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2008年11月27日 (木)

ちょびったら

最近のちょび(4さい10かげつ)。


■もんだい

すっかり人間らしく会話も成立するようになったこのごろ。
彼のマイブームはクイズだ。
突然、
「もんだい!」
と切り出してくる。

「はい」
「か、のあとはなんでしょう」

????
禅問答である。

「はー!?わからん」
「せいかいは、かあちゃん、でしたー!」
はあはあ、なんかの言葉の頭の文字ね。

「もんだい! き、のあとはなんでしょう」
「き、きもの」
「ぶっぶー!! せいかいは、きりすと」
ふ、深い。
「もんだい。か、のあとはなんでしょう」
「か、かめ」
「ぶっぶー!! せいかいは、かきのたね」

正解するわけがない。
この調子でやつが飽きるまで延々続く。


■作詞作曲

たのしいと、唄ってる。
けっこういつも、うきうきとうたう。
たまに知ってる曲もあって、一緒にうたうと
「もーかーちゃんはうたわんで!」
とおこられる。なんで・・・

保育園で習ったのか、知らない曲もある。

「かーちゃんこのうたわかっとる?」
「しらないよー、なんの曲?」
「ぼくもしらんのよ」

知らないうたを唄えるというのは素晴らしいことだ。


■けがした

鉄棒に座って前廻りして、近くにあった鉄棒に口を強打した。
流血、
くちびるが腫れてたまごっちみたいになった。
かわいそうやらおもしろいやら。

オレンジジュースとかしみて飲めない。

傷もだいぶん癒えて、かさぶたになった。

「このくろいのなにー?」
「かさぶただよ」
「かさぶた?」
「そう、ちょびの口の傷が治るように守ってくれとるんよ」
「ふーん、かさぶたって、えらいこじゃねー」

ほめられるとなんか立派なものの気がする。

■しまじ●う

ずっと前、知人の息子くんからおもちゃやら絵本やらいっぱいいただいた。
その絵本の中に「こどもちゃ●んじ」の絵本があった。
ベネッ●の、毎月送られてくる幼児用教材だ。
おにいちゃんの名前が書いてあるその絵本を熱心に読んでいた。

しかし使用後なので、肝心な教材が切り抜かれていたり、
シールがすでに貼られていたり。
非常に残念そうだ。

なんだか不憫になり、ちょびにも申し込んでやることにした。

さいしょはいやだったんだよね。
なんでトラの家族に教育されんにゃいかんのかと。
寅次郎かなんかしらんが、そんなもんが家にあふれるのはいやじゃ。

ま、しかしそろそろ読み書きなんぞ覚えてほしいころではある。

んで、毎月届きはじめて3か月。
「しまちゃんから届いたよー」というと
狂喜乱舞して中身をチェックする。

まーしかし買い与えてやれば手間がはぶけるというのは大間違いで、
かーちゃんこれはどうやるのかーちゃんこれをやってちょうだい
かーちゃん絵本を読んでと、ものすごい作業量である。

一緒に絵本を読んでやる。
「これの答えはなにかな。ヒントは6ページにあるよ。
 じゃ6ページ見てごらん」
「・・・・ぺーじって?」

!!!!

ページが何かわからない息子なのであった。

そーかそーか、保育園でも家でもあんだけ絵本を読んでいながら、
ページとは何か知らなかったのね(涙)

「ページってね、ご本にはさいしょから順番に番号がつけてあるんだよ。
 ほら、百科おじさん(NHKピタゴラスイッチ)も『わしの269ページに書いてあーる』って言うじゃん?」
「へー!ぺーじってすごい!」

という具合に生まれて初めてが日々頻発するのであった。


さて、先日届いた教材は、ひらがなマシーン。
あいうえおボードを押して、ひらがな入力ができるおもちゃだった。
それにはなんと、「めーるをおくる、よむ」という機能がある。
メールだと!?
もちろんそれ1台でメッセージをやりとりするのだが、息子は嬉々としてやりはじめた。

「かーちゃんめーるがとどいてるよ!」
と、ぴろりろり〜んと鳴るそのマシンを差し出す。
めーるをよむ、と操作すると、息子からのメッセージが現れた。


「かこいいかあちやう、だいすき」

・・・・・
ちいさい「つ」が抜けてる。「ん」が「う」になってる。
けど、うれしいー・・・。
「ありがとう、かあちゃんも、ちょびがだいすきよ。」
と返す。
にまぁ〜。

まだ字があやしくて、えんぴつを持つ手もたどたどしく、1字1字いっしょうけんめいに書くのだが、
鏡文字になったりまちがったり、気持ちを書き表すところまではできない。
がしかし!このマシーンはどうだ、すらすら打てて、みせたらかーちゃんが大喜びしてチューしてくれる!楽しい!!
ということで怒濤のメール攻勢が始まった。

「かあちゃんのごはんだーいすき」
「かあちゃんかっこいいよ」
「かあちゃんちょびのことすき」
「かあちゃんらぶらぶはーとよ」

付き合いはじめのカップルみたいな勢いだ。


なんというか、こう、メールなんつう希薄なコミュニケーション手段で、気持ちのやり取りを喜んでいいものか、と釈然としなかったが、まあいいか。
おかげでちいさい「つ」や濁点や「ん」の使い方とか、ひととおり覚えた。

昨日も、晩ご飯の支度をしていて咳き込んだ。
(ここんとこ喘息がひどい)

すると、さささっとやってきてマシンを手渡して逃げて行く。
めーるをよむ、を押すと
「こつこつだいじょうぶ」

あのさー、
ちょっとかわいいけど、
すごくうれしいけど、
口でいいなさいよ!

そのめーるは1往復したらメッセージが上書きされて消えてしまう。
ので、撮っといた。


Photo


汚ったなくてもいいから、手書きがいいんだけどなあ、手紙は。



おまけ。
七五三で袴着用のちょび。ぞうりが痛くて不機嫌さん。


Photo_2

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2008年11月22日 (土)

いのち

父が退院した。

2週間ほど前、夜中に救急車で運ばれて手術を受け、
状態が落ち着いたので帰宅してよいことになった。

肺繊維症という病で、発病してもう4年ほどになるか。
最初頃は酸素ボンベを転がして外出もしていたが、
少しずつ少しずつ、できることが少なくなっていった。
先日も少し風邪をひき、咳き込んだ拍子に肺に穴があいて息ができなくなり救急車を呼んだ。

今朝、退院した父を病院まで迎えに行った。
よろよろと、立って歩くのもやっとだった。
ずいぶん、痩せた。


経過がいいので退院ですよ、と先生が父に告げた時、
たまたま兄が見舞っていた。
父は先生に
「ありがとうございます、もう少し、楽しい人生が過ごせます」、と言ったそうだ。

それを聞いた家族は皆「どの口が」と驚いた。
普段しゃべるのもしんどいので黙りがちだし、
たまに口を開けば「しんどい」とか「もう死ぬ」とか
聞いてるこっちが滅入るようなことばっか言うのに
父の口から「楽しい人生」なんて言葉を、聞くとは思わなかった。


父は生きることをあきらめない。

いつかは、お別れの時がくるだろう。もう近いかもしれない。
だけどその時まで、しんどくても、つらくても、生きていることが
父にとって「楽しい人生」なのだ。
父に、なにをしてあげられるだろうかと考えても、妙案は浮かばず
孫の顔をみせるくらいしかしてあげられないんだけど、
いまだに父はわたしに教えてくれている。生きることで。
だから、生きていてくれるだけで、ありがたいと思う。

帰宅する道すがら、母が「銀杏が黄色で綺麗なねぇ」と言った。
そう言えば昨年の今頃、どこか田舎の神社の境内にある樹齢ン百年というでっかい銀杏が紅葉したのを見に行ったのだった。一面黄色になった落ち葉の上を息子は走り回って、葉っぱをかき集めてぱーっとぶつけあいこしたり、それを父と母は目を細めて眺めていた。
もう、紅葉を見に行くこともできなくなった。
あれが最後の遠出、あれが最後の外食、あれがさいごの・・・
それが最後かどうかは、ずいぶん後にならないとわからない。


夏からコツコツと咳が続いていた息子が、季節の変わり目に風邪をひいたのがきっかけで、ひどい喘息になった。
夜も咳が出て寝られない。
病院に連れて行くと、「もう少し早くつれてきて」と怒られた。
アレルギー止めと風邪薬を飲ませて数日、だいぶよくなってきたかなと思った夜の明け方、
突然「ガハッ!!」という音で起き上がった。
びっくりしてどうしたの!?とだっこすると、息をしていない。
何かが詰まったような、ひゅーごふごふという音がして、咳払いしようとしてもできず、苦しんで泣きながら必死で息を吸おうとしていた。
背中をたたきながら、腹の底がしーんとする感覚が襲ってきた。
死ぬんじゃないか。

今まで、川崎病やったり熱出したり、夜中に救急車を呼ぼうかどうしようか迷いながら朝を迎えたりしたけれど、その時は、心配だったけどこんな感覚はなかった、死にはしない感じがあった。

だけど、息ができないと、救急車を呼んでも、間に合わない。
こんなときどうしたらいいのか。

やっとつっかえたものが降りて、ひゅーひゅーいいながらも息ができるようになって、すーっとまた眠りの谷に落ちて行った。

重くなったしでっかくなったとはいえ、4さい、ちいさいものだ。
腕の中にくるんと丸まっている。
この命は、あっというまに死んでしまうかもしれない危ういものなのだ。

そんなのいやだ。

これから学校に通って、いろんなことを知って、大きくなって、
恋もして、いろいろして、仕事して、結婚して、子どもできて、
子どもの成長をうれしがりながら老人になって、
孫や、奥さんや、いろんな人に囲まれて幸せな一生を閉じるまで
死んじゃだめだ。
どんな人生を送るかはわからないけど、とにかく、生ききってほしい。

いのちは
その長さはわからないけど
強いものだ。

わたしにもひとつ、そのいのちがある。

死ぬほど長生きすると占いでいわれたけど、ほんとかどうかわからない。
いつお別れかわからないけど、生ききりたい。
自分自身のためにではなく、誰かのために
生きることで役に立てるように、ちゃんと生きたい。
そう、思った。

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2008年11月 7日 (金)

指輪物語

このまえの祝日、家族で温品(馬木?)の森林公園に遊びに行った。

なんでも森林公園まつり、みたいなのが開催され、間伐材でベンチをつくったり、ドングリの森オーナー募集があったり、森林に親しもう的なイベントだった。

祝日ということもあって、けっこうな人出だった。駐車場待ちの渋滞もあったりして。

やっと駐車場につき、まつりの広場に行ってみた。

婦人会のみなさんが屋台でいろいろ販売してる。
はっきりしない天気で肌寒かったので、焼きそばとうどんと豚汁を買って食べる。
外で食べる汁物はうまいなー。
紙飛行機をつくって飛ばしたり、野球したり、
消防車が来てて乗せてもらえたり、
昆虫館がタダで入場できたり、
息子大喜び。けっこう盛りだくさんでよく遊んだ。

かーちゃんは初めて入った昆虫館に感動した。
ヘラクレスオオカブトムシやコーカサスオオカブトムシに触れたのもそうだが、
なんといっても蝶が。

てふてふてふ・・・

オオゴマダラとかリュウキュウアサギマダラとか、見たこともない大きな蝶がたくさんひらひらひらひら飛んでいる。花も咲き乱れ、ここは楽園。
入園料を払ってでも、この中で本でも読みながら一日過ごしたいと思った。

さて、さんざん遊んで一路六日市へ。

高速で小一時間、かきの木村に行く。道の駅ではちみつなど購入。
そして、「六日市温泉ゆらら」へ!
ここは源泉37度、ちょっと濁った優しい湯。
しかもそこにスパ(温泉プール)があるのだ。
時間が合えば北欧式のアロマサウナみたいのも体験できる。
入り口に産直市があり、おいしそうな野菜や豆腐なんかをいろいろ物色する。

水着に着替えてスパへ。泡がでたり水流が起こったり、ふやけるほど遊ぶ。
息子も浮き輪にしがみついて死ぬほど泳ぐ。
で、温泉につかってさっぱりして帰るのだ。
あとは帰って一杯やって寝るだけ。極楽。


さて翌日。

出かける前にいろいろと装着してて気がついた。

・・・指輪がない。

指輪、今3本している。
1本は自分で気に入って買った石の入ったもの。
もう1本は結婚指輪。
と、言ってもじつは「急ごしらえ間に合わせシルバー指輪」だ。

いやちゃんと買ってもらったんですよ、エンゲージリング。
ちっちゃなダイヤがぷちぷちと水玉に入った、かわいらしい指輪だった。
それ、結婚1ヶ月前のある夜、実家に侵入した泥棒に盗られたのだった。

会社から帰って、両親は親戚のところに行ってて留守で、
まだ夏の名残で暑くて、窓を網戸にしてて、リビングでテレビつけっぱなしでうたた寝してた。
両親が帰宅し、食事し、友人から電話があり、「あ、まって、スケジュール帳みてみるから」と自分の部屋に行く。あれ、カバンがない。チャリのかごの中かな?ない。
・・・・カバンどこやったっけ?会社に置いてきた?いやいやいや
自分の部屋(1F)にもう一度戻り、部屋の明かりをつけて身の毛がよだった。
フローリングの上に、土足の足跡がはっきりと、あった。

「ぎゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

帰ってきて自分の机の上に置いたはずのカバンが、ない、
机の上のジュエリーボックスが丸ごと、ない、
それとは別に、帰宅して大事に外してしまったエンゲージリングがケースごと、ない。

半狂乱でオットに電話した。
「結婚できない〜〜〜〜〜〜〜〜」

何事かと慌てふためいたオットが駆けつけた。家から飛び出す際に足をすべらせて大転倒したらしい。

すぐに警察が来て、カバンの中に入っていたもの、その値段、盗られた貴金属の種類などを細かく聞いた。しかし、
「いやー、寝ててよかったですね。気づいてたら刺されてたかもしれませんよ」。
ゾゾ〜〜〜〜〜

泣きながらクレジットカードを止め、再発行の手続きやらなんやらかんやら。
盗品はほぼ戻ってこないでしょうとのことだった。ガックシ。

盗られたのはうちの責任なので、同じ指輪をちゃんと買うからという父にオットが言った。
「いえ、それでは結婚指輪の意味がありません。すぐにとはいきませんが、必ずまた贈りますから」。
一堂感動。

あっというまに結婚式の日が近づき、指輪が間に合わない!リングの交換どうしよう!?ということであわてて間に合わせ指輪を買った。シルバーのへしゃげた輪っかの、シンプルなやつ。
写真に写ったその指輪はピカピカで、まるでプラチナのエンゲージリングだった。

時は流れ、暮らしが始まり、ふたりおんなじサイフで暮らしはじめると、そんな高額な指輪なんてもうどーでもよくなってきた。傷まみれでつや消しのシルバーの指輪もしっくり馴染んできたし。

そんな娘を不憫(?)に思ったか、母親が買ってくれた指輪が3本目の指輪なのだ。

二つの環が重なる、プラチナの、シンプルな指輪だ。

それが、どこにも見当たらないのだ。

必死に記憶を巻き戻す。
ゆららでアクセサリーを外した時には、そういえばもう無かった。
じゃあどこで?

あ!!!!

森林公園の駐車場待ちの渋滞に退屈して、指輪を外してハンドクリーム塗ったのだった。いい香りにうっとりしつつ、ぼけーっとマッサージしてたのだ。
で、駐車場について、外に出たとたん、膝の上から指輪がこぼれて
キンキーン
と鋭い音をたてたのだった。
とっさに2本ひろった。石のやつと、いんちきエンゲージリングだ。
でももう一本のことをすっかり忘れてたのだ。ああ

もう無いかもな

いやいや

あるとイメージしよう。
第二駐車場だから、平日はほとんど使われないはず。まだ落ちてるかも。
しーんと広い駐車場に、冷たく光る指輪がころがってるところを想像した。
山のひんやりした空気がにおうようだ。

電話で聞いてみると「届け出がありませんねー」とのこと。
やっぱり・・・

もう9年もずーっとしてるから、無意識だった。
落ちたのにひろってあげなかった。気持ちがはなれた瞬間、いなくなっちゃうもんなんだな。

なんてとってもブルーになっていたら、

「みつかりましたよ!」と電話がかかってきた!アメージング!!

ということで先ほどとりに行ってきました。
おかえり〜〜〜〜
「ほんと、よくありましたよねぇ。見つかるなんて、みんなびっくりしてましたよ」
ちょっとだけお菓子を託けて帰りました。ありがとうございました。

ということで、またわたしの指にはそういう3本の指輪がはまっているのであります。

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