« 2012年8月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年9月29日 (土)

MANNISH BOYS 斉藤和義×中村達也 @広島

 MANNISH BOYS
 2012年09月28日(金) 広島 CLUB QUATTRO
 行ってきた。

 仕事を片付け、なんとか会場オープンに間に合った。
 整理券番号はわりと早く、ステージの前からつめかける列に続いて立った。
 センターの前から2ライン目くらい。近い。
 しかし始まるまで1時間立ちっぱなし。
 後ろに座ればよかったかなぁ・・・
 博多から見に来た友人と話しこむので幾分気がまぎれるがもうすでに座りたい。

 やっと開演。
 MANNISH BOYSの二人が顔を出すと、フロアの客が一挙に前に押し寄せる。
 むっぎゅ〜〜〜〜
 ぎやあー
 無理無理もう無理

 二人がひっこみ、お友達バンドが出てきた。
 この先、2つも出るのだ。
 もう帰りたい

 失礼ながらそのお友達バンドのことなんにも知らず。
 スカパラの人だよとか、なんとなくそうかと見る。
 そのうちリズムにつられて気持ちよく身体が動きだす。

 しかし密着度半端ないぜ。
 誰かずーっとおんぶしてたし、わたしもほぼおんぶされてる状態だった。
 ふりあげた拳のおろしどころがないぜぇ。
 
 やっと終わった。

 次はお兄ちゃんがひとりギター抱えて出てきた。

 もうしんどい。

 お兄ちゃんはいきなり歌詞をまちがえた。
 歌い終わると

 「あああーーーー緊張する!靴脱いでいい!?」
 とブーツを脱いだ。
 「他のメンバーが背が高いから、無理して高いくつはいたら浮き足立っちゃって、緊張するする」


 緊張するその状態をどう解消するかで、その後が決まると常々思う。
 緊張で、とりつくってよく見せようとして肩をいからせてしまうと、永遠に心は開かない。
 緊張してる!どうしよう!と正直に表現したら、しょうがないなぁ、がんばれよと思い始める。

 彼は後者だった。
 
 「もう、俺のこと知らないしむしろ俺のこと憎んでるひともいっぱいいると思うんだ、
  この年になってまさかの出演者最年少だし、もう、死ぬほど緊張する」

 で、
 「あのう、被災地に行くとき必ず歌う曲です」と歌いはじめた。
 バンドだと、スケジュールを合わせるのたいへんだし、ひょいっと1人で行くんだと。

 最後に笑うのは、正直に生きてるひとだ・・・
 というような歌だったかな。

 初めて聞く曲だったけど、だんだん響いてきた。

 ベースの人とキーボードの人が入って、どんどんリラックスして、
 やっべ楽しい!といいながら歌っていた。

 最高に盛り上がったラスト、と思ったら

 ここで終わったら絶対完璧なんだけど、もう1曲、どうしても歌いたいんだ、
 こうやって歓んでもらえるんだったらおれ、チ○コでも何でも出すよ。
 そんなもんぐらいぜんぜんかまわない、
 だってこんなに聞いてくれるんだ、

 「あのさ、敵がでかすぎるんだ。
  沖縄に行っても、オスプレイ反対ってデモしても、
  その声は誰にも届かなくって、
  自分はつくづく
  ほんとに
  自分の無力さにいやになるんだ。
  だけど、
  歌うことで、だれかの心に伝わるかもしんないじゃん、
  だからもう1曲、歌わせてくれ!」

 その曲は渾身の曲だった。
 
 あの!
 ぜんぜん無力なんかじゃなーい!
 と叫びたかったんだけど、声が出せなかった。

 細美武士という人だった。(ほそみぶし じゃなくて ほそみたけし)

 あのう、だれだかわからない人でも
 その人が心を裸にして、渾身で放つものは
 なんか心にまっすぐ届く。
 それは音楽の力なんかなぁ、と思った。
 音楽の力、
 ギター一本身体ひとつで持ち運びできる力
 いいなぁ、と思った。


 本命のMANNISH BOYSが登場。
 前に殺到してきてもう、死人が出るかと思った。
 もうもみくちゃ。
 しかし発見した。
 自分がもっとも激しく動けば、周りの動きを制することができる!
 40越えの運動不足の肉体にむち打ってタテジャンプですわ。

 斉藤くんのギター、マイクに通る前の音が聞こえる。
 マイクに通る前の声が聞こえる。
 弦の上を動き回る指がほんとに綺麗。

 いやあ、ここのクワトロはほんとに気持ちいいっすね。
 広島最高!!!


 しかし、ライブって刹那いねぇ。

 上気したお客は順々にエレベーターで下界に戻っていき、
 メンバーたちは興奮の醒めない頭を、広島の夜の酒でなぐさめるのだろう。

 朝になれば、
 身体に残った重い乳酸と、ぼんやりした昨日の興奮。

 なにひとつ確かなものなんてないよな

 などといいたくなる曇りの朝だった。


 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月19日 (水)

玄米考

 先日から玄米を炊いて食べている。

 我が家にはなんと圧力鍋がないのだが、
 「びっくり炊き」というのを知って、土鍋でやってみた。

 長いこと水にかさなくても、いきなり炊いていいそうだ。

 そうめんとかうどん茹でるとき、びっくり水を差しますよね?
 あれと同じで、炊きあがり寸前に冷水を入れて、玄米のかたい部分にひびを入れるんだそうだ。
 
 そうやって炊いたら、案外ふっくらもっちりで、旨いぞ。


 なんでいまさら玄米か。

 この夏、ちょっとごはんが美味しくて、自分史上最高体重を記録した。
 まさにオリンピックイヤー!
 ニューレコード!!

 ほんとに洒落にならない。落ちないんだこれが。

 今までは、なんとなく食べ過ぎて身体が重くなっても、
 ちょっと数日気をつけていれば、まあ、戻った。

 しかし40の声を聞く頃から、だんだん戻りが鈍くなり、
 もう、なんか戻らなくなった。

 年はとるもんだ。だれだってそうだ。
 40年も生きてくりゃあ、どっかにガタもくるもんだ。
 シミもシワも白髪も、
 くすみ、たるみ、
 やってきました、これぞ老化。

 いつまでも若くありたいとはちょっとは思うけど、
 若さに固執するのは見苦しいと思う。
 若さもみな平等にあったのだ。
 それを資源として活用できたかどうかは関係なく
 みんなに老化はやってくる。

 だから、おだやかに枯れていきたいとは思うけど、
 できれば健康に年を取りたい。

 この年になって痛切に感じるのは
 「喰った物が自分をつくる」という圧倒的な事実だ。
 無責任に喰い散らかした結果が、下腹に現れるのだ。

 むー。

 ねえ、最近新陳代謝がさー、やせないよねぇ、などと
 同級生に話しをすると、
 そう?
 とそんな風でもない。
 
 「玄米食べてるのがいいのかな。」

 え?玄米?

 そう、すっきりさっぱりしてる人が、みなさん玄米食べていると言う。
 ほうほう、玄米、いいとは最近いろんなところで聞いておったが・・・

 玄米食べたらどうなるのでしょう。

 のっぴきならない現実が、背中を押して玄米喰ってみることにした。

 でも、玄米ってどこで買えばいいのだ。
 スーパーには、白米に混ぜる雑穀しか置いてない。
 精米したてが売りの米屋で、精米はいいですからと玄米を買った。

 それにしても、玄米食というのは、さまざまな波紋を呼ぶね。


 なんかさー、玄米いいらしいよ?と言うと、
 みなぎょっとした表情を浮かべる。
 「ああ、玄米ねー。いいらしいけどねー。」

 そこには、
 旨いものを喰うという快楽を取り上げる気か、という
 恐怖とか憎悪とか、そういうものを感じる。

 血のしたたる肉だとか、クリーム天国なスイーツだとか
 そういうもの厳禁のストイックな響きがあるよね、「玄米」。

 うちの母も「玄米・・・そういえばYさんが学校に持ってきよったよね」
 と苦々しそうに言った。

 小学生の頃、なぜかひとりだけ給食を食べず、お弁当持参の子がいた。
 てっきり病気かなにかかと思って気にもしてなかったけど、
 彼女のお母さんが玄米菜食主義だったのだそうだ。
 
 なんというか、玄米原理主義みたいになると、つらいね。

 玄米は身体にいい。そうだろう。
 身土不二、一物全体、それも納得。
 正しい、だから反論ができない。
 それはちょっとした暴力になり得る。

 よく知らない友だちからファミレスに呼び出されて、
 知らない「先輩」と、目をキラキラさせて
 「ね。だから一度、青年部の集まりに参加してみたらいいと思うの」
 などと2時間も3時間も入信の説得をされた、あんな圧力を感じる。

 宗教と食い物は、個人の自由だ。
 何を信じようが、何を喰おうが、人様に迷惑をかけなければ勝手だ。

 だから、わたしはあなたに「玄米いいよ」などと言う気はあんまりない。


 養生、豊かさ、健康、しあわせ、
 それぞれ、いろんなかたちがあっていい。


 それにしても、玄米食べはじめて体重がもとに戻った。できすぎてる。
 まあ、玄米喰ったらやせるんじゃなくて、
 野菜やほかの食べる物にも気をつけるようになったからだと思うけど。
 気に入ったので、当分続けてみるつもりではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年12月 »