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2011年8月29日 (月)

I♥エンスー vol.47 水と食料と車

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2009.12.22 掲載)


 I♥エンスー vol.47 水と食料と車

 世の中不景気の嵐のまっただ中である。
 と書くとなんだか轟々と右往左往してるイメージだが、実際には「シーーーン」としている。うそじゃない、街全体がしーんとしてるのだ。
 平日昼間のデパートなんかすごいですよ。エレベーター貸し切り。虚しく響くクリスマスソング。お歳暮売り場にも活気がない。
 実際売り上げも昨年度比●●%ダウンという売り場はザラらしい。知人友人あらゆる人たちが口をそろえて今年の年末はなんかおかしい、いつもよりお金が回らないという。

 ああなんて不景気な書き出しなんだ。読んでるだけで2℃くらい下がりそうだ。
 しかし無責任なことにわたしにはイマイチそんな実感がない。いいなおまえ独り余裕でさというのはあなたの早合点。いまだかつて景気のよい時を知らないので、わたしにとって不景気が常態なのである。日陰のコケみたいなもんで、水さえあればなんとか生きていけて、乾いてくりゃあ雨が降るまでひからびて待つだけだ。

 不景気なマクラが見事に本題につながるかというとそうでもない。
 話はここで急に変わる。

 先日、内田樹先生のブログで「アラフォー世代をいかに結婚に誘導するか」という問いに対する答えが示されていた。以下抜粋。

——————
 アラフォーはフェミニズムとバブル経済というふたつの経験を刻印されている。
 フェミニズムは「自己責任において自己決定する自立した主体」であることを要求し、バブル経済は「消費活動を通じてのみアイデンティティーは基礎づけられる」というイデオロギーを刷り込んだ。
 その結果「わたしの消費活動については誰にも容喙(ようかい:横から口を差し挟むこと)を許さない(介入を許せば、私の主体性は損なわれる)」という確信がこの世代に「呪い」のように刻み込まれたのである。
 罪作りなことをしたものである。
——————

 先生は、「そのような核心を内面化したままで結婚し家族を形成することはきわめて困難」、なぜなら結婚生活で「主体性の危機」や「自己実現の阻害」を味わうことになるからとおっしゃっている。で、
 「この「呪い」を解除するためには、アイデンティティーについての別様の定義を採用するしかない」のだそうだ。
 刷り込まれた価値観を塗り替えるようなアイデンティティーについての新しい定義とはなんなんですか先生、それは新刊を読むことにして、しかしこれは非常になるほどーと思ったハナシなのであった。

 アラフォーという景気のいい世代の中でも最後尾で、実は就職氷河期という言葉とともに世の中に出たわたしにはバブル経済の記憶はほとんどない。というときっと嘘になるんだろうな。自分で稼いではなかったが、バブル期の時代の空気のにおいはなんとなく覚えている。

 憧れの豊かな生活というのは、ひとつひとつ買えるものだった。
 ブランドもののバッグ、海外旅行、グルメ、お金を払うたびに素敵な自分になっていく、それが常識だった。みんなから賞賛される人になりたい、だからあれもこれもみんな欲しい。
 そのひとつが「車」であった。
 便利で快適な移動手段であるだけでなく、車の値段がその人のステータスであると見なされた。誰もがみんなかっこいいスポーツカーになりたかったのだ。
 ピカピカで、誰よりも速くて、すごくて、みんなが畏怖する、そんな人になりたいなぁというのがスーパーカーブームではなかったか。

 その商習慣でなんとなくここまできたけれど、昨今の大不況である。
 アラフォーはアイデンティティーの危機なんじゃないか。だって思い通りに買えないんだもん。買いたくてもお金がないんだもん。

 車が売れないと絶望にも似たつぶやきがあちこちから聞こえる。
 今の車の消費を支えてるのはアラフォーかもうちょい上くらいなんじゃないかなぁ。
 自己実現という強い命題のために買い物をしてきた人たちが干上がったら、それ以上強い動機で買い物する人がいるわけがない。だから今の車はこれ以上売れない。

 恐ろしく不景気な結末では袋だたきに遭いかねないのでなんらかの希望を。

 自己実現のために踊らされて消費していた人たちがしぼみ、あるいはバックステージに消え、ほんとうに必要なものにしかお金を使わないひとたちが増えていくとしたならば。

 水と食料以外に、必要なものが、より善く行きていくためにはあるのだと
 車を作る人が、売る人が、ちゃんと説得できるかどうか。
 だと思いますがどうでしょうか。

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