会えない人の声をきく
今年も残すところあとわずか。皆さまお世話になりました。
どんな一年だったでしょうか。
ゆうべの晩のおかずさえおぼつかないのに、今年一年なにがあったかなんて思い出そうとしても困ってしまう。
人は忘れながら生きている。だから明日に希望が持てる。
先日久しぶりに友人と会って話した。
今年、母を亡くされた彼女と、一昨年父を亡くしたわたしは、遺族あるあるで盛り上がった。
弔電の刺繍やら押し花やらの台紙は何とかならんのか、葬式は「松竹梅」から竹を選ぶようにできている、遺品の整理に呆然とする、などなど。
そして、あのときこうしていたら、あのときこう言っていたら、そういう後悔がいくらでも出てくるのにはお互い苦笑いだった。後の祭り。
なので、もう一人残った親には、なるべく後悔しないようにしようねと別れた。
だからというわけではないのだが、クリスマス前に母をランチに誘った。
住宅街の中の小高い一軒家のレストラン。
まあ実家は近いししょっちゅう会ってはいるが、たいがい実家ではあまえておかず作ってもらって昼寝して帰るようなていたらくなので、ちゃんと美味しいものをご馳走しようと思ったのだ。
向かい合って、フォークとナイフで、なんとも美しい前菜をいただくと幸せであった。
しかし、奥の席の老夫婦を見た母は「ああ、お父さんと来たかった・・・」
お父さんとあそこに行って、お父さんはこういうことを言って、こういう人だった。
クリスマスのご馳走を前に、話題は亡き父のことばかりだった。
そして、亡くなる前後の後悔・・・
母は、自分が死んだらこうしろああしろああするな、と父の亡くなり方を思い出して遺言のように話すのだった。
「長患いして、迷惑掛けずに死にたい。おばあさんは、あっという間に逝った。
心臓が悪うて、病院から帰って、おかあちゃんと3人で川の字に布団しいて寝た夜中に、
なんかおかしいゆうて目が覚めて、それからあっという間じゃった。」
母の母も、あっというまに倒れて亡くなった。ぴんぴんコロリ家系じゃけぇ、わたしもきっとそうよと母は笑う。
わたしもそうでありたいと思う。
母が、コロリと逝ったあとのことを考えると、考えが止まって涙が出た。
美しいデコレーションのデザートを、泣きながら食べた。
目をまっ赤にしてお会計に立つと、母が自分のサイフを持たせた。いいよいいやいいよと押し問答の末ご馳走になってしまった。甘えてばかりのだめな娘だ。
子どもらにとって待ちに待ったクリスマスが来た。
来るかどうかわかんないサンタにも一応お願いをしたようだが、サンタより確実なのはばあちゃんだ。
「もうこれがクリスマスプレゼントよ。先に買うんじゃけぇね!」「うん!!」
というやりとりが4、5回繰り返された。息子の言いなりに買うばあちゃん。
ばあさん友達の間では、「どうせ孫が大きゅうなるまで生きとられんのじゃし、どんな大人になろうが知ったこっちゃ無いから今のうちにおもちゃくらい買いたいだけ買ってやりゃあいい」という話しになってるんだそうだ。いい迷惑である。
クリスマスの夜、ばあちゃんちに孫たちが集まることになった。
息子にはもう買ってやったから、姪っ子だけにプレゼントを用意していた母。
するとその日の明け方、「ちょび(息子)にだけ無いのはかわいそうじゃ、なんでも好きなものを買うてやれ」とじいちゃんの声がして飛び起きたというのだ。
「もう、朝一番で買いに行ったわいね、ちょびのプレゼント。」
死んでもなおちょび贔屓なじいちゃんなのであった。
息子たちもそうやって、生きてる人や死んでる人に愛されて甘やかされて、大きくなっている。
わたしも、生きてる人や死んでる人の言うことをききながら生きている。
人にできる親切も、父や母やそのまた先祖や、夫や子や仲のよい友人に教えてもらったからできる。
わたしの中のよい部分は、人に学んでできている。
お裾分けしてもらったおかずの容器に、ちょっとしたお菓子を入れて返すような
そういう人たちのことを見てきたから今があるんだと思う。
自分一人で生きてるとは、もはや思いません。
来年も、生きてる人とたくさん笑い、会えない人の声に耳を澄まして、
楽しくいきたいと思います。
みなさま、よいお年を。
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