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2009年7月28日 (火)

自分ごと

 黙っていてもそれを差し出せば、代わりに語るものをつくれる人っていいなあとずっと思っている。

 茶師もそうだ。100の蘊蓄を語るより一椀の茶の中に宇宙があるわけで、飲む者はみな刮目する。

 パティシエもそうだ。ケーキなんて元は卵、粉、牛乳。素材の鮮度やクオリティもあるだろうが、どう混ぜどう焼きどう飾るかでどうしてこんなに違うのかと思うほど個性が出る。

 デザイナーもそうだ。わがままなクライアントのためにたとえ6案つくろうとも、A案がええねという納得を勝ち取る。黙っていてもだ。

 どれも、言葉のいらない濃密なコミュニケーションができているからだ。

 わたしの仕事はなんだ。
 あなたはなにをつくる人ですか。

 ディレクターという仕事で言えば、聞くことが仕事だと思う。
 よく聞くためには正確な質問をしなくては聞くことができない。よくしゃべる人の話に耳を傾けているだけではだめで、流れる水面の下に淀む本当のことを知りたい。それができたら、それをデザイナーやカメラマンやいろんな職能に助けてもらって叶えたい方向にむけてつくっていくことができる。

 もうひとつの仕事は対話だと思う。明るく楽しげにその場を盛り上げることもするけれど、よく聞き、知りたいと思い、感じたことを話すことで、聞いた相手によい変化や気付きをもたらしたい。井戸のポンプを最初に汲み上げる時、ポンプに水を満たす。それを呼び水というのだそうだがそんな水になりたいと思う。

 そしてもう一つ、こうして書くことも自分を支える大きな仕事だと思う。思ったことを胸にしまったままでいると行き場の無い水のように腐ってしまう。見えない言葉は風に乗って消えてしまう。それを定着させることで想いの輪郭がはっきりしてくる。自分で自分を確認する作業だ。それがあるから聞く精度と対話の精度を上げていけると思う。

 しかし、自分はなにひとつできないと思っていたい。

 人を啓蒙することができる、人に影響を与えることができる、そう思ったときもう聞くことも対話することもできなくなると思っていたい。

 自分や、自分の所属する物は正しくて正義のために働いていると思いやすい。
 真面目に仕事に取り組む人ほどそうだと思う。
 自分がやっていることに正義を感じなければ嘘だという考え方もあるだろう。
 しかし自分の持った松明が明るく隈無く照らすことに歓び、自分の背後に闇があることには気がつかないようにしてはいないか。

 取材させてもらうと口ではいいながらどこかで取材されるものはみな喜ぶと思っていないか。こんなすばらしい媒体に取り上げられてあなたラッキーだと。それを拒むものにはなぜですかこんなチャンスを棒に振って分かっていない馬鹿じゃないかと思っていないか。

 人は他人のことをそう簡単にわからない。
 ましてや、そのひとの気持ちを200文字程度で、30秒ぽっきりで、表現できるわけがない。

 それでも、伝えたいと思うなら。
 分からないでも知りたいしかし知ることでそれを知らしめることでその人にとって幸せな結果になるのだろうかという答えのない問いを立てつづけなくてはならないと思う。

 軽口の、軽薄の、気軽の、軽妙の、言葉をあやつる責任として自戒をこめて。

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