I♥エンスー Vol.29 タイヤ供養(前編)
中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。
【2009.2.23 掲載】
I♥エンスー Vol.29 タイヤ供養(前編)
いつからだろう、給油はセルフで済ませるようになった。
スタッフの方に給油してもらえば窓はピカピカになるし、車内を拭くタオルも貸してもらえるので、無精なわたしはここぞとばかりにあちこち拭きまくり大変助かる。
しかし、ガソリン価格と車内清掃、どちらに軍配があがるかというとやはり現在のスタイルになる。
カード会員になっていることもあり、家の近所のスタンドをよく利用する。
そこはスタッフ給油ももちろんあるのだが、ほとんどセルフ給油の客ばかりなので、スタッフたちはみな手持ち無沙汰そうにたたずんでいる。
しかしこの大不況下、営業活動にテコ入れがあったか、給油中いろいろと話しかけてくるようになった。
「ウォッシャー液補充しましょうか」
「空気圧見てみましょうか」
たいがいタダなのでお願いする。
「空気圧だいぶ低いですね。高速よく利用されますか?じゃあ高めにしときます。
あー、これだいぶんヒビいってますねぇ・・・まだミゾもありますしもったいない気もしますが、そろそろ交換時期かもしれませんねー。もしよろしかったら今でしたらこちらのタイヤが工賃込みで(略)」
まだミゾがあるならいいじゃないか。
「主人と検討しときまーす」と笑顔で走り去り、それきりさっぱり忘れていた。
それが、先日兄A氏と話していてふと思い出し聞いてみた。
タイヤってどのくらいで替えるのがいいの?
「うーん、新車で買ってもうすぐ5年、そろそろかねぇ。」
じゃあ替えるとしたらどこで替えたらいいんかね?
「もしアレなら聞いてみてあげようか」
ああじゃあなんかのついでに聞いてみて、などと言いつつも、父の葬儀やらなんやらでばたばたと日がたちまたもやすっかり忘れていた。
葬儀の後、初七日というのをいっしょに行う。1週間後に親族にまた集まってもらうのもたいへんなので、繰り上げて行うらしい。
で、知らなかったのだが、四十九日までの間、毎週供養があるのだ。
なんでも、亡くなってから49日間、故人は現世と冥土をさまよっているという。そして冥土では7日ごとに閻魔大王の裁きが行われるんだそうだ。そのため追善供養を毎週行うのだということらしい。
その二七日(ふたなぬか)の日だったか、実家でお経を聞いた後、母が血相を変えて
「あんたタイヤ変えんさい!!」
と言う。なんだなんだ?
なんでも昨夜、おとうさんの声で目が覚めたのだという。
「ありゃあのぅ、タイヤを替えるように言うたってくれぇ。ミゾがちびてあぶないけぇ、はよう替えるように言うたってくれ。金がないんなら6万ほど渡したってくれ」と言ったのだと言う。
「あれは確かにおとうさんの声じゃった。おとうさんがあんたに言いたいことをわたしに言うたんよ」
と泣きながら話すのでつられて泣いてしまった。
母はまったく車に興味も関心もないので、タイヤを替えろなんて言うわけがない。ましてやタイヤの金額なんて知るはずもないのに。
昨年、父の日のプレゼントに、兄が父の車のタイヤを替えてきてくれたのだそうだ。まだミゾもあるのに、と言っていた父だったが、近所の病院に乗って出かけてその乗り心地の劇的変化に「びっくりした、こりゃ替えてもろうて正解じゃった」とたいそう喜んでいたのだと言う。
「じゃけぇおとうさん、あんたにも早う替えろって言うとるんじゃと思うわ」。
他に言うべきことはたくさんあろうに、よりによってタイヤを替えろとはまったく父らしいといえば父らしい。
父の遺志だと思えば早速にも替えねばなるまい。
すぐさま兄A氏にお願いし、20年来つきあいのあるタイヤ屋さんに口をきいてもらい、新しいタイヤに履き替えに行ったのである。
(次号に続く)
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