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2011年8月26日 (金)

I♥エンスー Vol.44  地平線の彼方へ

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2009.10.19 掲載)


 I♥エンスー Vol.44  地平線の彼方へ

 「なんでもそうだと思うけど、どうしてなんだろう、なんでそうなんだろうと突き詰めていくと、消費するだけにとどまらなくなるよね」

 兄A氏からの禅問答である。

 「例えば、ワイン好きが高じて葡萄畑を持つようになる、とかね」

 なるほどそりゃあ行くとこまで行きましたね。
 つまり、ワインを飲むだけじゃ飽き足らなくなって、作ってみるところまで行ってしまうということですね。

 「車だってそうだと思うんだ。
 好きな車買って乗って、休みの日に洗車してやると愛おしいよね。
 手をかけてやると愛着が湧くもんだ。
 タイヤ交換してやったりすると、そりゃあもう可愛い。
 オイル交換までいっちゃうと、もっともっと愛しい。
 エンジンばらして組み立てちゃったりすると、もう他人のような気がしない。
 そうやってこう、趣味は高じるというか、どんどん深みにはまっていくんだよね」

 端で見てるとよく分かりますね。冷え込む朝方は車が風邪ひかないか心配でしょ?

 「ところが、だ。
 今の車、なーんにもいじることこがないんだよ。
 僕が大学生の頃初めて買った車は、それでもまだ、いじれた方だ。
 ハンドル変えて、ホイール変えて、シートにTシャツ着せたりなんかして、そうやって唯一無二のマイカーにカスタマイズしていく楽しさがあったんだ。
 でも今は、ハンドルにもエアバッグついてるし、素人にはなかなか手出しできない。第一純正よりいいものがなかったりして、いじる必要もあんまりない。
 車の白物家電化、というか、買って乗るだけ、になっちゃったんだ」

 なるほど。
 完成品を選ぶ楽しみのみ、つまり、手を加えて進化させていくことが難しいから買い替えるしかないわけね。
 自動車メーカーにして見れば、買い替え需要が生まれていいことなんじゃないの?

 「もちろん、コンピュータ制御されてる車だから、モデルチェンジごとに性能はよくなっていくよね。買い替えれば、前より進化している。
 でも、なんというか、それは与えられる歓びでしかないんだ。そのことによって人々が熱狂しなくなったんじゃないかと思うんだ。最近車が売れないとよく聞くけれど・・・
 なんで売れないんだろうって考えるたびに、なんだかモヤモヤしてたんだ。
 で、この映画を見て、ああそうだ、そうだよなって思ったの」

 その映画とは、「世界最速のインディアン」The World's Fastest Indian(2005年 ニュージーランド/アメリカ)。ロジャー・ドナルドソン監督、アンソニー・ホプキンス主演作品。日本では2007年に劇場公開された映画だ。

 “伝説のバイク《インディアン》に乗って、62歳で世界最速を目指した男の真実の物語”

 ニュージーランドの田舎町にある、薄暗いガレージの映像からその映画は始まる。
 “スピードの神に捧げる”と手書きされた棚(たな)には、ネズミ色に鈍く光る無数の部品が並べてある。

 「あれ、あのじいさんが鋳造したピストンの失敗作ね」。

 ピストン・・・って、エンジンのですか!?
 エンジンって自作できるもんなんですか!?

 フォードとシボレーのピストンを溶かして自作しちゃうアンソニー・ホプキンス演じるこのじいさん、バート・マンローは実在の人物。この映画は実話をもとにつくられた映画なのだ。

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 1000cc以下の流線型バイク世界最速記録保持者。ニュージーランドに生まれ、15歳からバイクに乗り始める。1920年、インディアン・スカウトを購入。このマシンの元々の最高時速は80キロ台だったが、よりスピードを求めて改良を重ね続ける。(公式HPより転載)
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 エンジンだけではない。ありとあらゆる部品に手を加えている。
 タイヤは“遠心力で膨張してカウルに当たるから”ナイフで表面を削り、お手製スリックタイヤに。オイルタンクのカバーはキッチンのドア、タンクのキャップはブランデーのコルク栓を利用してとことん軽量化。ハンドルは直線を速く走ることしか考えてないから操作性無視、ブレーキもあんまり効かない。止まる気ないから。
 もう、究極に「早く走るには!!」を追求したハンドメイドマシンなのだー。バイク馬鹿一代。

 そんなじいさんの夢は、ボンヌヴィルで最高速度記録を更新すること。
 最高速度を測るためには、延々ストレートの広大なコースが必要だ。近所の海岸じゃ距離が足らない。でもけっこういい線いってると思うんだよ。こいつが一体最高何キロまで出せるのか確かめたい。 ああボンヌヴィルに行きたいなぁ。

 ボンヌヴィルとは、アメリカ・ユタ州の北西部にある汽水湖が干上がってできた塩の大平原である。1935年、マルコム・キャンベルが愛車ブルーバードで時速480キロオーバーを記録して以来、ここは世界最速を目指す者たちの聖地となった。
 そこで毎年8月、地上最速を競うモータースポーツの一大イベント「スピード・ウィーク」が開催されているのだ。

 で、夢物語だとあきらめかけていたボンヌヴィル行きを決心させるできごとが重なり、とうとうじいさんは自宅を抵当に入れて借金し、地球の反対側目指して旅立つのであった。

 こっから先の道行きはおそらくフィクションだが、これがいいのだ。道々困ったじいさんをいろんな人が助けてくれる。このじいさんやたら女の人にもてるのだ。
 それは分からなくもない。誰に対しても偏見を持たずに接し、ただただボンヌヴィルを目指すじいさんの気持ちが純粋でまっすぐで強いもんだから、まわりもついつい引き込まれてしまうんだな。

 長旅の末、とうとう聖地・ボンヌヴィルにたどりついた。
 しかーし・・・・(続きはぜひDVDで)

 モータースポーツのイベントというのは、今もかつてもモーターシーンの最先端だ。
 つまり金がかかる。
 じいさんがたどり着いたボンヌヴィルの会場も例外ではなく、最新鋭ピカピカのマシンがずらーーーっと並ぶのだった。
 じいさんのマシンはみんなに鼻で笑われる。なんだあれ、旧石器時代のマシンだぜ。あんな恐竜みたいなマシン、どうせ100キロも出ないよ。
 しかし。

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62年、63歳の年齢ながら、アメリカのボンヌヴィル塩平原(ソルトフラッツ)で世界記録に初挑戦し、時速288キロの世界記録を達成。以後も70歳過ぎまで毎年のようにボンヌヴィルへ行き、67年には時速295.44キロのインディアン最速記録を出す。ちなみに公式記録にはならなかったが、この年に出した最高時速は331キロだったという。(公式HPより転載)
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 最先端ピカピカの大金つぎ込んだマシンじゃなくて、じいさん手作りのおんぼろマシンがクラス優勝をかっさらったのだ。痛快!

 そしてこの記録は、40年あまり経った今でもまだ塗り替えられていないという。

 「ああ、車が好きって、こういうことなんだよなって、しみじみ納得した。
 なんというか、ああ、自分だけじゃなかったんだって、許されたような気がしたんだ。
 どうやったらもっと速くなるんだ?こうやってみたら?こうしたら?そうやって考えてやってみて、走ってみて一喜一憂する。それがワクワクすることなんだよね」

 自分の手で触れるワクワクから、今の車は遠いところに来てしまった。
 なんというか、システムというか分厚い雲の上の知識や存在にコントロールされる不自由というか、それに抗えない無力さというか、そういうものにあきらめて、ワクワクを手放してしまってはいないか。

  あのじいさんは映画の中でこんなことを言っていた。

  “夢を追いかけない人間は野菜と一緒だ”

 まさかエンジンを鋳造しようとは思わないにしろ、歓びを人任せにしないでいたい。
 がむしゃらに、地平線の彼方めがけてぶっとばすような人生でありたいと思う。

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