なんとなく、まだ「ピン」ときてない。
だって、甚大な被害の様子を撮影した映像が届かないから、オンエアする材料がない。だから、まだあんまり大変だって実感がわかない。
ミャンマーといえば、ああ、反政府デモを撮影中の長井健司さんが兵士に射殺されたところだ。その軍政が援助を拒んでるなら仕方ないな。
そんな空気を感じる。
なんて薄ら寒い

すごい数の人が亡くなって、衛星画像を見たらなんか南の方がどっぷり浸かっちゃって、大丈夫なわけがない。どうなってるんだろうか。

と、思っていたらカフェグローブの青木陽子さんが情報を出していた。

「ビルマのサイクロン被害支援に協力を」


以前からビルマで支援活動をしている団体に資金援助をするのが最速の援助かもしれない。
郵便振込するとき、手数料もいらないそうです。
わたしも金持ちではないが、少しだけなら送金できる。
少しずつがたくさん集まれば、政治や理念を超えて、ふつうの人たちが助かる。
できることをしようと思う。


(追記)
郵便局にて、「振込口座が0からはじまる用紙」に必要事項を記入し窓口に出したところ、「手数料130円いただきます」と言われました。え?手数料いらないと聞いていたのですが、と伝えたら、振込先の会社に電話して確認をとらないと受け付けられない、と言われました。そんな・・・電話番号なんか控えてないよ。振り込み用紙を持ち帰ろうとして、「寄付なのに手数料かかるなんておかしいですよね」とぼやくと、「寄付!?あ、ちょっとお待ちください」と調べて、手数料無料で受け付けてくれました。通信欄に「ミャンマー・サイクロン」って明記してるのに! ちっちゃな街の郵便局でお願いしたのですが、ああ、寄付の申し出がそれだけ少ないってことなんだろうなとぼんやり思いました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

5月になると彼女は

5月は毎年調子がわるい。
と、毎年書いてる気がする。

こんなに天気が続いて
布団を干して、洗濯物も干しきってうーんと伸びをして風に吹かれても、気持ちがいいのに調子がわるい。
今年はまだいやーな事件も事故もなく、軽く風邪はひいたけど副鼻腔炎にもならず喘息もひどくはなく、体調はいいんだけど調子がわるい。
たぶん、「5月は調子がわるい」という自己暗示のせいだ。
それに、トトロみたいにもっさーとすごい勢いで生える草の緑に、特にクスノキの蛍光グリーンの新芽にやられてる感じがする。きれいだと思うけど気持ちがその成長に追いつかない。なんの木か知らないが花が咲いて猛烈に嫌なにおいもする。そうかと思うと藤の花のように蜜のような甘い香りにくらくらしたりもする。

そんな5月なのに、素敵だと思える5月があった。
先日レコード屋でなんとなく買った「曽我部恵一バンド」のデビューアルバム「キラキラ!」の中の曲で、「5月になると彼女は」だ。
サニーディサービスもちょっとは聞いたことがあったけど、特別ファンというわけでもなかったが、このたびムーンライダーズの鈴木慶一氏のソロアルバムをプロデュースしたのが曽我部氏、ということでへーと思って「キラキラ!」を買ってみたのだった。

5月になると彼女は、うすい膜を破って出てくる。
青い空をゆっくり飛ぶ、白い大きな羽の蝶になる。
5月になると彼女は、ちくりと刺す小さなトゲつける。
結婚式がいやだから、ピンク色のかわいいバラになる。
5月になると彼女は、タンクトップ脱ぎ捨てていなくなる。
・ ・・
大好きだ。
このアルバムはどの曲もとにかくキラキラしてて短い。勢いがよくてあっというまに次の曲になる。
憂鬱な5月も、こう歌われると大丈夫な気がする。
わたしもなんか脱ぎ捨てていなくなろうかな。
ボリュームを上げて、車の窓をぜんっぶ開けて、風まみれになりながら
大声で歌う。

5月がすこし好きになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 5日 (月)

吾郎くんと会う


さーーーー、「フラワーヘスティバル」ですよ。
吾郎くんがくるんですよ。

ということで息子といそいそ出かけました。
NHK広島放送局「メジャー」スペシャルトーク&ライブ。
主人公・茂野吾郎役の森久保祥太郎氏、エンディングテーマを歌うザ・ルーズドッグス、プロデューサーの古市直彦氏が集う。

2時スタートということなので、1時に会場到着。
しかーし!すでに椅子席は満員、立ち見もすごい。うわー・・・
しかも、
「森久保祥太郎の到着が遅れるため開演は3時から」とある。
えーっ!あと2時間・・
気持ちはもう帰宅。でもせっかく来たし、3階の「メジャー」特設会場に行ってみる。
第1シーズンからのあらすじや、登場人物相関図などのパネル展示、アテレコ台本、原作者の満田拓也氏の直筆吾郎くんサインもあった。満田氏は広島出身なのね。小さい頃カープの試合とか見て影響を受けたと書いてあった。うれしいね。

奥では、吾郎くんと2ショット携帯待ち受け画像ゲットコーナーや、アテレコに挑戦コーナーなどが長蛇の列を作っていた。
とっても並ぶ気などおこらず、第1シリーズの総集編上映なぞ見て時間をつぶす。会場には三船ドルフィンズくらいの野球少年がカープ帽かぶってにぎわってる。そのお父さんお母さんも実は一緒にファンなのであろう、総集編を食い入るように見ていた。わかるわー。
お母さん方が、ちっちゃい吾郎を見て「かわいい〜〜〜〜」と盛り上がっていた。たぶん、お父さんお母さんがハマるのは、このちっちゃい吾郎からずっと見てるからだ。なんとなく、自分の息子のような気分で、「大きくなって・・・」と甘酸っぱい気持ちで吾郎くんを見守っているのだ。おとさんが亡くなったシーンでは、すすり泣きも聞こえた。何度見ても泣ける。息子を残して死んじゃう無念さで泣ける。

それでもまだ時間もあるので4階にあがってみた。3D映像上映の列に並んでみる。しばらくして入れ替え入場、入り口でメガネを受け取る。息子わくわく。メガネがいたく気に入ったらしい。恐竜の世界へタイムトラベル、という内容と、雪合戦だった。メガネかけてみると立体で見える。恐竜がせまってきたり、雪玉が飛んできたり。
「あーこわかったねぇ」と言いながらも上機嫌のちょび。

いい時間になったので、1階に下りてみる。
そこはもう、足の踏み場も無いほどの人だった。
会場の最後尾に所在なく立っていると、ザ・ルーズドッグスが登場し、歌い始めた。
ぜんぜん見えん。
と、なにやら背後でスタッフの方がごそごそ。カメラ?ああっ!振り返るとでかい液晶テレビがあって、前方ステージの様子を映し出していた。
ラッキー、ということで、ステージに背を向け、なま音を聞きながらテレビを見るというなんだかへんなことに。
演奏が終わり、
「広島のみんな〜!待たせたな!!アメリカからやってきたからちょっと遅くなっちまった!!」と、茂野吾郎が登場した。
きゃーーーーー!というきいろい声。この声優さんの追っかけのファンも多い様子。

プロデューサーの古市氏と森久保氏とアナウンサーの方がトークを繰り広げる。
さすがの聞き出し力で、おもしろいエピソードがたくさん聞けた。

最初、オーディションのとき、森久保氏は今の寿也くん役の人(森田成一氏)と2人でテストを受けたのだそうだ。普通一人で台本を読むのに、2人で。で、最初、森久保、吾郎、森田、寿也、でテスト。ハイ今度は役を入れ替えて、というテストだった。
森久保氏は自分では寿也の役が上出来だったので、合格、吾郎役で、と聞いてびっくりしたんだそうだ。森田氏も吾郎役だなと思ってたらしく「逆じゃん!?」とお互いびっくりしたと。でも運命のようなものを吾郎役には感じると、もう寿也の役はどうやってもできないと。
第一話の収録の時、監督に何度もダメ出しをくらって、なんでだ?と改めて原作を全巻読んでわかった。吾郎はいろんな苦しみを自分の力で乗り越えてきた自負があるから、超強気なんだと、監督が「もっと声を張れ」と言う意味がわかったと。

映像のクチパクにあわせて声を出すだけじゃだめなんだ。
その役になりきるというか、こう、巫女のように、魂を憑依させるというか、そうしないと吾郎がしゃべってるように見えないんだ。

それにしても、一体どれだけの人手が携わり、どれだけの手間がかかってるのか。
原作を1話30分の脚本にして、絵コンテをかき、動画に仕上げ、音をつけ、声優が声を吹き込み、そうやってやっとあの1本ができ上がる。

考えてみれば原作漫画はほぼモノクロだし、音楽はないし、声も聞こえない。
原作にない世界を新たに付加するのはすごく大変だ。
でも、クローザーの吾郎が登場するテーマとか、ピンチの場面で流れる音とか、
オープニングやエンディングの曲や、声優の演技や、そういうものがアニメ・メジャーのたまらない魅力を作り出している。
絶対原作を大人買いして読んでやると思っているが、たぶん頭の中でアニメの登場人物たちの声で台詞が聞こえるんだろう。

さて息子はトークなんか興味ない。だるそーに「だっこーーー」。
森久保氏が吾郎だというのもピンときていない。
たまーにダイジェストのシーンが流れると、あ、みるーと言いながら手を離れて人様の足下をかきわけて液晶テレビの最前列に行って見る。終わったらまた帰ってくる。
ザ・ルーズドッグスが再度登場してエンディングテーマを歌ったり、森久保氏が生でアテレコしたりして、イベントは終わった。
1時間半、だっこ&たちっぱなしで相当疲れた。

ともかく会場を出て、ビール買ってたこ焼きつまむ。
息子は金魚すくいする。

普段歩けない100m道路の真ん中を歩いて帰ろうとすると、メジャー柄のクリアファイルを持ってる人がいる。
「あのー、それどこでもらったんですか?」
なんでもアンケートに答えるともらえたらしい。

ということで再びNHKへ。
アンケートはすでに終了。ちぇ。3階にあがってみる。
もう行列もほとんどなくて、携帯待ち受け画面をゲット。
ブルーバックに立ち、クロマキーで吾郎くんと合成してもらえる。
それがこれ。

Image


さらに、アテレコに挑戦するとさっきのクリアホルダーがもらえることを知り、無理矢理息子に挑戦させる。
「はじゅかしい・・・」「やかましい」
おねえさんが、「前の台本の赤い字のところを読んでね」というがまだ字が読めませーん。
それでも
「・・・こーしえんのちゅちを、ふましぇることらー!」
おじちゃんたちが拍手してくれましたぞ。

メジャー満喫しまくってぼちぼち帰宅。
息子も、なんだかよくわからんが「たのちかった!」そうだ。よかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »