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2011年2月27日 (日)

遺影

 ずいぶん前から思ってたことなんだけど。

 もしわたしが、なにか事故か事件か災害かに巻き込まれたとする。
 新聞やテレビでその旨報道される。

 そのときの、「寺本はなみさん(39)」という字幕とともに示される写真というのは、あれはどういうことか。

 当の本人は、怪我してるか死んでるので、写真を提供できない。
 家族?
 写りのいい故人の写真を選んで渡すような余裕なんかないよな。
 友人?

 とにかく、あらゆるツテをたどるんだろう。

 んで、顔も覚えてないような調子のいい同級生が、うれしげに卒業アルバムなんか提供したりなんかして、ろくに化粧もしてない、おいおい今とあんまりに違うだろうという高校生だとか中学生時分の写真が出回るのだ。
 イヤすぎる。自分だったら死んでも死にきれん。

 あの、わたしを知るみなさま、万が一そういう依頼があったらお願いだから断ってね。

 そういう意味では、フェイスブックに顔写真をのっけとくのはいい手かもしれない。
 自分で納得いくいい顔なわけだから。
 今後報道の際の被害者顔写真はFBが主流に。 どうでしょう。

 犯罪を犯した側はその心配はいらない。顔でないもんね。
 動画の顔にもボカシ入れてくれるしね。

 被害者って、とことん損でとことん虐げられる。本人も、その人を愛する人たちも。

 そういうの、狂ってるよね。


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2011年2月26日 (土)

人生のスパン

 かれこれ1ヶ月前の話し。
 初釜の席におよばれしたときのこと。
 お床に「茶是長寿之友」という軸が掛けられていた。
 ご亭主の、ひいおばあさまの持ち物だったそうだ。
 「こうして、ひ孫がお茶のご縁で遊ばせてもらってます。好きなお軸なのよ。」

 いいなぁ。ひいおばあさまも、さぞお喜びだろうなぁと拝見する。

 ひょんなことから、お茶をしてる方はほんとに長寿の方が多いという話しになる。
 「お茶のカテキンがいいのかしらね。」

 ご亭主のお稽古場に通われている姉弟子には、90幾つの大先輩がいらっしゃるのだそうだ。
 もう目もお悪いそうだが、手で触っただけで「ああ、あのお茶碗ね」とわかり、お茶を楽しまれているという。そうありたいもんだと一同。
 その大先輩は特別だとしても、お茶の世界では60まだまだひよっこ、なんだそうだ。

 60ひよっこ、わたしたちなんざまだまだ尻の青い赤ん坊なんですな。

 そういう人生のスパンで考えると、まるで別の景色が見えてくるなぁ。

 などと思っていたのだが、
 先日書店店頭にて40代女性向けの雑誌の表紙に「40代女子」と書いてあるのを見てたまげた。
 ・・・いったい何歳まで女子ですか。
 いやまもなく自分も40代に突入なんですけどね、自分が「女子」というのは・・・なんか気持ち悪い。
 みんないくつになっても「女子」でいたいのかなぁ。

 まあ、たしかに、若さっていいよね。
 水着のお姉さんのはちきれそうな身体なんて、瑞々しい生命力がみなぎってるよね。
 死から遠く、輝いてるものを見るのは本能としていい。その最たるものは赤ちゃんだと思うけどね。

 そう、若さは、誰もがみな平等に持つものだ。

 しかしわたしにとって若さは残酷だったな。
 知識も経験も足りなくてうまくやれず、若さゆえに許される無鉄砲をぶっ放すほどの度胸も無邪気さもなかった。はやく年をとりたいとずっと思っていた。老け顔で、新入社員なのに「前職は?」と聞かれてたし。
 豊乳でスタイルがよくて髪さらさらなら、もてる資源を活かしてまた違った人生だったかもしれない。ただ若いだけでそういうものは持ち合わせてなかったので、非常に残念だ。


 お肌も角をまがり、白髪もめっきり増えた今、やっとなんだか自分にしっくりきた感じがする。
 腹の贅肉を気にしてみたり、新陳代謝の低下に逆らいたくもあるが、年をとるのは悪くないと思っている。おだやかに枯れていきたいと思う。あの頃に帰りたいなんてこれっぽっちも思わない。

 若さにあんまり未練はないが、人生はこれからだと思っている。
 物理的に肉体は衰えるが、頭の中は育ち続けると信じる。
 こんなもんじゃないだろうと、まだまだだろうと、
 自分はこれから一体何者になるんだろうかと、まだ思ってる。
 
 
 何度か手相を観てもらったことがあるが、毎回「あなた死ぬほど長生き」と言われてきた。
 そういわれると、なんだか死ぬまで長生きする気がする。
 何歳で、お迎えが来るのか。
 80として、残りは倍。
 肉体は衰えるとして、どこまで解り、知り、育てるかと思うとわくわくする。
 なんて、お気楽ですな。

 デザイナーの友人が、「自分の仕事寿命はあと10年あるかないかだと思ってる」と言っていたのが耳に残ってる。10年というリアルな時間にぎょっとした。
 あと10年だと思うのと、死ぬまでになんとかなどと思ってるのとでは、覚悟が違うよなぁ。
 
 いつかやれる、は嘘になる。今やりたいことをやれる実力と度胸でやりたいし、やりたいことがはっきりイメージできていたい。
 それがきっと、まわりのお役にたつことになるよね。
 そうやって日々生きて、気がつけばあら80さい、孫や友人と茶をすするひなたに座っていたいと思う。

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2011年2月17日 (木)

参観考

 息子の参観日だった。
 1年生最後の参観ということで、1年間にいろいろできるようになった、その成果の発表会だった。
 なので、いつもの参観よりも父兄の数も多く、おとうさんも何人か来ていた。
 今日は来られないパパちゃんに見せたいから、ビデオとってねと息子に頼まれた。そんなの初めてだったので、奥からビデオカメラをひっぱりだして、バッテリーを充電して臨んだのだった。

 みんなぐーんと背も伸びた。漢字もいっぱい覚えたし、足し算も引き算もできるようになった。
 入学の頃のことを思い出して泣きそうになるかーちゃんであった。

 全員の合奏ののち、個々の発表が続く。
 緊張する子平気な子、失敗する子おお〜と歓声があがる子、いろいろだ。

 さて息子の出番だ。
 もう一人の男の子と、なわとびを披露するらしい。
 「交差とびをします!」
 ぴょんぴょんぴょんぴよん   あれ、ずっと前とびだ。
 ・・・交差とびって言ったよねとみんなが思いはじめた頃、やっと交差して、1、2、3、4、・・・8かい。
 もういちど、ぴょんぴょん、やっぱり前とび。交差とびがうまくできない。
 はいありがとう〜、時間切れ、さいごはひっかかって大げさにコケて笑いをさそって引っ込んでいった。

 最後は合唱。友達の間から顔を出したりひっこめたり、リズムに合わせて白目をむいていた。

 参観の後の懇談を済ませ、児童館の息子を迎えに行く途中、友達のお母さんから「ちょびくんておもしろいよね!」といわれた。
 えぇ、そうですかね。。。笑いながらも複雑な思いだった。

 オット帰宅し、「パパちゃん、見て!」とビデオを見た。
 「・・・おもしろいなおまえ。」

 ビデオを見て、改めてなんだか気分が暗くなった。なんでだろう。

 こいつ、国会議員なみにヤジを飛ばす。ナイスタイミングなのでみんな笑う。ちょいちょいふざける。コケる。白目むく。先生に怒られるほどじゃないけど、なんかしないと気が済まない。

 保育園のときはこんなキャラじゃなかったんだけどなぁ。

 場を和ませる才能がある、といえばまあ、そうなんだけど・・・

 一生懸命、やると決めたことをやる、失敗したら悔しい、そういう素直さが欠けてる。
 やるにはやるが、なんというか、その集中力と努力が、いいわけのおちゃらけに割かれてる気がしたのだ。
 そんなの、だめだよね。
 
 なんでそうなっちゃったかな。

 保育園のお友達だれも一緒の小学校じゃなかった。知らない子だらけ。おまけに放課後は留守家庭。勉強もはじまって、この1年間息子なりにストレスフルな環境だったにちがいない。
 そういう中で、友達と関係を築く、彼なりの方法がそういう「笑い」だったのかもしれない。
 そう思うと、おちゃらけることでなんとか自分の立ち位置を獲得した息子がいとおしい。
 「おわらいげいにん、ってよばれてるの」と息子に聞いた時に、なんかちょっとふびんだった。

 だから、今日も自然と笑いをとる息子を見て、がんばってるんだなと思ってやりたいのに、なぜか気分が暗い。


 お茶のお稽古場に新しい方が入られた。
 先生のところに以前通われていた方で、再開されたのだそうだ。
 その方の息子くんが、お稽古場についてきていたらしく、
 「かわいいのよ、せんせいきょうのおかしはなんですかっ!ってきいてね、ちゃーんとお扇子を前に置いてご挨拶もできて、炉縁にごろーんとして、興味津々でねぇ。」と目を細められていた。

 そう、そういう子はかわいがられる。
 もしうちの息子がその場にいたら、離れたところで面白くもなさそうな顔でじっと座って、あんこきらいなどと言ってお菓子も食べず、お茶をいただく際にわざと茶碗を3回くらいまわして怒られるに違いない。目に浮かぶようだ。ああ。

 子供らしい子供が大人には好かれるし可愛がられるよね。
 こんにちは!って無邪気にあいさつができて、瑞々しい興味をむきだしにしてぶつかってくるような子が。
 「おかあさんのにがお絵」だって、原色で紙からはみだしそうにのびのび描かないと賞ももらえない。

 息子には、そうあってほしかった。人に可愛がられる方が得だからだ。

 そう考えていて、自分がまさに、かわいくない子だったっことを強烈に思い出した。

 愛想の良い友達はうまくやるのに、大人に気に入られて可愛がられるのに、自分はそれができなかった。
 だから、子供なんかいやだな、はやく大人になりたいなとずっと思っていたのだった。

 息子に、自分を見ていた。


 だんだん年をとって、自分に折り合いがついて、今の自分は好きになってきたんだけど、小さい頃の自分はまだ許せないし嫌いだったんだな。
 だから、息子に小さい頃の自分を見て、なんか許せなかったんだ。

 息子は、わたしと違う。
 そして、もう数十年も前の自分を、許して抱きしめてやれないか。
 それはそれで、いいじゃないかと、小さい自分に言ってやれないか。
 それで、いいのだと。

 フタをして忘れていたけど、箱がひらいた。
 息子が成長していくのを追いかけるように、息子と同い年だった自分を見るのだろう。
 息子が今の自分と同じくらいになったころ、つまり、死ぬ間際、やっと自分を全部許せるんだろうか。

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