高松あたりなど
この連休、高松方面に遊びにいってきました。そこで感じたことなど。
○すぐやる活力
高松で行ってみたかったのが「街のシューレ」。
何でここを知ったのか覚えてないけど、ぜひ見てみたかった。
高松三越近くの駐車場に車を停め、商店街を歩いた。今アーケードの改装工事中らしいが、ガラス張りのドームや、いろんな路面店など、どこかヨーロッパの街並みのようだった。(行ったことないけど)
そしてそこで、こういうポスターを見かけたのだ。
http://twitpic.com/4bcdd4
これ、ツイッターで見かけたんだけど、こういうことらしい↓
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「さとなお」@satonao310 氏 2011.3.13
皆さま、森本千絵デザイン、石川淳哉/佐藤尚之ディレクション、松永有子/押井猛協力で、このようなマークを開発しました。海外の義援金募集リクエストに応えたものですが、使用されたい方がいらしたらご自由にどうぞ。http://bit.ly/eZEiNB
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このマークはここでダウンロードできる。
震災後、自分たちにできることはなにかと考えた広告クリエイターたちの行動力の結実。
その流れをツイートで追いかけていたので、あ!あのマーク使われてるとポスターを見たのだった。
そして、そのマークをつけた募金箱が、その商店街のお店に置かれていた。「街のシューレ」にもあったので、カフェでお茶をいただいたおつりを入れてきた。
この商店街の誰かが、ツイートで知ったこのマークを使って、商店街のキャンペーンとして立ち上げて、募金箱を置いた。
マークを作った人々の素早くて熱い思いに共鳴して動いた人がいた。
なんというか、この商店街の活力の理由を見た思いがした。
すぐやる。 腰が重い自分への戒めとして。
○「街のシューレ」
素敵でした。ここに住みたいくらいだった。
思ったより広かった。カフェやギャラリーやショップがゆるやかに区切られて、その真ん中に教室となるスペースがある。一段高くステージのような広場のような感じで、キッチンがついてる。檸檬がなってる大きな樹がある。
その横に鳥かごがあって、インコのまるちゃんが鳴いてる。讃岐弁を勉強してるんだって。
扱われているものの確かさや素敵さは言うまでもないが、売るだけに留まらない。
「「シューレ」は「学校」や「学び」を意味する言葉。
お店に来ていただくことが、衣食住というライフスタイルの学び場と
なるような、そしてまちなかで緑や風や自然を感じていただけるような、
くつろぎの場所をつくっていきたいと思っています。」
そのようになっていました。3時間くらいいた。
いいなぁ。この「いいなぁ」はなにからできているのか。勉強になるなぁ。
○余白
ちょっと足をのばして、古民家を利用したレストランに行ってみた。
土地勘のない場所のドライブなので、予約時間に遅れてしまいそうになり電話をした。
もう30分は待つがそれ以降遅れると団体客が入っているので無理とのこと。
大慌てで向かう。ギリギリ到着。
そこは「古民家」というより、文化度もお金持ち度も高かったであろうお屋敷だった。
立派な母屋と離れがあって、美しいお庭もあった。
赴き深く花もいけてあった。
どのくらい後から手が入ったのかわからないが、モダンで美しい設えだった。
太くて立派な梁だった。
つぎつぎ、皿が運ばれてきた。このあとの予約で忙しいんだよね。
スタッフの女性はてきぱきとはきはきと明るく的確に対応し、料理を説明してくれた。
美味しくいただいて後にしたのだが。
なんともいえない感じで黙る。
いろいろ聞きたかったなぁ。このお屋敷はどういう経緯でレストランになったんだろう、母屋はどうなってるのか、箸袋やロゴのデザインかっこいいですねとかさ。
そういうのを、一切受け付けない感じがあった。
きちんと、的確に、明るく、大きな声で、
そういう「よくできる」こと以外にも、大事なことってあるんだな。
自分も、相手を黙らせるキリキリピシャリをやってしまいがちなので、余白って大事だなと思った次第。
○みんなの遊び場
行ってみたかったシリーズ、「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」に行った。
ちょうど「杉本博司アートの起源」もやっているし、見てみたかった。
ミモカって親しまれてるんですね。
丸亀駅のど真ん前の、ぱっくりオープンな場所にあった。
ちょうど日曜だったので、なんかいろんな雑貨なんかのフリーマーケットがひらかれていた。
アコーディオンとバイオリンの陽気な演奏がはじまったり、あいにくの雨だったけど、みんな楽しそうだ。
その横で、自然な感じで震災義援金の募金もしていた。
館内も、老若男女いろんなひとがいた。
現代美術館という、わからん難しい高尚な、という三重苦的イメージを軽々払拭してるかのようだった。
気軽に行けて、楽しめて、なんだかわからないけど感動して、心が躍る
そういう場所っていいなぁ。
カフェでは、特別展にちなんだ「五輪糖とほうじ茶ラテ」をいただいた。
讃岐和三盆で杉本氏がデザインした干菓子。
重ねるとこうなる。
下から地、水、火、風、空を表してるんだそうだ。
茶席でこのかっこうで出されたら、正客から順に、上から取っていただくのよね。楽しいお菓子。
そう、常設展示のパンフレットの、猪熊弦一郎氏の「残された言葉」がよかった。
「絵として美しいもの」、猪熊氏が考えた美しい絵とは、新しい美とは、という問いに呼応する形でまとめられた著書やインタビューからの言葉。その一節。
「新しさということは自分です。自分を一番出したものが新しい。昔とか今とかいうんぢゃないのです。他人の持たないものが出る。それが新しいということです。(「猪熊弦一郎氏と語る」佐波甫『教育美術』12巻1号1951.1 12-20P)」
自分の新しさ、役に立てる力を出したいと思う。
○素敵デザイン
シメはやはり温泉である。
仏生山温泉、というとこに入湯してきた。
源泉掛け流しのマニアックな温泉に行くと、たいがい年期の入ったご婦人方がほとんどだったりするのだが、ここはこの通り、おしゃれで素敵。そのせいか、若い人が多いのにびっくりした。ぴちぴちした女性が友達と連れ立って入ってきては、湯船でガールズトークを咲かせていた。ロゴもかわいくて、グッズ(石けんとうちわ)つい購入。
お湯もぬるっぷるん系、低温浴では炭酸の泡が身体にまとわりつく。いい湯でした。
ものすごくいい湯なのにおどろおどろしいとか、循環カルキ臭いのに演出が上手とか、それは温泉だけに限らない。
デザインばっかし素敵でもしょうがない。でも中身の良さをよりよく伝えるデザインがなされていたらもっといい。そのデザインってのは、「意味」が含まれていなくてはだめで、感じがよいだけだとさみしい。へたすると、デザインで年齢性別をふるいにかけてしまうこともある。そういう機能を求めるならいいが、知らず知らず敷居を高くしてしまうと残念だ。
そんなことを考えながらゆだるほどつかって、広島に帰ってきました。
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