ひとごとははかないものか
その人はとても上品で、うつくしい方だった。
研究に邁進され、人望も厚く
数分お話ししただけで魅了される方だった。
その方が、ふと悲しげな顔になり
「残ることをしなさいね。
人ごとははかないもの。なにものこらない」
とおっしゃった。
世の中に生きた証を、名を残す仕事を。
そうありたいとは思うけれど
わたしのしごとはまさにひとごと
バスの中でぼんやり眺めていた窓の外に
鮮やかな赤が目に飛び込んだ。
あれは、ピラカンサス
小学生のとき、先生に教えてもらった名前。
毎年、賀状をいただいていたが一昨年に途絶えた。
亡くなったのだと聞いた。
ヤシャブシ、オオイヌノフグリ、ママコノシリヌグイ
名前のわかる植物を見るたびに
先生のことを思い出す。
そう、こんなこともあった。
大学のとき、フランス文学の最後の授業で先生が言った。
世の中で忘れられない味が二つある
ルアーヴの港にあがったばかりのバレンシアオレンジと
母親のおにぎりだ、と。
行ったこともないフランスの港町の、鮮やかなオレンジ色と
その香りを想って、何よりも憧れた。
数十年経つ今も、新鮮によみがえる。
わたしをつくっているものはすべて
こういうものたちだ。
ひとごとははかないものか。
わたしは、
いろんな人からいただいたひとごとでできている。
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