昼どき
横断歩道を、サイフだけ持った女子が3、4人渡っていく。
カーディガンの裾をひるがえして笑い合っている。
ああもうそんな時間か。
昼ご飯食べにいくこの時間が、一日のなかでいちばん幸せな時間だったなあ。
かつて勤め人だったころ、そう女子が多い職場でもなく、
こうして連れ立ってウキウキ行く感じでもなかったけど。
ああ思いだした、女子ばっかりの職場もかつてあって、そこでは弁当持参率が高く、みんなで大テーブルを囲んで家族団らんのようなランチタイムだったっけ。
今でも誰かがお茶を入れ、食後にデザートを食べたりしてるのかな。
就職していちばん最初の会社は、女子はわたし一人だった。
昼時、社長以下おじさんたち(といっても今思い返せばわたしより年下だ!)は連れ立ってランチに向かう。
なんだかおじさんとメシ食うのもバツが悪いし、その近辺のランチは一食800円はするしで、薄給女子としては弁当をもってきて誰もいなくなった事務所でぼそぼそと一人で食べていた。
しかしだんだん朝弁当が間に合わなくなり、おじさんランチに合流するようになる。
最初はしぶしぶだったが、実はそここそが一日のうちで最も勉強になる時間だった。
おじさんたちの会話は、仕事の話とかうわさ話、あんなことがあったこういう人がいた、大事な話もくだらないこともごちゃまぜで、だけどそこで話をするからみんななんとなくお互いの塩梅が察せられ、ことさら朝礼やミーティングをしなくてもうまくいっていたのだった。
それにおじさんたちは妻や子がいるのによく遊んでいて、どこそこに何を見に行った、誰に会いにいったと楽しそうに話す。
はなみちゃんは日曜どこ行ったの?と聞かれても
えーと、とくにどことは・・・買い物とか・・・
なんだ若いのにもっと遊ばなきゃあ、彼氏とかいないのーと
はいいないんですーという冴えない時期でもあったが、ああわたしってつまんない、と思ったのだった。
もっと遊ばなきゃ遊ばなきゃ、なにして遊ぼう、誰と遊ぼう、
今思えば、ぼーっとしててよかったのだ。
自分がどっちむいてるかわからず、誰かのためにすることもなく、
そんなぽっかりとした時間はそれはそれでいいのだ。
ヤシの実の中の、あの青臭い水の中に、浮かんだり沈んだりしてるような
そんな20歳そこそこでよかったんだ。
それでいいんだと思えない時間ほどつまらないものはない。
あれはおじさんたちの嫉妬だった。
親切なアドバイスに見せかけて、ちょっと意地悪な気持ちになっていたのだ。
無為なものがそのままで、いいわけがない許されるわけがないと。
この年になって、おじさんたちの気持ちがわかる。
無理していろんなものを見たりいろんな人に会ったり、
そうやって現状を打破する方法も気分もわかっている。
だけど、人生にはリズムがあることもわかっている。
今はどういう波がよせているか。
横断歩道を笑いながら横切る女子たちの後ろ姿を見ながら、ハンドルを切る。
春めいてきたなあ。青空にミルクを流したような空だ。
これでいいのだ。わたしは今のわたしを許そうと思った。
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