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2010年8月11日 (水)

父の携帯

 先日実家に遊びにいって、息子が戸棚をなにやらごそごそしていた。
 そこはまるで宝の山で、行くたんびになにかゲットして帰ってくる。
 じいちゃんが使っていた巻き尺、使いかけのテレホンカード、名刺、そんなものをうきうきと手にして、ばーちゃんに「これちょーだーい」とせがむ。
 そんなガラクタ、なんで欲しいかねぇ、ええよ持って帰りんさい、ということで自宅にガラクタの山ができる。

 このたび、やつが手にしたのは、父が使っていた携帯電話だった。

 「じいちゃんのけーたい!これちょーだーい」

 母もわたしもぎょっとした。それは・・・

 「ええよ」
 母はあっさり持って帰らせた。

 昨年父が亡くなってから、一度も電源を入れていない携帯だった。

 息子は大得意で、もしもし、かーちゃん?あのね、うんうん、と電話をかける真似をして遊んでいた。

 FOMAなので、私の昔の携帯の充電器が使えた。
 ちょっと、充電をしてみたのだった。

 みんなが寝静まって、電源を入れてみた。

 まだ幼い息子の写メが待ち受け画面になっていた。

 履歴を、見ると、亡くなる前の日の夕方、母の携帯にかけたのが最後だった。

 母、母、私、兄、母、帝人在宅医療ボンベ注文、
 あのときの記憶がざーーーーっと蘇った。

 大学病院から転院し、あまりの扱いの粗雑さに、自宅で看ようと相談していたときだった。
 肺の病気で、酸素吸入をしていたのだが、その病院では、酸素ボンベを使い切るまで交換してくれなかった。父は、最後の頃、寝ている間に酸素が切れたらという強迫観念にかられ、まだ残量のあるボンベも交換してくれと何度もナースコールをしたらしい。それでも交換してもらえず、在宅医療時、酸素ボンベを注文していたセンターに、夜中に電話をかけていた。

 苦しくて、不安で、それが正常な判断を超えていた。

 最後の、私への電話も覚えている。

 「しおりちゃんや、つれてかえってくれぇ・・・」と、早朝にかかってきたのだった。

 うん、週末にはおうちに帰ろうね、まだ今木曜日、ね。金曜日の夕方、行くからね、

 どうして連れて帰ってあげなかったか。すぐに。

 着信履歴は貧しいものだった。
 呼吸が苦しい父に電話をかける人はいなかった。

 几帳面な父は、それでも常に、手の届くところにこの携帯をきちんと置いていた。
 寝ていて落としてはいけないからと、ベッドの柵にストラップをきちんと結んでいた。

 どうしてメールを送らなかったか。
 たとえ読まなくても、見なくても、気にかけている人がいるという心のささえになったはずなのに、その着信が。
 
 父は我慢強い人だったので、大丈夫と思いたかった。
 甘えていたし、現実をしっかり受け止めたくなかったし、正しく認識するのを避けていた。

 おとうさん、ごめんなさい。

 荒々しい呼吸で、無精髭も剃れずに、それでも家に帰ることを楽しみに、わたしに手を振った父の、最後の顔が。


 先日墓参りに、父の実家に行ったときのこと。

 叔母が、

 「ちいさいあなたに水着をきせて、小学校のプールに抱いて連れて行きよったのに」
 と父のことを話した。

 父はわたしを可愛がってくれて、大事にしてくれて、小さい私をだっこしてくれて、
 なのに、大きくなった私はなんて父に冷たかったか。

 取り返しがつかない。


 どうしたらいいか、わからない。

 取り返しがつかないことばかりで生きているのかもしれない。

 今も、そうかもしれない。

 今を粗末にして
 いつか今をふりかえって、取り返しがつかないと思うのだろうか。

 母を看ること 
 息子と一緒にいること
 夫と過ごすこと
 きょうのばんごはん
 きょうはもう二度と無い。


 父の携帯は電源を切った。もう二度と着信は無い。

 毎晩、きょうはよしとしようと思えるように
 それしかやりようがない。

 1年以上もたつのに、後悔は薄くならないどころか、鋭利に蘇る。

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コメント

こんにちは。
同じのような気持ちを思い出しました。
私は母でしたが…。
もう5年前のことですが。。

今日は『後悔シャッフル』を聴こう。

投稿: はゐど | 2010年8月18日 (水) 午前 08時55分

祖父が亡くなったとき、むちゃばかり言って困らせていたことが突然、思い出されてものすごく後悔したことを思い出しました。今でもそれは消えないけど…

でも、お父さんは、あなたがそんな風に思ってくれていることを、そしてお孫さんが形見の携帯をとても大切にしてくれていることを、そして、あなたが最後までお父さんのことを心配し続けてくれたことを、絶対に喜んでくれています。

投稿: 炎の料理人 | 2010年8月18日 (水) 午後 12時42分

今からでもメールしてみたら。
「メール来んかな~」って
まだ待っとってかもよ。

「そのアドレスはありません」って機械が
返してきても、天国には届いとるかも
しれんしなぁ。

投稿: 自転車 | 2010年8月19日 (木) 午前 12時18分

はゐど さま

テレビをつけても歯を磨いても・・・
バカな妄想・・・ムダな想像・・・
後悔はぐるぐるするもんなんでしょうね。。。

炎の料理人 さま

ありがとうございます。
忘れてるんですけどね普段は。ひょいと思い出すと胸が傷みます。


自転車さま

ありがとう。
なんてメールしようかなぁ。
お元気ですか。じゃないしなぁ。
そっちはどうですか。とか。
ごめんね。かなぁ
今でも好きです。かもなぁ。
天国でも待ちぼうけさせてごめんね。

父の、ちょいと手を挙げる仕草を思い浮かべました。

投稿: はなみ | 2010年8月21日 (土) 午後 05時06分

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