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2011年8月18日 (木)

I♥エンスー Vol.37 欲望

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

【2009.7.13 掲載】


 I♥エンスー Vol.37 欲望


 今年の夏は海に行く予定だ。
 しかし水着がない。

 ないというのは正確ではない。新婚旅行で南の島に行った時に浮かれて買った青いビキニがある。しかし経年劣化、プールの塩素で今や水色になった。しかもビキニの中身も劣化しているわけで、さすがにヒモビキニで公衆の面前に出るのはつらい。

 ということでそこそこ合いそうな水着はないものかとデパートに出かけた。

 バーゲンで賑わう婦人服売り場だが、水着売り場はまだ値下げしてないのね。
 案外しーんと静かな売り場をのぞく。
 ばばーんと若さがはじけそうなビキニが並ぶ。まぶしいぜ。

 うろうろしていると、水着の向こうからなにやら黄色い声がする。
 某ラジオ局の取材スタッフのようだった。

 「最近のトレンドはどういったものなんですかぁ〜」
 「そうですねー、カラフルでスポーティーなものがよく出てます」
 「なるほど〜きゃーこれカワイイ〜」

 20代と思われる可愛い女子たちを目の当たりにしてその横で試着する気も失せ、失礼しようとしたそのとき、
 「ええっ!これで1万6000円〜!?やっす〜い!!」
 という声が響いた。

 1万6000円〜! やっす〜い! か!?

 海なんて年に1度行くか行かないか、あとはたまに行く温泉プールで息子とプカプカするためだけの水着に1万6000円。それは高い。家族でうまい飯でも食った方がよっぽどいい。

 しかし彼女たちにとってのその水着は、より自分の肉体を魅力的に見せ素敵な恋を実らせるための装置であり必要経費なのだ。1万6000円で彼氏が釣れたら安いものだ。

 高いか安いかは、それで欲しいものが手に入るかどうかで決まる。

 あー、車だってそうだよなぁと思ったのだった。

 最近の若者は車を買わない、車が売れないという話をよく聞く。
 “草食系男子”とか、まるで若い人たちの欲望が薄くなってきたかのように語られる。

 そんな若者たちからこんなつぶやきが聞こえる。
 車は安くはない買い物だ。
 ン百万、ローンまで背負って買って手に入るものは一体何なの?

 いやいやいやいや!
 車を買って手に入るものって!
 そこで車メーカーの人たちはびっくりする。
 だってそんなもの説明の必要なんか今までなかったからだ。

 みんな車が大好きだった。憧れだった。いい車に乗ることがステータスだった。
 ぶっ飛ばすときの疾走感、思い通りに操る楽しさ、自分の力では考えられないようなパワーを持つことの気持ちよさ、
 わかるでしょ!?わかってるよね!?
 それって“地球は丸い”ってのと同じくらい常識だよね!?
 だってそれみんなわかってるという大前提で、コマーシャルしてきたのだ。

 でももしかしたらわからない人が増えてきたのかもしれませんよ。
 そんなことが魅力だと思わなくなってきたのかもしれませんよ。

 だとしたら、
 低燃費ですよ、走りはスポーティーですよ、色がいろいろ選べます、減税でおまけに補助金もありますよ、そういう枝葉のセールストークの前に、車を持つことの歓びを伝えるという、根本のコミュニケーションからしていかないと未来はないのではないか。

 若者の欲望が薄くなったのではないんじゃないかと思う。
 欲望の常識が変わってきただけじゃないだろうか。
 欲望をかきたてることができれば、高くても売れる。
 あの1万6000円の水着が安いと叫んだ女子は確かにかきたてられていた。

 若者が、車を買うことで手に入ったら嬉しいものって、なんなんでしょうね。

“自分の人生を自分でハンドリングできる自由”、とか?
 そんなもんべつに欲しくもないのか?

“一生食うに困らない安定した生活”、か?
 その車に乗ると生涯安心。なんか生命保険みたいになってきたな。

 車よ、そのあたりどうなのよ。
 一番聞きたいのは車の方かもしれない。

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