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2011年3月17日 (木)

できること

 311から1週間。

 普段通り、仕事をしなくてはと思うけど、なにか胸につかえていて苦しい。思うように手足が動かないし頭が回らない感じがする。ふう。

 自分には一体何ができるんだろう・・・義援金くらいだよな・・・

 コンビニのレジの横には、すでに「東日本大震災義援金」の募金箱がおかれていた。
 チャリン と小銭を入れるが、虚しかった。
 被害のあまりの甚大さを目の当たりにして、こんな小銭のなにが役に立つのかと。

 ユニクロの社長はどーんと10億寄付したんだそうだ。
 できるもんならしてみたい。
 しかし家族で喰っていくのが精一杯だ。
 でも喰えているなら小銭でも、とにかく今はないよりまし、とは思うが・・・

 デパートの前には、かわいらしい幼稚園さんくらいの子がずらっと募金箱を持って立っていた。
 「ワン、ツー、スリー! だいしんさいのぼきんです!よろしくおねがいします!ワン、ツー、スリー、」

 信号待ちの大勢の人、あまりサイフを出す人がいない。カメラを構えた大人が、誰かが募金する様子を写そうとしているからかもしれない。たったこんなはした金で、いいことした風に思いたくもないし見られたくない、そう思うのかもしれない。募金って難しい。

 ひとまず、サイフだして小銭つかんで、2、3人の子の箱にチャリンと落としながら、がんばってね、と言った。

 きょとんとした子たち。どんな意味があるのかよくわからないまま、箱を持っている感じだ。
 この子くらいの子供も波にのまれたんだろうな。

 この小銭が、小さな小川の流れになって、必要とされる場所に注ぐのはいつなんだろうか。
 今、資金が必要な団体はどこなんだろう。テレビで、避難所で人を診る「国境なき医師団」を見かけたので、そこに送金する。

 まだ、1週間。必要とされるのはもう少し後かもしれない。よくわからない。

 西日本の人間は、元気にはたらいて義援金! それしかやりようがない。

 しかし、募金の心理的なハードル「こんな小銭がなんの役に立つの」「偽善っぽい」を払拭し、よっしゃ小銭でもじゃんじゃん入れようじゃないのというムードを作れないものか。

 広島なら、たる募金だろう。
 たる募金は、原爆の焼け野原から復興の象徴として市民球場をつくり、カープを応援するために市民がはじめた募金。
 この、「復興の底力」となった募金、という歴史こそがカギ。

 新球場建設の時にも、1億円集めて行政を動かすことができた。

 そういう募金の成功体験をもっている、広島人にとっての象徴が「たる」。特に年配者。デパートに募金に使われたたる展示したらお金入れてたらしいし。

 あの、たるって、募金箱と違って中のぞき込めるのがいいのよね。お、けっこうたまってんなー、千円札もあるわ、なーんて見えて、ちりも積もると山となるんじゃねって説得力があるというか、心強いんだよね。

 このたる募金の目的は、義援金を集めることが第一義だが、副次的に大きな意味を持ち、絶対外せないのが、広島人を元気づけることだと思う。
「義援金送ってついでに景気回復」「広島にまかせんさい」
「焼け野原から復興を果たした広島からのメッセージを、東日本に届けようや」
という合い言葉のもと「たる募金」がはじまると、元気なキャンペーンになると思うのだ。

 そこには、そういう気持ちにさせるコミュニケーションがいる。
 ほら、広島のクリエイターの出番じゃないか。

 ツイッターでは、募金箱のデザインや、自由に使えるアイコンデザイン、節電コピー、買い占め止めようコピーなど、「自分にできることはないか」と考えたクリエイターたちが智慧をしぼっている。

 そんなふうに、考えたことを、人に話したりする。

 こんなとき、自分の今までのあり方を悔いる。
 あらゆる団体に属さず、アウトローで、一声かければ響いてくれる力もなく。ああ無力。

 なーんて言ってても仕方ないので、できることからする。

 今日母と話しをしていたら、「荒神市場にたる置いてあったよ。球場の募金したときに使うたたるじゃと。“やっぱり募金ゆうたらたるじゃけぇ”って言いよっちゃったよ。」

 さすがー。うだうだ考える前にたるを担いで出してくる。そうじゃないとね。

 とにかく、募金箱を見たらすかさず小銭投入作戦でいく。やや太めに細く長く。



 

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