I♥エンスー Vol.42 誰も見てはならぬ
中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。
【2009.9.16 掲載】
I♥エンスー Vol.42 誰も見てはならぬ
車の中というのは案外まぶしくて、この夏ドライブだけでたいそう日焼けした。
元々目が弱く、日差しに負けて“雪目”になった。
これはいかんとサングラスを買った。
もともと視力はよかったのだが、就職して徐々に落ちていき、ついにメガネが必要になったのでお洒落メガネ屋さんであつらえた。しかしこれが似合わない。どこから見ても教育ママであった。未婚なのに。
鼻の上にのっかる煩わしさにも慣れず、すぐにコンタクトにして以来メガネには縁がなかったのだが、サングラスはやむを得ない。これまたお洒落サングラス屋さんでお似合いですといわれてあつらえたごついサングラスをかけると、ゴッドファーザーのテーマ曲が聞こえてきた。
先日、サングラスをかけたまま車を立体駐車場に停めて降りてしまった。
いたしかたなくそのまま街を歩いた。
すれ違う人々が私を見て、それとなく視線を外してゆく。
こっちの視線は相手には分からないようだ。
おお、なんだこの優越感は。
有名人が夜でも屋内でもサングラスをしていてアホちゃうかと思っていたが、あれはタテマエとしては他人の視線からプライバシーを守るためだが、立派なオーバーテイキング プレステージャス(I♥エンスー Vol.38 威嚇社会 参照)であるなと気がついたのだった。
「最近の車って、ウインドウフィルムの装着率高いんだよね」
ある日兄A氏がそう言った。
え?あれって法律で規制されてるんじゃなかったっけ?
「フロントガラスと前部座席左右のガラスは、可視光線の透過率が70%以下はダメって決められてる。でも後部座席とリアガラスにはそういう規制はないんだ」
へええ。そうなんだ。
「後部座席のフィルム装着が許されたのは、ショーファードリブン、つまりお抱え運転手付きの高級車に乗るエライ人のプライバシー保護のために許されたんじゃないかと思うんだよ。でも今やフィルムを貼るのが一般的になってきて、メーカー純正車でも“プライバシーガラス”という名称で最初から色付きで売ってたりする」
軽自動車だって真っ黒けの車ようけおりますがな。
「ウインドウフィルムを装着していると困ったことが起こる。
車は言葉を使わないコミュニケーションで成り立っているよね。だから、あの車は曲がりたいのかどうしたいのか、運転手の顔の向きや見てる方向なんかから判断する。
でも車内が見えないわけだから、そういう情報が得にくくなる。
それに昔教習所では『前の車の車内を見通して、2,3台前の車の動きを見ましょう』って教えてた気がするんだけど、ウインドウフィルム貼ってあったら見通せないよね」
あー分かる、あれ迷惑なんだよね。こないだも目の前にでっかいワンボックスカーが走ってて、なんか突然停まるからなにかと思ったら、路上駐車の車が車線をふさいでたのよ。ガラス真っ黒で先が見えねーっつーの!つーか、停まる前に見えてるんなら車線変更してよけなさいや、ねえ。
「ウインドウフィルムの装着は、都市生活者のなんというか、病理の現れじゃないかとも思うんだ」
病理ですか!
「プライバシーを極端に重視するというか、他人の視線が恐怖で、自分の心地よさを脅かすんだよね。人にのぞかれて見抜かれるのが恐怖なんだよ。
車のデカさすごさで威嚇する、オーバーテイキング プレステージャスと一緒でさ、自分がバレないように隠したいんだよ。ああ、デカい車に乗ってても中身はたいしたことなさそうな人ねなんて思われたくないんだよ」
おおそれは立体駐車場からサングラスのまま降り立ったわたしが感じたことそのものではないか。
気持ちよくえばって、肩で風切って、ゴッドファーザーのテーマで街をゆくのだ。
自分を隠すことで得られる特権感。車のウインドウフィルムも同じことだ。
「しかし問題は、見えにくいってことなんだよ。特に夜。後方の視認性が悪いとバックする時危ないよね。実際事故にもつながりやすい。ぶつけるくらいならともかく、人がいるのに分からないなんてこともあり得るんだから」
サングラス同様、人気があるのはファッション感覚なんだろうけど、なにせ車はいろんな人の命がかかってるからねぇ。
もう、フィルムはがしちゃえばいいのにね。
「一度貼ってしまうと、もう透過性の高い車はパンツ履かずに外歩く感じなんじゃないの。
後席以降も法的に規制したらいいとは思うんだけど、ほら、法的な規制をどうこうする人たちってエライ人でしょ、力が欲しい人。外から見られるのがいやな人その本人だからねぇ」
隠したって飾り立てたって、たかが知れてる。
車内も自分もクリアにオープンにして、安全な交通の流れをつくることに参加するほうがほんとうにえらい人なんではないかと思うのだ。
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