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2011年8月22日 (月)

人生数え歌

 湯につかって上がるとき、歳の数だけ数えて上がるクセがいまだにぬけない。
 普段の風呂ではやらないんだけど、温泉で長湯したときなどは、たいてい数えて上がる。

 ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、

 そのとき、「その歳の自分」を思い浮かべる。

 ひとーつ、もちろん覚えてないので赤ちゃんの頃の写真
 ふたーつ、おひな様の前で写ってる写真
 みーっつ、だんだん記憶があるので動画になる
 よーっつ、東京に転勤、石神井の借家のあたりの景色を思い出す
 
 幼稚園から小学1年生、また広島に戻って来て2年生、
 ああ、今の息子と同い年。
 おかっぱ頭で本読んでばかりの小学生
 「品評会」というけったいな学芸会をプロデュース
 卒業アルバムに手書きでクラス全員の似顔絵書いた6年生
 中学入学、担任はそうそう花本先生、鬼瓦みたいな
 中2生徒会室で遅くまで遊んで、放送室で好きな曲かけて
 中3好きだった子はお引っ越し
 高校1年、なんだかなじめずいじめられ、
 このころからアウトローが身に付いてった
 高2文化祭は和風喫茶「和田屋」、もみじの葉っぱを広島城にとりにいったな
 高3「100人に聞きました」セットもクイズも徹夜で作って、楽しかったな、青い春
 初めての恋は遠くにいっちゃって、
 大学生の夏に死ぬような失恋して
 そうそう先日高校の同窓会があったから、このあたりリアルによみがえる
 みんな元気なのかなぁ
 女子ばっかの大学で、美術部つくって絵を描いて
 朔太郎や潤一郎、美しいものだけで生きていたいと思ったな
 ハタチ、このくらいでもうのぼせそう。

 湯船のふちに腰掛けて、続きをぼんやり考える。
 就職活動、自分の将来、自分探しの迷宮入り
 入ったところは広告会社
 まだバブルの残り香で、サイパンロケとかイタリアロケとか
 やりたいことをやりたいとおもえばやれたのに
 自信もなく手も挙げず、掃除経理おつかい使いっ走り
 思えば惜しい、女神の後ろ頭はつるっぱげ
 結婚するのかしないのか仕事ってなんだ生きるってなんだ
 悩んでたって答えは出ない
 28、ともかく結婚し
 やがて会社がメルトダウン
 難破船から逃げ出すも、またふたたび倦んだ日々
 ぜんぶチャラにしたくて子を望み
 32、出産 
 33、保育園入園、泣いて暮らす日々 息子入院 ぜんぶ投げ捨て
 34、息子2さい 
 35、息子3さい
 36、息子4さい
 37、息子5さい
 38、息子6さい
 39、息子7さい

 あれ、息子が生まれてから浮かぶのは息子のことばかり
 自分の時が止まってる
 ようやく40 湯あたり寸前 ざばーっと上がる

 体を拭きながら思うのだ。
 やがて息子は息子の人生に
 それがいくつかわからないけど、やがてそうなる
 今はただいとおしい時間なのだ これでいいんだ

 やがて60だとか70だとかになったころ、
 40から先、なにを思い出すんだろうか。

 しかしそんなに数えていたら、のぼせて倒れてぽっくりいくかも
 温泉で死ねれば本望だけど、宿に迷惑
 せいぜい数えるのは40くらいまでにしておこう。
 そのころ思い出す今は、幸せなんだろうか。

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2011年8月 9日 (火)

ああ夏休み

 息子(小学2年)やっと元気になりました。

 7月の最後の水曜、「おしょうゆがしみる・・・」と顔をしかめる。
 なに、口の中噛んだの?と気にも留めなかった。
 翌日、仕事が遅くなり息子は留守家庭子供会から祖母にお迎えを頼んだ。
 迎えに行くと、「なんにも食べんのよ・・・」
 ええ?

 なんでも残さず食いっぷりのいいちょびなのに、なんにも食べないって・・・
 「いだいー・・・」
 見れば、ベロの先が真っ白になって、先がぱっくり割れていた。
 これは痛いわ。
 脱水がこわいのでアクエリアスみたいなのをストローで飲ますが、おかゆさえ食べず。

 翌日歯科医へ。
 塗り薬をもらって帰宅。

 「いだい〜〜〜〜いだいよ〜〜〜〜〜」
 痛み止めを5時間おきに飲んでも痛がる。
 我慢強くてめったに泣かないのにぽろっぽろ泣く。
 どうしようもなく、ただ体をさする。
 夜も寝られない。

 なにせなんにも食べない。
 おかゆもいや、卵焼きもひとくち、牛乳やお茶や野菜ジュースばかり。

 症状に変化のないまま土日を過ごし、
 あんまり表情が土色になってきたのであわててかかりつけ小児科へ。

 「うーーーん、口内炎はお薬塗って様子見るしかないんじゃけど、ちょっと検査しようか。」

 尿検査と血液検査後
 「おかあさん、こりゃ点滴せんと帰せんわ。1本じゃだめで2本やろうか。」

 なんでも、「アセトン」(ケトン体)の値が異常に高く、よく吐かなかったね、自家中毒で不思議じゃない状態だということだった。
 なんにも食べられず、低血糖で糖質代謝異常をおこしたらしい。
 点滴でよくなるから、とのこと。

 子供の点滴は長い。1バック2時間×2本。4時間ベッドの横で待つ。 
 その間も「いだいよぅ・・・いだい・・・」

 でも点滴するとみるみる元気になってきた。子供の体は正直だ。

 帰宅。しかし一体なにを食べさせたらよいのか。
 柔らかくのみ込めるもので栄養価の高いもの、
 ゼリー、いらん、豆腐、一口、卵豆腐、きらい、おかゆ、いたい、ヨーグルト、しみる、りんごすりすり、いだい、じゃがいものスープ、いらん、枝豆のすりながし、一口、パン粥、いらん・・・・

 じゃじゃっと炒めてがつがつ食べるようなご飯なら楽勝だ。
 なのに介護食ってほんとに難しい。
 あんまり食べられないからノイローゼになりそうだった。
 怒ったりなだめたり笑かしたり、一口でも二口でも食べさそうとそればっかり。

 翌日も点滴。でも痛がる。
 痛み止めは粘液を荒らすのでできるだけ我慢してね、と言われたし・・・

 困ってふらふらとスーパーをさまよう。なに食わそう・・・途方にくれる。
 薬局ものぞいてみる。
 すると、口内炎の塗り薬に「ジブカインが効く!」というのがあった。
 これって麻酔薬だから、しびれて痛みを感じなくなる。
 そしたら食べるかも!

 これが大正解だった。
 「いだい・・・」と言い始めたらすぐ塗る。しばらくすると痛みがわからなくなる。
 その隙に食べさせる!
 この作戦はうまくいった。みるみる食べる量も増えて行った。

 しかし丸々1週間、こんなに治らないのもおかしい・・・とのことで、大学病院の口腔外科へ。
 丁寧に問診・診療の結果
 「・・・しばらく様子を見ましょう。悪性のものではなさそうです。」

 2、3日して
 食べる量に勢いがついてきたら、しゅるしゅる傷が治っていった。
 正直なもので、あっという間だった。


 痛みも訴えなくなり、飲み物もストローなしで飲めるようになった。
 おそるおそる食べても、しょうゆもしみなくなった。

 「ああ〜〜たべられるしあわせ!」
 とごはんを噛み締める息子。  よかったね。

 すっかりよくなったのだが、両方のばーさんたちから「まだ体力が十分でないのだから留守家庭には行かすな」と釘をさされた。
 夏休みの留守家庭子供会は毎日お弁当がいる。
 お弁当つくるめんどくささもあって、いっそのことお盆明けまでお休みにした。


 朝、遅めに起きる(8時頃)
 ごはん、支度、パパちゃん見送り、
 夏休みの宿題、
 済んだら本読み、高校野球見ながらキャッチボール
 夕方昼寝

 という夏休みの小学生黄金のタイムテーブルで過ごしておられる。

 こっちは身動きがとれねぇ。仕事にならねぇ。

 仕事で出かける日はばあちゃんが見てくれるんだが、仕事っつーのは出かける日だけで完結しておらず、その前後に調べたり考えたり準備もいろいろあるんだよ。

 息子が宿題をしている間に集中してこなす。
 が
 「おたすけマーン、ちょっとー」と呼ばれる。
 こんな簡単なことがなんで分からんのか!と怒鳴りたいのをこらえて解説。
 席に戻るとどこまで考えてたか、思考が寸断されている。くー(泣)
 
 洗濯機の中にそのままだった洗濯物を干したり片付けたり息子の相手をしているともう昼だ。
 自分一人のいいかげんな食事というわけにいかず、なにやら作って食べさせる。 
 片付けてパソコンに向かうが「かーちゃんなんか空き箱ないー?」とか「空き缶はないか」とか言ってくるし。何するのかと思えばちょきちょきなんか作り始めてるし。
 さてちょっと買い物にいこうかと思ったら息子寝てるし。
 思うように動けません。


 つけっぱなしの高校野球をぼーっと見ながら思った。

 高校生の頃、なーんにも部活しなかったなぁ。
 ああやって汗と涙の青春なんかなかったなぁ。
 ぽかーんとした青春だった。

 なんか夢中になってやっとけばよかったかなぁ。
 めんどくさかったんだよな。

 そうやって、選択しなかった過去を、どうしようもなく振り返る。

 そのかわり、休みのたびに親と旅行したり友達と遊びに行ったりはしたよな。
 選択した事実は案外忘れているもんだ。
 それはそれで、よかったんだと思う。

 今も、息子とちんたらぐずぐずするという選択してここにいるわけで、
 そうしない選択肢もあるはずだ。
 でも、自分はこっちを選んでいる。

 今2年生、まだかわいいのだ。
 ほったらかしとくとすぐ調子わるくなるし、弱くて手もかかる。
 かーちゃんかーちゃんと抱きついてくる。痛い時はずっと膝にだっこだった。
 声も幼くて、くっだらない面白いことばっかりしゃべったり、歌ったり、
 
 これ、今はそばで見ていたいなあと思う。

 もうすぐ季節は移って行く。
 たくましく大きくなっていくんだろう。かーちゃんもあんまり必要としなくなっていく。
 その頃、今を振り返って、ああ、可愛かったのになぁと懐かしく思うんだろう。

 公園で、よちよち歩く赤ちゃんの手をひくママを見ると、後悔のような気持ちが湧いて起こる。

 そのころの息子は保育園だった。
 日々慌ただしくて、よちよちにつきあってられなかった。
 ベビーカーか、車のチャイルドシートに載せて目的地まで最短で行く日々だった。

 陽だまりの中を、手を引いて、よちよち、あるく息子の姿を思い出せない。

 もうこれ以上思い出を欠損したくない。
 そう思うから、今は今はこうしていたいと思う。


 今親も元気にしていて、自分自身も体力も機動力もあり、やりたいことができる最高の季節のはずだ。力を出して、世の中や誰かのために働くべき時だ。
 やがて体が動かなくなって、ぐずぐずしていた若い今を思い出して後悔するかな。

 選択した今日、選択しなかった人生
 日々選んで捨てて、生きている。

 毎日毎日代わり映えしない、夏休みの長い一日。
 遠くの先も、昔も、かすんでよく見えません。

 今は今だけを。今晩なんのおかずにしようかと、それだけを考えよう。


 酷暑の折、皆様ご自愛くださいませ。


 

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