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2008年10月26日 (日)

わたしは誰?

「なんだか疲れてるね」と言われた。

そんなに疲れてないはずなんだけど、体調がいまいちだったからかな。
そう言われると、なんだかほんとうに疲れている気がしてくる。

なんでもない人に「顔色が悪いよ」と言い続けると病気になると聞いたことがある。


「あなたって○○だね」と、よく規定される。

「はなみちゃんって、おかあさんみたいじゃね」
(当時独身、貴様にハハ呼ばわりされたくないわ!と思った)

「きみは少女だね」
(つい最近男性2人から言われた。このおばはんのどこが少女なのか。少女性って何だ?無邪気さ?無垢さ?怖いもの知らずな感じ?というよりたぶん残忍さ)

「いつも楽しそうね」
(悩みなんかなさそうか?)

「立場を持つことから逃げてるね」
(お気楽一人稼業に責任感はないと)

「緊張なんかしないでしょ」
(神経はきしめんほど太いのか)

まあ、だいたいそうです。あってます。
でも違います。

全部内包した深い海がある。底に沈んだものは自分にも見えない。

ひとが一瞬垣間見たわたしの断片が集まってくる。
それがわたしをそんなふうにする。
それはほんとのわたしなのか。
わからない。


考え方を変えるのはまだかんたんで、「思い方」を変えるのはほんとに難しいなあと思う。

対話していて、指摘されて、それは変えなくてはいけないと考えたとしても、
「思う」のは意識以前から自動的に湧いて出てくるものだから。

指摘された人に飲み込まれたり、よりかかったり、同化したりしてはいけない。
それでいてきちんと向き合える距離で立たなくてはいけない。
そのうえで学んだことはそうありたい。
学んで変わることは自分が無くなることではない。
進化して変化することを恐れてはいけない。
だけど今を否定して自信をなくしてもいけない。

いけないことだらけだ。

いいんじゃないの。流れていけば。

わたしが誰かなんか。ただこれっぽっちのわたしだ。

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2008年10月16日 (木)

円が閉じる

完璧な日というのがたまーにある。

朝すんなり起きれた。快晴である。
息子がちゃんと朝飯たべた。ひとりで着替えた。
おもちゃ片付けた。
送迎途中で知り合いの車に偶然合図をもらった。
ぱーっと洗濯した。気になってたとこを掃除した。
風が気持ちいい。
暑くもなく寒くもない。
ベランダの植物が木漏れ日をつくる。
読まなくてはと思っていた本がするする読めた。
いくつか思いついてノートに書き留めた。
嬉しい連絡が入った。
2、3の案件を片付けた。
ゆっくりとお茶をいれた。
顔を上げると燃えるような夕焼けから濃紺のグラデーションで、もうひとつふたつ星が出ていた。
自転車が切る風が気持ちよかった。
信号にひっかからずにするする進めた。
見上げると満月だった。
勘でつくったおかずが美味しかった。
新米も美味かった。
ビールがとても美味かった。
お風呂で息子に
「かーちゃんのおしりまんげつじゃね」
と言われた。

あとは干した布団が待っている。

今。
すべて自分次第だと思うとハンドリングが楽しくなる。

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2008年10月 8日 (水)

人は見た目が9割

ひどい話じゃないか。

にんげん外見だけじゃない!中身で勝負よ!なんて言いたくもなるが、内心しみじみ「ああ人って見た目」と思ってしまうのだった。

今朝息子を保育園に送る車中から、横断歩道を渡る男性を見た。

横から見るとアゴが埋もれてしまいそうな高い襟のシャツに、細身のダークスーツ、ピカピカの靴。
そしてなんとも堂々と背筋を伸ばし、美しく歩いていたのだった。

なにしてる人なんだろう・・・
なんというか、生き様が現れてるような気がした。
肩で風切って生きてるような。

綺麗な人を見るのは男も女もいいなあと思うのだ。
持って生まれた顔の美醜というより、あとから備えたもので研ぎすまされた感じの美しさ。
ある程度お金をかければそこそこすごい感じになる。「やってるねー」的に自信をみなぎらせてる。それもまたよし。野の花のように飾らないのに端整で美しい人もいる。こういうにじみ出るような美しさには叶わないなーと思う。

なーんてえらそうに言ってるわたしはとんでもない見た目である。
葛城ユキばりのくるくるパーマ頭、それだけで「あんまり目あわせんとこ」と思われる。
いいかげんなカッコウして、一体何者?ふつうのひとじゃないわね。
それがむしろ痛快だった。
見た目とかそんなもんでコネクトを拒む人やものはそれで結構、とすら思っていた。
だけどそれはフリー稼業のお気楽さと幼稚な強がりだとこのごろ思う。

ふつう
基本
自然
大事なことにちゃんと向き合おうと思う。

・・・・パーマ落としても「あんまり目あわせんとこ」と思われるんかな・・やっぱり・・・

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2008年10月 5日 (日)

日々

みなさまお元気ですか。

忙しくて更新できなかったんじゃなくて、なんだか空気を吸ってばかりのここ1、2ヶ月でした。吐かなくては倒れる。

土曜は久しぶりのお茶会でした。リハビリ茶会。
美味しいお菜でお昼ごはん。
彼女のうちでご飯をよばれるたびに反省する。丁寧に作らなくちゃなー。
誰が目をつむっていれたって美味しく入る、間違いない台湾茶と中国茶を通販で大人買いし、端からいれてった。それぞれ6、7煎はのびるのに贅沢に4、5煎で次に。
(10.8茶譜付記)
 ・明前梅家塢龍井
 ・通天香(海抜1100m樹齢50多年)
 ・烏東黄茶香(海抜1160m樹齢400多年) 
    以上バンブー茶館
 ・formosa tea connection10(海抜2650~2700m樹齢6~10年)
 ・寳山野生茶(海抜1500m樹齢200多樹高4m)
 ・秘密之茶園
    以上formosa tea connection

で、通低音のようないい香りにずーっとうっとりしつつ、話がころがる。

ああ、ムダ話しこそ宝の山だ。話してると生きてる気がする。


さて今日はとある私立女子中学・高校の合同文化祭に行ってきた。
姪が吹奏楽部のステージに立つのだそうだ。

あいにくの雨だがにぎわっている。
公立だったのでわたしの中学の文化祭はしょぼかった。
やっぱり中・高合同ともなると、焼きそばや豚汁やいろんな屋台もでて文化祭らしい。

いただいた食券を引き換えに並ぶ。
普段は来られない女子校に、出会いを求めて男子たちも大勢来ている。
若い犬。くんくんしながら焼きそば食べている。
4さいの息子はやっぱちっちぇえなー。
高校生になったらあんなになるんだ、うっとおしいなーと、親目線で若者たちを眺める。


しかし女子中学生、高校生というのは不思議なものだとつくづく思う。
いろんな個体差があるからだ。

もうすでに自分がかわいいことに気がついている子、というのがいる。
他人からの視線をよくわかっている。ちょっと化粧もして、制服も上手に着崩している。
背伸びして、大人びて、危うくて、この時期にしかない、はかない感じ。

一方、「年頃」一歩手前というのは無自覚で一番ぶさいくな時期でもある。
きれいに装うことを嫌い、自分に自信がなくて、恋も遠くてでもそんなことより友達とわいわいしてればそこそこ楽しい。

わたしは後者だったな。
クラスに数人いる前者を、不思議な、うらやましいものとして見ていた。
公立だったのでクラスの恋のうわさは、そういう彼女たちの間を行き交い、クラスで一番そういう情報にうといのがわたしと友人で、放課後甘味処につれこまれ、「誰と誰がつきあいだしたの知っとる?」と驚愕&周知の事実を知らされたまげるそのリアクションを楽しまれていたものだ。

楽しいけど退屈な日々だったな。人生はすでに不公平だといつも思っていた。

しかし、卒業して数年たち、クラス会などで再会してびっくりすることがある。
あんなにきらきらしていたモテ子が輝きを失っていたり、地味で存在すら思い出せない人がしっとりと綺麗になっていたり。人は進化も退化もする動物なのだと思った。

などと十数年前のことを思い出してぼんやりしていると、吹奏楽部の演奏が始まった。

さすが私立。オーケストラだ。
「のだめ」人気もあるのか、すごい人数だ。上手だなー。
ディズニーメドレーでは、さっと数人がミッキーの耳カチューシャをつけたり、立ち上がってソロパートを演奏したり、コントラバスをくるっとまわしたり、楽しそう。

どの顔も一生懸命だ。放課後休日、ずっと練習したんだろう。
姪っ子の顔も見える。おばちゃん涙が止まらない。
大人になる前の、なんだかもやもやしたこの時期は、しかし純粋で美しい。

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