I♥エンスー Vol.6 ツバメのように
中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。
【2008.5.7 掲載】
5月になると、彼女とのドライブを思い出す。
彼女はとてもおしゃれで、美味いものに目がなくて、
いつも新しい音楽を聞いていた。
「ねえ、ドライブに行こうよ」。
遠くの街の、森の中にあるパン屋に行こうという。
彼女はマニュアルミッションの車に乗っていた。
自分で車を思う通りに操るのが楽しいのだそうだ。
そして彼女は、裸足で運転していた。
ほんとうは、なんかの条例違反かもしれないし
危ないので裸足はいけないと教習所でも教えられた。
だけど、脱いだサンダルを後部座席にぽーんと投げて、
裸足でアクセルとブレーキとクラッチのペダルをさばく。
なんで裸足なの?
わかんない、もうなれちゃった。
彼女の体はちっちゃいので、座席の位置もハンドルに近い。
「気持ちがいいね!」
全部の窓を全開にして、5月の風を体中に感じながら、
彼女は、音楽にあわせて踊るように車を走らせていた。
そういえば、フランソワーズ・サガンもたしか、裸足で運転してたんじゃなかったっけ。
スピード狂で、生死にかかわる事故も起こしたんだった。
破滅的な生き方をしたその作家の、うろ覚えのイメージが彼女とだぶった。
仕事もうまくいかない。
なにがしたいのかわからない。
服を買いたいけどお金がない。
若くてまだ知恵も足らなくて
将来なんか見えなくて、
美味しいものたべて、
音楽をならして、
ただ気持ちよく車を走らせることだけが
今を忘れさせてくれた。
失うものもなにもない、
からっぽだけど、鳥のように自由だった。
5月になるといつも、あのころの私たちを思い出す。
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