2015年7月 1日 (水)

最後の夏だ

 7月朔日
 今年はじめての蝉の声を聞いた。

 あー
 夏がいよいよ始まるんだな。

 息子小学生最後の夏。
 「かーちゅわーん」と甘えてきて一緒に並んで歩ける(ほぼ)最後の夏なんだな。

 保育園から小学生になったころは、仕事で忙しくて
 ろくな仕事でもなかったのに忙殺されて
 ちゃんとかまってやれなかった。

 夏休み、留守家庭子ども会に毎日通わせるのと、毎日お弁当がいるのに参って、ある年から一緒に過ごせるようにした。

 仕事もいろいろ手放した。
 さっぱりしたけど収入も減った。

 昼飯は毎日麺類のローテーションで
 そーめん冷麺そーめんそーめん
 
 うんざりするほど長い夏休み

 8歳の夏休みはもう二度とない
 9歳の夏休みももう戻らない
 10歳の夏休みはあったはずなのによく覚えていない
 さて今年11歳の夏休み
 親と過ごす(きっと)最後の夏なんだろう。

 長いようで、気がついたら秋になってるんだろうな。
 人生って
 猛スピードで過ぎ去っていく。

 今日の日も、二度とない。

 そう考えたら、涙でてきた。


 幼稚園帰りの親子連れが立ち話してる。
 ちっちゃくてだっこできた頃ははるかかなた。
 
 じゃあ、今の息子との日々もはるかかなたと思い出す日が来るわけで
 今を抱きしめて離したくないけど
 するりと脇をすり抜けて季節はすぎていくのです。

 今日学校から帰ってきたら
 できるだけ笑って話をしよう。
 がみがみ言うまい。
 ねちねち責めるのはやめたい。

 やつの将来を期待して、やつのためだと思うからこその
 ガミガミやネチネチなんだが
 そんな思い出はいらん
 笑って愛しい時間を過ごしていたなと思いたい。
 後悔したくない。

 自分の中で作り上げた、ほんで他所の子と比べてでっちあげた
 りっぱな小学生像を押し付けるのはやめよう。

 いまはやつはまだほんとに子供で、幼くて、甘えてて
 だからいろいろ何事も本気になれていないけど
 きっと
 パーンと手を振りほどいて
 後ろも見ずにどっかに行ってしまう。

 だからいまは、心配しないで楽しくしていたい。

 と言い聞かす。
 なみだでる。

 よその優秀なおかあさんみたいにきちんとしてやれなくてごめん。
 それをおまえのせいにしてごめん。

 こんな母だし家庭だから
 どうしてもアウトローな暮らしになりますし
 それがいいのかどうなのか
 自分のことじゃないから判断つかないんだけど
 仕方がないので
 せめて笑って仲良く、うまいものを食べて暮らそう。

 もうしばらく、そうしよう。
 今年の夏は、うんと一緒にいたい。

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2014年5月31日 (土)

運動会 = 社会

 息子の運動会でした。
 午後の息子の出番も終わり、それぞれのばあちゃんも帰るというので自分も帰ってきた。
 プログラム的には最後の5・6年生男児のリレーが花形だが、息子が走るわけでもないのでもういいやと思って帰ってきた。

 小学生のとき、運動会だいきらいだった。
 そのころは夏休み明けから練習がはじまり、酷暑のグラウンドで砂まみれになって怒られながら、踊ったり走ったり、好きでもないことを延々やらされるのが苦痛でたまらなかった。
 そもそも運動オンチで、足も遅かったし、組体操では逆立ちできなくて、ひとり三点倒立だった。屈辱。
 運動会なんか台風で吹っ飛べばいいと願う黒魔術を使いたい小学生だった。

 だから、今でも息子の運動会に行くのがなんとなくいやだ。

 オットは仕事で来られない。来られない人に見せないといけないのでビデオ係。ビデオで撮りながら見るって、見てるようで見てなくて、今までの記憶も曖昧。一度でいいから肉眼で集中して見たいと思うけど叶わない。

 よそのご家庭はさ、お父さんがビデオとカメラをぶらさげて走り回り、おかあさんは日傘をふりながら応援だ。そもそも開門を待ち雪崩のように入場し、保護者席のテント下にシートを陣取るのが正しい家族のありかただ。

 わたしみたいに、開会式も準備体操も終わった頃のこのこ行くようなやつに残された場所はない。

 承知の上なので、折り畳み椅子を手に日陰を探す。
 知ってるお母さんがたと、あら、こんにちは、などと挨拶をかわしながら漂流する。


 そう、お母さんがたと挨拶をかわす
 これがまた苦手。

 こぎれいな奥さんの隣には、休日のくつろいだファッションの素敵なご主人。
 わたしは、息苦しくなって帽子を目深にかぶりなおす。

 
 この息苦しさ、今に始まったことじゃない。

 息子が生まれてよちよち歩き出した頃、「公園デビュー」という言葉に恐怖した。
 子どもを公園で遊ばせつつ、お母さんたちは立ち話をして情報交換する、らしい。

 うちは保育園に通わせていて平日は公園どころでなく、休日もさっさと車にのせて実家に避難していたので、結局公園デビューすることはなかった。だって、見ず知らずのお母さんがたと一体何を話せばよいのか。考えれば考えるほどストレスになり、息子を公園で遊ばせた記憶がない。息子には悪いことをしたと思ってる。

 そして小学生になり、参観懇談の日。そこに未体験の「公園」があった。
 お母さんたちはすぐに誰かと誰かが仲良くなり、寄り添って立ち、ひそひそクスクスと話している。
 ああ、みなさん公園でそのスキルを磨かれていたのですね・・・しまった。

 立ちすくみ途方に暮れていたが、息子が仲良くしている子のお母さんが声を掛けてくれた。捨てる神あれば拾う神あり。

 それにしても、子どもがちゃんとしてるお母さんは、ちゃんとしてるなーと感心した。
 なにがどう、ちゃんとしてるのか
 慎ましくさりげなく出過ぎないファッション、ゆるく巻いた髪、そつのない笑顔、こんにちわーと手を小さくふりながら2、3人で輪をつくって、さしさわりのない会話の中から様々な情報を交換していく。
 担任の評判や塾の評判、宿題をどうやらせてるか、成績はどうか、生活態度やお友達の素行、そういうのをソフトな会話から探り合っている。そこで得られたヒントをもとに、子どもに全力を注いでいるんだろう。だから子どももちゃんと勉強できて字もきれいなんだろう。

 その輪の中にいても「へー」とか「ほー」とかしか言わないので、情報価値のないやつと思われたか、そういう輪に加わることもなくなってきた受験目前の5年生懇談会。

 高校生の頃を思い出す。

 当時もわたしはクラスの中で1、2位をあらそう遅耳だった。
 放課後おしゃれ女子たちに甘味処にさそわれ、「ねぇ、◎◎と◇◇がつきあってるの知ってた?」などと聞かされる。当然知らないわたしの「ええ〜〜マジで!」という反応を見て面白がるのだ。じゃあこれは?ええ〜〜!これは知ってるでしょ?しらん!そうなん!?

 色恋のアウトオブ眼中だったわたしは、そのまますくすく変な大人に育ったようだ。

 うまくやるってどういうことよ。
 ちゃんとした大人ってどういう人なのよ

 よくわかんないけど、わたしはそういうものから、いつもなんかどっかずれていた。

 だから、「ちゃんとした」家庭の「ちゃんとした」お母さんになれないという負い目があって、「ちゃんとした」お母さんがたとなにをしゃべっていいのかわからなくて、劣等感でくるしくなるのね。

 そういう苦しさがぎっしり詰まったのが運動会で、晴天でみんなの歓声が盛り上がるほど、心がくらくなるのであった。もうおうちに帰りたい。とツイッターにぼやいてたら息子の徒競走見逃すとこだった。あぶねぇ。

 運動会って、世の中みたいだな。
 みんなが「ちゃんとした」大人として今日を楽しんでいるのに「ちゃんとしてない」私の居場所がない。
 この社会のどこに「ちゃんとしてない」私は必要とされているのだろう。
 いらない子?

 などとくよくよする。からだによくない。

 息子が、そういう私に似なくてよかったと、心底思う。

 なんとなく、ほわほわ〜っと楽しそうで、太めながらに運動会を楽しんでる息子の様子だけが、わたしをちょっと安心させてくれた。


 まあ、下校すればそういう居心地の悪さも忘れちゃうんだけどね。
 だって、だーれもいない原っぱの方が空気もうまいしせいせいするじゃない。

 


 
 

 

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2013年5月25日 (土)

話し合った親子

この4月から塾に通いはじめた小学4年。
通わせて初めて、塾の新学期は3月からだったことを知る。
1ヶ月遅れで合流し、学校の授業とは月とスッポンの内容についていっている。

昨晩、はじめての模試の成績を持って帰ってきた。
学校ではそこそこ、と思っていただけに驚愕の成績だった。
息子も自分ではできたつもりでいたようでがっくし、
無言で早寝した。

いらいら、腹も立つ、不安、めんどくさい
酒で流してわたしも寝た。

4年生ともなると、因果を含んで話せばわかる、と過日ある方に教えていただいたので、ここはひとつ冷静に話そうと、朝起きて決めた。

着替えて、湯を沸かして、まあ座れと。
きたか説教と覚悟して息子もうなだれて座る。

大好きな、旨い、残り少ないお茶を淹れる。
心を鎮めるための特別茶だ。

まあ、どうぞ、と。

自分も茶をすする。 はー、うまい。

あのさ、
大人だってさ、
かーちゃんだって、勉強してるんです。
勉強、しなくても怒られないけどさ、
どんどん年をとるじゃない、
そしたら、どんどん退化していって
誰の役にもたたなくなるんだよ。
だから、本を読んだり、調べたり、考えたり、
大人の勉強は、だーれも教えてくれない勉強なんだよ。

小学生の勉強はね、それはたぶん、中学生とか、高校くらいまでそうなんだけど、
で、大学生の勉強はまたちょっと違うんだけど、
覚えてしまえば、できるようになれば、
あたりまえに、できてしまう勉強なの。
だから、できてしまうようになりさえすればいいの。
足し算とか、九九とか、
もうすらすらできるでしょ?
1年2年の漢字は、もうぱっと書けるでしょ?
身に付いたことは、あたりまえにわかるんだよ。
そのとき、わからないことを、そのままにしないで
先生でも、かーちゃんでも、
聞いてわかりさえすればいい。
漢字は、まあ、イチノメハは頁とかさ、口で言ったりしてさ、
とにかく出会った漢字は覚えてしまう。

悩んだり、しんどがったりするヒマがあれば、
やってしまえばいいんだから。

勉強できないのが駄目人間とか馬鹿とか、
そういうのはまた別の話しで、
ただ、勉強は身につけてしまえばできる。
それだけの話しなんだよ。
勉強ができるから賢いってわけでもないしね。


そう話していると、
説教嫌だなみたいな表情がだんだん
ああそうか、みたいな顔になった。

「わかった。」

うん。まあ、お茶でもどうぞ。


「宿題やるわ」

今までため息をつきながら30分40分かかってやってた漢字ドリル、
1問書くタイムを計るとだいたい30秒、20問で10分。
「え!たった10分?なーんだ!」
実際やって見ると15分かかったけど、
たった15分でやってしまえる分量だとわかった。
「ドラえもんの1話分じゃん!楽勝〜」

模試の間違い直しもした。
今はもうわかる問題、うっかりミスの問題、

『ここに23きゃくの長椅子があります。1きゃくに4人ずつ座ると、3人しか座らない長椅子が1脚できます。生徒は何人いるでしょう』
これ、どう考えた?

「えっとー、ひとクラスだいたい30人でふたクラスだから60人くらい?」

!!!! 計算しろや!!!

怒りがなんだかへんてこな感じで、爆笑にかわるじゃないか。


伴走は、ほんとにつかれる。


おっぱい、ねんね、まんま食べさせて、お風呂いれて
ずっと手がかかって、目が離せなくて
そういう時期をやっと抜けた!
やっとなんでもひとりでできるようになった!
わーい!

そう思っていたが大間違いだった。

ほっとくと、コロコロコミックしか読まない小学男児になっていた。

勉強を自分でがんばる、そういう実力がつくまでは伴走がいるんだな。
見てやらないとだめなんだ。

かーちゃんは、自分の悪あがきで精一杯、日々の暮しでいっぱいいっぱい、
息子がおろそかになっていた。

「ババアこっち見んな!」と言われるまであと数年、
今しかない、優先して、時間を割り当てて、
見てやらないと。


買い物に行く道すがら、とぼとぼ歩きながらいろいろ話した。

あのさあ、
勉強ってさぁ、
ほんとたいへんだよね。

「うん、かーちゃんも、がんばってね。」

うん。がんばるよ。

そんな1日だった。

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2013年4月18日 (木)

息子4年生

 4月で息子は小学4年生になった。

 4年生からは、預かってくれる留守家庭子ども会がない。3年生までしか通えない。
 つまり、放課後はまっすぐ家に帰ってくる。
 共働きの家は頭を悩ませることになる。
 4年生からの放課後をどうするのか。うちも悩む。

 息子はクラスの友人たちと一緒に下校できるし、さほど仲良くもない留守家庭仲間と児童館に閉じ込められなくてすむので上機嫌だ。
 しかもクラス替えでとっても仲の良い子と同じクラスになれた。まあ、2クラスしかないのでほとんどの子と仲良しだから、どっちにしても上機嫌だ。
 しかし母はこまる。

 家の合鍵をつくった。
 もし母が留守なら、これであけて入りなさい。
 とはいえ、自分で着替えておやつ食べて習い事に行くのは、慣れるまでもうしばらくかかりそうだ。
 だから、息子が帰宅してくるであろう時間には自宅にいるようにしている。
 先日も、合間を縫って家で待機していたのに、やつは学校から1時間かけて帰ってきた。15分の道のりをだ。友人たちとクイズをしながらゆっくり帰ってきたんだと。
 今日、野球の日だろうよ。
 「あ!わすれてた!」
 制服を脱ぎ散らかしてユニフォームに着替えて飛び出していった。

 留守家庭に通ってたころは、時間が読めたなぁ、
 5時帰りの日は5時15分に帰ってきた。
 その時間に間に合いそうになかったらお迎えに行く。6時半まで見てくれた。
 この夕方の1、2時間というのはものすごく貴重なんです。

 4月に入って、学校からのうっとうしいほどのプリントや提出書類や買いそろえるものや手続きや振込や、なんやらかんやらで手をとられた。
 夕方もやつの帰宅時間に拘束されて自由に動けない。
 母はイライラMAX、思うようにできないのは超ストレス。
 放課後を埋めるように塾にも通いはじめた。
 学校とは違う、「回答のテクニック」を教えるその内容はぐぐんと難しい。
 先生がおもしろいらしく授業は楽しいらしいが、宿題がどかーんと出る。
 学校の宿題、塾の宿題、やめたらいいのに玩具みたいな付録目当てで続けている通信教育教材もある。ひーひーいいながらこなしている。

 今どきの小学生は忙しい。
 わたし、こんなに家で勉強してたっけ?(してないからこうなってるのだ)
 自由に遊べない小学生ってかわいそう。早く自由な大人になんな。


 ある夜、もう寝なさいとベッドに連れて行くと、かーちゃんも一緒に寝よう、パパちゃんも呼んできて、という。いやいや、これからやることが山ほどあるんだよ寝てなんかいられないよ、はいおやすみ、というと
 「ぼくはみんなといっしょに寝たいんだ!!わぁーーーー」
 と声をあげて泣き出したのでたまげた。
 こいつが泣くのは何年ぶりだ。
 ひょうひょうと楽しそうにしていた息子だが、やっぱり新しい生活とキリキリしてるかーちゃんとでストレスもたまっていたのかな。
 もう、その晩はすべてを投げ捨てて、息子と一緒に寝た。
 すん、すん、とすすり上げる息子はいつまでもわたしの手を握ったままで寝た。

 
 そんなふうにべったり甘えたい時もあるけど、めんどくさい時もあるらしい。
 
 今日は遠足だった。
 かーちゃんは早起きして弁当をつくった。
 私服で登校だったので、暑くなるだろうからTシャツと、ボタンダウンのシャツでも羽織らせるかと用意していた。が、息子は着ない。着ろというと、片袖通して身体が傾いたまんま固まっている。
 やつはボタンのついた服がきらいなのだ。
 なんでよ。
 とにかく、ボタンを留める服は着ない。
 とうとうかーちゃんはぶち切れて、好きにせぇ!と怒鳴った。
 タンスから、着たおしてよれよれになってもう小さくなったトレーナーを引っぱり出して着ていった。よりによってそれかよ!写真に残るだろうによ!おい!

 遠足から早々に帰ってくると、おいしかったー!と空の弁当箱を出して、手を洗い、宿題をちゃちゃちゃーっと済ませ、友だちと約束してるからーと飛び出していきそうになったのでおい!と言うと、
 「くつそろえます、ありがとういいます、かってなことしません、5時にかえります、いじょう!」と言い捨てて出て行った。

 と、思ったら帰ってきた。
 待ち合わせがうまくいかず、友だちがいなかったんだと。
 まだどいつもこいつも、ちゃんとしてません。
 あきらめずに公園に遊びに出かけた。

 小学生男子らしくなってきた。
 成長してるのだろうか。
 母はなんか釈然としなくて、腹いせのようにこれを書いている。

 
 

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2013年2月14日 (木)

君がうそをついた

 風呂上がりの息子の耳掃除をしてやろうとしたとき、
 こめかみあたりにひっかき傷をみつけた。

 赤ちゃんの時から、よく自分の爪で顔をひっかいていた。
 
 寝てる間にひっかいたのかな?
 ・・・そんな歳でもないか。

 この傷、どうしたの?

 「ああ・・・うーんとね・・・あれ?
  えーっと・・・わすれたなぁ・・・」

 どこか遠くを見つめ、眉間にしわを寄せて一生懸命「思い出そうと」している。
 
 「ああ、あのう、大休憩のとき、なわとびしてて、なわがびしぃってあたった・・・のかなぁ」

 ふーん、そう。

 それがウソだと、すぐにわかった。
 忘れたんじゃなくて、言い繕ったんだろ?
 
 これ以上聞いてもほんとのことは言わないだろう、とも思った。

 この先、何人の女にこんなふうに嘘をつき、すぐ見透かされて、窮地に立つのだろうか。
 息子のというか、男の浅はかさを思って気分が沈んだ。


 ここのところ、軽く誤摩化すことがちょいちょいあった。
 本読み、2ページくらい省略した。
 今日は宿題プリントが1枚なしになったんだと言い通した。
 えらいペケのいっぱいついた漢字テストが本棚の底からくしゃくしゃになって出てきた。

 かーちゃんに見つかり次第、その「穴うめ」相当のことをしなくてはならないので、どうやらあんまり効率のいいものではないらしいとヤツも気がついてきたところであった。

 ズルをするくらいならかわいいものだけど、
 これほど「隠す」のは、はじめてだった。
 なんかショック。

 やっぱり腑に落ちず、
 ヤツがトイレに行こうとドアを開けた時
 立ちふさがって頭を抱えて聞いてみた。

 この傷、ほんとはどうしたん?

 「・・・・」

 ケンカしたん?

 「・・・(うなづく)」

 怒らんけぇ、言ってごらん。

 「・・・大休憩のときー、なんかすごいうるさく言ってきてー、うるさいわーって言ったらー、もっとぎゃあぎゃあ言ってきてー、むししとったらー、たたいてきてー、手があたってー、いたーっていってー、やりかえしてー、つかみあいになってー、」

 誰と?

 「・・・Sくん・・・」
 
 ケンカしたこと、なんでかーちゃんに言わんかったん?
 
 「・・・・」

 かーちゃんが相手に怒鳴り込んでいくと思った?
 
 「・・・うん。Sくんがかわいそうじゃ・・・」

 どんだけ凶暴な母だと思っていたのであろうか。

 「でー、つかいみあいになってー、けってー、Sくんが泣いてー、ちょびが勝ってー、おたがいにごめんねって。」

 この上自分が負けたとわかったらかーちゃんが逆上すると思ってのウソかどうか、それはわからない。

 ベッドに入り、部屋を暗くする。
 
 けんかして、いやだった?と聞くと、
 「うん・・・だってね、Sくんずるいんよ・・・」
 なんだか遊びの中のいろんな理不尽なことに、今回ばっかりは耐えかねてケンカになったことを切々と話した。

 そっかぁ。小学生もいろいろたいへんなんだねぇ。
 そういうと、息子は声も出さずに泣いて、すすりあげていた。
 
 だんだん、かーちゃんにも言えない、秘密の小部屋が心の中に現れてくる。
 誰にも言えずに、ひとりで抱え込む闇がある。
 育てば育つほど、それは大きくなり、増えていく。

 かーちゃんが、それを無理矢理暴いたところで、きっとどうしようもないのだろう。


 息子の学年には何人か「問題児」がいて、教室からふらーっと出て行ったり、暴言暴力、毎日なにかしらびっくりするような「事件」がある。(そういうことは目をキラキラさせて報告する息子)
 先生方はその子たちの指導にくたくたなんだと思う。

 お母さんたちは心配する。
 そんなことでは授業にならないよね、
 おとなしい子には目が届かないよね、
 もう学級崩壊よね、
 他の子までつられて乱暴な口をきいて、
 この先高学年になって体が大きくなったら、どんどん歯止めがきかなくなるんじゃ・・・

 そう、話せば話すほど心配は大きくなって、
 なかには転校させることも考えた親御さんもいるらしい。

 そうだよねぇ・・・

 だけど
 この先、いろんな困難が目の前に転がるだろう。
 親が取り除いてやれることにも限界があるだろう。

 その困難を、どうすればいいか
 知恵を身につけてほしいと思う。

 やられたらやりかえせ、とは言わない。
 どうしたら、嫌な思いをしなくてすむか、痛い思いをしなくてすむか、
 自分で考えて、戦うなり逃げるなりしてほしいと思う。

 今はかろうじて、腕の中でべそべそ泣ける距離にいるんだけど、
 すこしずつ
 手の届かないところに行こうとしている9歳男子。

 かーちゃんはせつないけど、見守ろうと思う。


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2012年12月25日 (火)

サンタからの手紙 2012

 クリスマスであった。

 小学3年の息子はクリスマスが近づいても、いっこうにサンタへの手紙を書こうとしなかった。

 「wiiのソフトにしようかなぁ。爆丸にしようかなぁ。」

 昨年はもうえらい早くから決めて、サンタへ手紙を書いていた。
 家に入ってからベッドまでの侵入経路までも図に描いた親切手紙だったのに。

 イブの日、
 「ねぇ、サンタって今どこにおる?」というので、
 NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)のサンタ追跡サイトを見てみた。
 まだ旅立っていなかった。

 NORADのサイトにはいろんなゲームがあって、一緒にやってみた。
 流れるクリスマスのメロディーに、なんとなく盛り上がる。

 司令官とサンタがやり取りする動画を見て息子は
 「ええ?わたしは時速2万キロ出せるんですよ、ついせきなんかできるんですか? なめてもらっちゃこまりますよ、われわれのぎじゅつのスイをけっしゅうしておいかけるんですから、戦艦だってだしますよ!」などとアテレコしていた。

 やがてのろのろと書いた手紙には
 「サンタさんへ ばくがんのゼロムニキスとホロムニキスをください、あと、ここにサインをください。」とあった。
 配達証明のサインをしろと。

 夕方、準備が整ったサンタは北極を出発した。

 追跡サイトではニュージーランド〜オーストラリア〜台湾を経て日本上空へ、
 その様子をネット生中継で見ながらのクリスマスディナーははじめてである。

Img_3359

 「ああっ、広島きたよ! 次は横浜だって!」
 息子はそーーっとベッドを見に行く。

 「・・・なかった」

 あのさぁ、上空を通過しただけでさ、その地区のサンタが朝までに配るんじゃない?
 「クロネコヤマトみたいに? すごいねぇ・・・」

 風呂に入り、歯磨きし、

 「あのさぁ、サンタなんかいなくって、パパちゃんかかーちゃんが買ってると思っとったんよねぇ。でもさぁ、いるもんだねぇ−サンタ。」
 
 NORADの説得力は偉大だ。


 翌朝


 飛び起きた息子は必死でベッドのまわりを探す。
 布団をはね上げて、枕をどけて、
 「あっ!!・・・・ええ?」

 そこにはぺらっと薄い封筒が1枚。

 「なにこれ・・・」
 開封する息子。
 
 「・・・よめない・・・」


Img_3126

 うわあ!サンタからの手紙じゃない!?
・・・外をみてごらんって書いてあるよ!

 裸足のままベランダへ。

 「ないよ、あ、あっちのベランダか!」

 ばたばたばた

 「ない・・・外って、どこ?・・・」

 パパちゃんが
 「ちょび、新聞とってきて」

 新聞を取りにいった息子は、ドアをあけて固まっていた。

 「・・・じ、じてんしゃがある・・・」

 うわぁ!サンタさん、自転車くれたんだ!

 手紙を訳してやった。


ーーーーーーーー

 親愛なるりゅうへ

 わたしは君からのリクエストにどう応えようか考えたんだ。
 そして、ほんとうに君が必要としているものを持ってきたよ。
 テクノロジーのものは、誰かが用意した、せまくて小さい世界にすぎない。
 わたしは君に、外に出かけ、風を感じ、
 この世界がでかくて広いんだということをその目で見てほしい。

 メリークリスマス
 最もあたたかい願いをこめて
 サンタクロース

ーーーーーーーー


 英語で書かれたそのメッセージカードを、しみじみと眺めていた。
 
 「サンタから、手紙もらっちゃった・・・」

 すごいねぇ、かーちゃんもはじめて見たよ。
 大事にとっときんちゃいよ。

 「うん! たからものにする!!!」

 サンタクロース、ありがとうございました。

 「いやー、サンタさんいつ来たんだろう。かーちゃん気がついた?」
 いいや。

 「すごいよねぇ、サンタの手紙、ギアついた自転車・・・」

 しかしその自転車はちょっと大きすぎるようだった。

 「しかたないよ、サンタはぼくの身長とかしらなかったんだろうからさ。」

 ・・・まあ、すぐに大きくなるよ。


 そんなクリスマスでした。
 


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2012年6月 6日 (水)

やさしい入道雲

 野球教室の帰り道。

 ぼんやり夕暮れの空を見上げていたら、

 「あのさぁー、ちょびね、こう、イメージで考えたんよー。」
 
 ふんふん、なになに?

 「このまえさぁ、野球見にいったとき、にゅうどうぐもがおったじゃない?」

 先日、マツダスタジアムにカープを見に行った時のこと、
 山側にもくもく、でっかい入道雲が出ていた。
 あれがこっちに来てザーーーって降って中止〜とか、あははー、
 などと話していたが入道雲が球場にやってくることはなく、無事試合終了(負けた)。

 「あの山のあたりにはたけがあって、
 おじさんが『水がなくてこまった、どうしよう』ってこまってて、
 それを見たにゅうどうぐもが、
 『よし、雨をふらせてあげよう』って行って、じゃーって水をあげるんよ。
 で、『お、あっちは球場だな、行っちゃだめだな』って、こっちにはこんのんよ。」

 ふーん、やさしい入道雲だねぇ。

 「そうなんよ。そういうやさしいにゅうどうぐもばっかりだったらいいなーって思ったんよ。」

 そうだねぇ。

 

 夕暮れの雲は筋雲で、入道雲はいませんでした。
 
 風もさわやかで、ずーっとこうしていたい気持ちになった。

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2012年4月24日 (火)

自分をそこに見る

 参観日があった。

 国語の授業で、「ぼくのわたしの自己紹介」。
 事前授業で、紙に自分が好きなものやことをいろいろ書き出して、そこから1つのトピックを紙に書き出して発表するというもの。
 絵を描いた方をみんなに見せ、裏の作文を読む。

 「ぼくがすきなことは、サッカーです。サッカーをすると、たのしいからです。たくさんゴールをきめたいです」
 パチパチパチ
 「わたしのしょうらいのゆめは、おいしゃさんになることです。たくさんびょうきのひとを、すくってあげたいからです」
 おおー、パチパチパチ
 「ぼくのすきなきせつは、はるです。きもちがよくて、ちょうちょやはなが、たくさんあるからです」
 パチパチパチ

 息子の番だ。

 あれ?あれ?
 縦書きの紙なのに、横向きに絵を描いておる。
 友達に指摘されて横向きに出すと、うらの原稿が読めない。
 くるっくる紙をまわし、笑われ、本人も笑っておる。
 「ぼくがすきなことは、ウイーのマリオです。パパと、すてーじ2のボスがたおせないのでくやしいです。はやくボスをたおしたいです」
 パチパチ・・

 ゲームかよ!!!(参観保護者の心の声が響いたような気がした)

 そこにはテレビに向かって、ながながと横になってゲームに興じる馬鹿親子が描かれていた。

 かーちゃんは恥ずかしいです。

 「ぼくのしょうらいのゆめは、サッカーの日本代表になって、ワールドカップにしゅつじょうすることです。ぜったいに日本代表になりたいです」

 そんなリッパな夢を抱いてる子もおるわけだ。

 どこでどうまちがえたか。

 帰り道、自転車を押しながらとぼとぼ聞いてみる。

 「あのさ、なんでゲームにしたの?」
 「ぼく、すきなことっておもったけぇ、ゲームにしたんじゃけど、みんなぁ、しょうらいの夢とかはっぴょうしたけぇ、どうしようかなーってドキドキしたんじゃけど、Kくんもマリオ好きっていったけえ、ほっとしたんよ」

 あのなぁ、自己紹介ってのはな、自分がどういう人間に見られたいかをさりげなく表現する行為なんだよ。おまえが発表したことはな、ぼくはゲームばっかしやってるアホ人間ですって表明だよ、
 と言いたかったが我慢した。


 小学3年生。でかくなった。
 幼さがどんどん抜けてきた。
 言葉遣いも、話す仕草も、子どもだけどもう幼児ではない。

 そしたら、その姿のあちこちに自分が見えてきた。
 朝起きない。だらだら着替える。出したら出しっ放し。あいさつできない。素直じゃない。ふざける。子どもらしくない。
 自分のきらいなとこばっかしそこに見る。
 いやだ。
 8年、ほったらかしにして育ててきた結果がこれだ。
 もうぼちぼち、親の言うことも聞かなくなる。
 どうしたらいいのか。
 などと悩む。

 じゃあ、どんな子なら自慢の息子なのか。

 さあ?

 欲を言えば、なんかこう、夢中になってほしい。
 お友達は、将棋に夢中だったり、熱心にサッカーやってたりする。
 やつは野球習いにいってるけど、ぽわぽわ野球なので、老人倶楽部みたいだ。

 でもさ、自分だって夢中になれるものなんかこの人生にいっこもなかったじゃないか。
 だからこんな、野良犬みたいな川端クンクン人生なんじゃないか。
 それがいちばんいやだ
 息子には、なんだっていいから自分が好きで夢中になるものにのめりこんでほしい。

 
 などと心を痛めながら雑誌の片付けをしていた。
 暮しの手帳のバックナンバーを捨てるつもりで読み返してみたら、佐々木正美さんという児童精神科医の方が書かれたものが目にとびこんできた。

 「私たちは豊かさや自由に恵まれた環境の中で、いつのまにか、少しずつ、自己愛的で自分勝手な生き方に陥っているのかもしれません。
 そして子どもが望んでいることに心や手をかけてやるよりも、親や大人自身が希望し期待することのほうに意を用いる傾向を強くしてきてしまったのではないでしょうか」

 そのとおりでございます。
 いかんいかん、ますます親の期待するほうに意を強くするとこだった。

 「子どもというのは、自分で望んだことを望んだとおりに、どのくらいしてもらえるかということが、自立への基盤になります」

 「子どもの意思の力が弱い場合は、育てられ方の中に優しさが不足していたことがほとんどです」

 ああ耳が痛いです。

 こどもの「・・・したいな」の芽をむしってきたのはこの私かも。
 
 いやだ。いまからでも遅くはないかな。


 参観日のあと、骨折した友達を気遣い、松葉杖を持ってあげたりする息子の姿を見た。
 どの子ともなんとなくうまくやっており、どんなグループの遊びにも「いーれーて」と入れてもらえるんだそうだ。
 ちょっとした嫌がらせやけんかや暴力などというトラブルを耳にするようになったが、するりとかわして楽しそうにしているのは、大きな才能ではないだろうか。
 ごろごろだらだらしてるけど、鼻歌うたって上機嫌だから、まあ、いいのではないだろうか。

 ダメなとこにばかり目をやっていると、悲壮な気分になる。

 自分の中にもまあ、いいところがあるんじゃないかと思うようにする。
 息子もまあ、元気ならそれでいいかと思うようにする。


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2011年9月21日 (水)

森のリズム

 この連休、「島根県民の森」に遊びにいってきましたよ。

 そこの研修施設が、一般のホテルになってこの4月にオープンしたらしく、
 その名も「森のホテル もりのす」

 もりのす。 かわいい。

 夕食朝食はマクロビオティック。動物性タンパク質を使わないお食事が出ます。

 以前日帰りでこの森に遊びにきて、たいそう気持ちのいい場所で気に入っていたのです。


 今回は、まず昼にバーベキューサイトでバーベキュー。
 我が家史上初のバーベキュー。
 焼けるのか。

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 なんとか焼けました。というかむしろ炭火の偉大さに感動した。うまい。


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 しかし、火をおこしてご飯作る生活だと、一日のほとんどは飯支度だな。
 人生のほとんどは飯支度。
 今は便利に慣れちゃってるけど、サバイバル力の退化をつくづく感じる。


 芝生で遊んで、川のそばで昼寝して、森を歩いて。


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 「もりのす」、ご飯もおいしかった。
 昼に肉たんまり食べたので、お野菜だけの軽い食事でいいね、などと言っていたのだが、野菜だけであんだけ食べごたえのある食事になるんですねというボリューム。マクロビ見くびってました。

 部屋もお風呂もピカピカで、スタッフの方々も気持ちよかった。
 お風呂には杉の丸太が浮かんでて、抱えて浮いたり、いい香りがしたり。


 夜中はどしゃぶり。
 森中に降る雨の音、流れを増した川の音、体を浸すように聞きながら眠る。


 目覚めて、雨上がりの森を散歩。

 この森、「森林セラピーロード」とかで、木材チップが敷き詰められた路が森の中に続いている。
 薬草園や茶花、広々とした森をゆっくり歩くのは飽きない。
 ぬれた木のチップを踏みしめる、きゅっきゅっという足下の感触が楽しい。

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 森の空気を吸って、はいて、きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ

 ああ、どんどんおだやかになっていく。

 いらない感情が全部出て行く。さようならー。

 この感じを、森から帰っても、忘れないようにしたい。

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2011年8月 9日 (火)

ああ夏休み

 息子(小学2年)やっと元気になりました。

 7月の最後の水曜、「おしょうゆがしみる・・・」と顔をしかめる。
 なに、口の中噛んだの?と気にも留めなかった。
 翌日、仕事が遅くなり息子は留守家庭子供会から祖母にお迎えを頼んだ。
 迎えに行くと、「なんにも食べんのよ・・・」
 ええ?

 なんでも残さず食いっぷりのいいちょびなのに、なんにも食べないって・・・
 「いだいー・・・」
 見れば、ベロの先が真っ白になって、先がぱっくり割れていた。
 これは痛いわ。
 脱水がこわいのでアクエリアスみたいなのをストローで飲ますが、おかゆさえ食べず。

 翌日歯科医へ。
 塗り薬をもらって帰宅。

 「いだい〜〜〜〜いだいよ〜〜〜〜〜」
 痛み止めを5時間おきに飲んでも痛がる。
 我慢強くてめったに泣かないのにぽろっぽろ泣く。
 どうしようもなく、ただ体をさする。
 夜も寝られない。

 なにせなんにも食べない。
 おかゆもいや、卵焼きもひとくち、牛乳やお茶や野菜ジュースばかり。

 症状に変化のないまま土日を過ごし、
 あんまり表情が土色になってきたのであわててかかりつけ小児科へ。

 「うーーーん、口内炎はお薬塗って様子見るしかないんじゃけど、ちょっと検査しようか。」

 尿検査と血液検査後
 「おかあさん、こりゃ点滴せんと帰せんわ。1本じゃだめで2本やろうか。」

 なんでも、「アセトン」(ケトン体)の値が異常に高く、よく吐かなかったね、自家中毒で不思議じゃない状態だということだった。
 なんにも食べられず、低血糖で糖質代謝異常をおこしたらしい。
 点滴でよくなるから、とのこと。

 子供の点滴は長い。1バック2時間×2本。4時間ベッドの横で待つ。 
 その間も「いだいよぅ・・・いだい・・・」

 でも点滴するとみるみる元気になってきた。子供の体は正直だ。

 帰宅。しかし一体なにを食べさせたらよいのか。
 柔らかくのみ込めるもので栄養価の高いもの、
 ゼリー、いらん、豆腐、一口、卵豆腐、きらい、おかゆ、いたい、ヨーグルト、しみる、りんごすりすり、いだい、じゃがいものスープ、いらん、枝豆のすりながし、一口、パン粥、いらん・・・・

 じゃじゃっと炒めてがつがつ食べるようなご飯なら楽勝だ。
 なのに介護食ってほんとに難しい。
 あんまり食べられないからノイローゼになりそうだった。
 怒ったりなだめたり笑かしたり、一口でも二口でも食べさそうとそればっかり。

 翌日も点滴。でも痛がる。
 痛み止めは粘液を荒らすのでできるだけ我慢してね、と言われたし・・・

 困ってふらふらとスーパーをさまよう。なに食わそう・・・途方にくれる。
 薬局ものぞいてみる。
 すると、口内炎の塗り薬に「ジブカインが効く!」というのがあった。
 これって麻酔薬だから、しびれて痛みを感じなくなる。
 そしたら食べるかも!

 これが大正解だった。
 「いだい・・・」と言い始めたらすぐ塗る。しばらくすると痛みがわからなくなる。
 その隙に食べさせる!
 この作戦はうまくいった。みるみる食べる量も増えて行った。

 しかし丸々1週間、こんなに治らないのもおかしい・・・とのことで、大学病院の口腔外科へ。
 丁寧に問診・診療の結果
 「・・・しばらく様子を見ましょう。悪性のものではなさそうです。」

 2、3日して
 食べる量に勢いがついてきたら、しゅるしゅる傷が治っていった。
 正直なもので、あっという間だった。


 痛みも訴えなくなり、飲み物もストローなしで飲めるようになった。
 おそるおそる食べても、しょうゆもしみなくなった。

 「ああ〜〜たべられるしあわせ!」
 とごはんを噛み締める息子。  よかったね。

 すっかりよくなったのだが、両方のばーさんたちから「まだ体力が十分でないのだから留守家庭には行かすな」と釘をさされた。
 夏休みの留守家庭子供会は毎日お弁当がいる。
 お弁当つくるめんどくささもあって、いっそのことお盆明けまでお休みにした。


 朝、遅めに起きる(8時頃)
 ごはん、支度、パパちゃん見送り、
 夏休みの宿題、
 済んだら本読み、高校野球見ながらキャッチボール
 夕方昼寝

 という夏休みの小学生黄金のタイムテーブルで過ごしておられる。

 こっちは身動きがとれねぇ。仕事にならねぇ。

 仕事で出かける日はばあちゃんが見てくれるんだが、仕事っつーのは出かける日だけで完結しておらず、その前後に調べたり考えたり準備もいろいろあるんだよ。

 息子が宿題をしている間に集中してこなす。
 が
 「おたすけマーン、ちょっとー」と呼ばれる。
 こんな簡単なことがなんで分からんのか!と怒鳴りたいのをこらえて解説。
 席に戻るとどこまで考えてたか、思考が寸断されている。くー(泣)
 
 洗濯機の中にそのままだった洗濯物を干したり片付けたり息子の相手をしているともう昼だ。
 自分一人のいいかげんな食事というわけにいかず、なにやら作って食べさせる。 
 片付けてパソコンに向かうが「かーちゃんなんか空き箱ないー?」とか「空き缶はないか」とか言ってくるし。何するのかと思えばちょきちょきなんか作り始めてるし。
 さてちょっと買い物にいこうかと思ったら息子寝てるし。
 思うように動けません。


 つけっぱなしの高校野球をぼーっと見ながら思った。

 高校生の頃、なーんにも部活しなかったなぁ。
 ああやって汗と涙の青春なんかなかったなぁ。
 ぽかーんとした青春だった。

 なんか夢中になってやっとけばよかったかなぁ。
 めんどくさかったんだよな。

 そうやって、選択しなかった過去を、どうしようもなく振り返る。

 そのかわり、休みのたびに親と旅行したり友達と遊びに行ったりはしたよな。
 選択した事実は案外忘れているもんだ。
 それはそれで、よかったんだと思う。

 今も、息子とちんたらぐずぐずするという選択してここにいるわけで、
 そうしない選択肢もあるはずだ。
 でも、自分はこっちを選んでいる。

 今2年生、まだかわいいのだ。
 ほったらかしとくとすぐ調子わるくなるし、弱くて手もかかる。
 かーちゃんかーちゃんと抱きついてくる。痛い時はずっと膝にだっこだった。
 声も幼くて、くっだらない面白いことばっかりしゃべったり、歌ったり、
 
 これ、今はそばで見ていたいなあと思う。

 もうすぐ季節は移って行く。
 たくましく大きくなっていくんだろう。かーちゃんもあんまり必要としなくなっていく。
 その頃、今を振り返って、ああ、可愛かったのになぁと懐かしく思うんだろう。

 公園で、よちよち歩く赤ちゃんの手をひくママを見ると、後悔のような気持ちが湧いて起こる。

 そのころの息子は保育園だった。
 日々慌ただしくて、よちよちにつきあってられなかった。
 ベビーカーか、車のチャイルドシートに載せて目的地まで最短で行く日々だった。

 陽だまりの中を、手を引いて、よちよち、あるく息子の姿を思い出せない。

 もうこれ以上思い出を欠損したくない。
 そう思うから、今は今はこうしていたいと思う。


 今親も元気にしていて、自分自身も体力も機動力もあり、やりたいことができる最高の季節のはずだ。力を出して、世の中や誰かのために働くべき時だ。
 やがて体が動かなくなって、ぐずぐずしていた若い今を思い出して後悔するかな。

 選択した今日、選択しなかった人生
 日々選んで捨てて、生きている。

 毎日毎日代わり映えしない、夏休みの長い一日。
 遠くの先も、昔も、かすんでよく見えません。

 今は今だけを。今晩なんのおかずにしようかと、それだけを考えよう。


 酷暑の折、皆様ご自愛くださいませ。


 

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