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2010年5月21日 (金)

今がぜんぶ

 5じに、留守家庭こども会から歩いて帰ってくるなり、寝てしまった。
 一週間がんばったから、電池が切れたのだろう。
 まだ明るくて、窓から入ってくる風が気持ちよくて、
 息子の寝息を聞きながら、ほんとうにおだやかな気持ちになった。

 ずいぶんご無沙汰しとりました。

 おかげさまで息子ちょび6さい、小学一年生になりました。

 4月6日、入学式。ピカピカの1年生の誕生です。
 制服を着ると、ほほー。なんだがぐっとお兄ちゃんっぽく見えます。
 桜も咲いて、いい天気で、「入学式」という校門の看板の前で、お約束の写真も撮りましたよ。

 で、翌日から、さっそく学校に通うわけだ。当たり前だけど。

 幸いとなりに住んでるお兄ちゃんたちが同じ小学校なので、朝ドアの前で待ち合わせてつれていってくれることになった。

 その日から授業が始まるが、まだ“馴らし”なので午前中には下校となる。
 しかーし。保育園っ子には帰宅すべき場所がない。
 ということでさっそく「留守家庭こども会」に放課後通うわけだ。
 息子の小学校の場合、同じ敷地内の児童館に併設されている。給食が始まるまでは、弁当持参なのだ。
 5時に同じ方向のお友達と集団下校するか、6時半までにお迎え。最初は心配なので迎えに行っていたが、最近はちょっと馴れて、「ただいまー!」と元気に帰ってくるようになった。

 朝6時起床。
 今まで8時半くらいに起きてたんです我が家は。
 もう、ほんとに生活リズムを小学生化するのが大変だった。

 お弁当つくって、息子叩き起こして、ご飯食べさせて、着替えさせて、ハンカチ持った!?上靴は!?などといいながら、隣のお兄ちゃんのピンポ〜ンの合図と同時にランドセルを背負わせていってらっしゃい!!!と送り出すのだ。7時45分。

 ベランダから下をのぞくと、でっかい、黄色いカバーのかかったランドセルがよちよち、お兄ちゃんのあとをついて歩いている。大丈夫か・・・

 親の心配をよそに、息子はそれなりに馴染み、学校生活をエンジョイするようになった。

 「きょうねー、ともだちまたできたんよ。これで9にん!」
 ともだちって、どうやったらともだちになるわけ?
 「あのね、いっしょにともだちになろっていって、いいよ、っていったらともだち。」
 そうなんだー。なんと明確な。
 「でもねー、ともだち100にんもできん。」
 どして?
 「だって1くみと2くみたしても、60にんしかおらんもん。」
 そうか・・・少子化でござるな。
 わたしの時には10組くらいまであったけどなー。

 留守家庭こども会も、日々いろんなイベントを用意し放課後のこどもたちをケアしてくれる。
 まず着いたら宿題。済んだ人から遊ぶ。球技もよし、本読みもよし、3時になったらおやつの時間。食べたらまた遊ぶ。時には「こども茶道教室」があったり、毎週金曜は近所のおじいちゃんがボランティアで「将棋教室」を開いてくれるらしい。

 この、将棋にやつはハマった。

 もともと保育園で、将棋のルールを簡単にした「どうぶつ将棋」ってのをやってて、保育園最強だったらしい。なので、ほんとの将棋もすぐにルールを理解した。

 「きょうはね、あなぐも、ならった。」
 あなぐも?
 「うん!こうしてね、おうさまをぐるっとね、かこんでまもるんよ。さいきょう。」
 なんでも「穴熊囲い」というリッパな戦法らしい。へー。

 ということでせがまれて「ぐんぐん強くなる やさしいこども将棋入門」という本を買わされた。本を片手に将棋盤の前であぐらを組んでいる。あんたほんまに6さいか。


 いや息子は元気なのだが、そのぶん、かーちゃんが引き受けたのだった。
 ずーっと風邪引いてました。正確には今も。
 そもそも、環境の変化にめっきり弱いのだ。
 たのしいたのしい保育園を卒園してしまい、極度のホームシックのような気分だった上に、いよいよ小学生、これからはもう甘えてらんないぞ、と緊張してしまった。
 制服を着た息子は、もうリッパに社会の一員のように見える。学校から毎日おびただしい数のプリントを持って帰る。役員を決めたり保護者会に顔を出したり、超ニガテなどといってられない日々。
あら、風邪かなと思ったら熱出して寝込み、良くなったかなと思ったら喘息が悪化、ケンケンいってたら副鼻腔炎を併発、頭痛もひきおこし酷く鼻かんだらめまいがして倒れた。
 ゴールデンウイーク明けくらいからか、やーっとなんだかまともになったのは。でもまだ基礎体力が落ちてる感じは否めなくて、のどがいたいなーと思ってたら結膜炎になった(泣)目まっか。コンタクト禁止。今世界がぼんやりとしか見えない。

 ということで、健康ってなんて大事なんだ。
 みんな、無理すんな。健康第一。ほんとにそうです。

 先日、よく晴れた日曜、みんなで三瓶山に遊びに行った。

 そこの、浮布池ってとこに貸しボートがあって。こう、白鳥のかっこした、自転車みたいにこぐタイプのボート。3人で乗ってみた。

 これが案外力がいるのだ。息子がハンドルを握る。
 「船長!かじをきってください!木にぶつかります!!」
 「うわあああ」
 などと迷走しながらこぎまくった。

 5月の空は青いね。
 三瓶の温泉と同じ濁った水は光をはねかえしてキラキラしてて
 湖面を吹く風がなんとも気持ちいい。
 水辺の藤が満開で、あまーい香りがただよってる。

 真剣な息子の後頭部を見て、思った。

 制服きたらすっかりいっちょまえだし、たった1ヶ月で驚くべき外語の習得が進み、つまり、聞いたこともない口を聞くようになった。「そんなのかんたんじゃし。」とか。ハァ?
 どんどんこうしてかわいくなくなるのであろうな、というのがありありとわかるのだが、
 この横顔の、耳の後ろあたりは、ほんとにまだ幼い。
 スズメとかツバメとかの、ヒナの、くちばしの付け根みたいだ。黄色いとこ。
 まだぴよぴよであるなぁ。

 そりゃね、あともうたった数年で、なんだか心の中に大人びた個室を持つのでしょう。
 こんな親のところなんかいられるか!ってなもんで飛び出してゆくんだろう。

 でも今は。
 まだ腕の中にいる感じがする。

 写真をいっぱいとった。

 高橋源一郎氏が、ツイッターのアイコンを自分の息子の写真にしたのを見とがめた娘の橋本麻理氏に「自分の意思を持てない幼児の写真をいろいろなリスクがあるのに載せるのは反対」といわれ、もとにもどした。その意見は120% 正しいとしながらもこう記していた。「アイコンに自分の子ども(娘)を使っている人がいる。(略)ぼくはそのアイコンを見る度、不思議な感覚に襲われる。あれは、もしかしたら、追悼の写真ではあるまいか。なぜなら、追悼の写真に使われるのは、その対象のもっとも美しい写真だからだしもっとも美しく、過ぎ去ってしまえば戻らぬ瞬間を惜しむ気持ちとは、その季節への追悼だ。そして、その写真の真っ直ぐな視線には、撮る側の愛情も映し出されている・・・(以下略)」

 追悼かぁ。

 過ぎて二度と戻らぬものを今、見ている。
 砂時計の砂が手からこぼれ落ちるように、どうしようもなく変わってゆく。
 自分の老いと死を思う瞬間でもある。

 まだいかないで・・・

 「いつか」じゃなくて「いま」、それだけに全力になろうと決めた。
 「どこか」じゃなくて、「ここ」で。

 息子が起きたら、ごはんを食べよう。
 今日の日の夕ご飯は一生で最後だと思うと、愛おしくて大切だと思える。
 そうやって日々、それでも新しい明日はやってくる。

 健康に気をつけて、楽しんで生きましょう。

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2010年5月16日 (日)

さくらんぼの実る頃

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三瓶、サヒメル、世界の蝶

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