I♥エンスー vol.51 甘える身体
中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。
(2010.5.24 掲載)
I♥エンスー vol.51 甘える身体
なんだかはっきりしない天候が続いたせいか風邪をひき、治ったかと思ったら目がまっ赤になった。
「はやり目ですね。風邪のウイルスが目にきたんでしょう。当分コンタクトは中止ね」
と楠田枝里子似の先生に言われた。
困った。
コンタクトレンズしないとなると、車に乗れない。
いや、眼鏡かけたらいいんですけどね、慣れないからうずろうしいし(うずろうしいって広島弁なんですね、つまりうっとうしいってこと)、つくったのがもう10年くらい前でいまいち度も合ってないし、こんなので運転なんかこわくてできない。
ということでここ数日公共交通機関&徒歩という生活を送っている。
で、先日、バス停でバスを待っていたときのこと。
中央通りに面したその歩道はわりと広めで人通りも多いので、壁際(お店側)に下がって時間つぶしの文庫本を開いて待っていた。
すると、本に視線を落としていてもあきらかに視界に入ってくる距離で、わたしの目の前を横切っていく人がいた。思わず文庫本をひっこめたくらいだ。
あ、邪魔だったかな、とあたりを見渡すと、それほど人は歩いていない。
しかも、わたしの前方約2mはがら空きであった。
まあ、気にもとめず再び本の続きを追いかけはじめると、またまた目の前ぎりぎりを人が横切っていく。なんなんだ!?
その後ろ姿をキッと目で追うが、いたって普通の人のようだ。
あ、向こうから歩いてくる人を見てわかった。わたしが立っているところはお店の横のちょっとした出っ張りの前で、ちょうど歩行動線を遮るかたちになっていたのだった。
そのまままっすぐ進めば、わたしをかすめていく感じになる。
と、ほんとにその人はそのまま直進し、わたしの鼻っツラをかすめていった。
いやいやもうちょっと間合いとろうよ!一歩横にずれるとかさー。
わたしのこと見えとらんわけじゃなかろうに。
・・・いや、たぶん、視界には入ってるけど見えてなかったんだろうと思う。人として。店の看板とさほど変わらない認識だったんじゃないか。
思い出した。過日のフラワーフェスティバルでのことを。
そもそも人ごみが嫌いなので日曜の繁華街など出歩かない。
しかし、パレードがみたいようという1ねんせい男児にせがまれて、平和大通りを目指したのだった。
並木通りを南下する最中、わたしは小躍りしていた。
うれしくてウキウキしていたわけではない。
すれ違う人をやり過ごすのに、息子の手をひきながら身体を右へ左へひらひらさせていたのである。
にもかかわらず、ぶつかる。だって、ちっともこっちを見ないで、しゃべりながら前進してくるんだもん、老いも若きも。
で、ぶつかったら「チッ」などとガンをとばして振り返るかと思ったら、まるでなにごともなかったかのように、そのまま楽しげに歩いていくのだった。
老化により歩くのがヘタになったんだろうかと真剣に考えたのであった。
いや、老化は否めないにしても、そうじゃないぞ。(たぶん)
なんかもうちょっと前は、それでも前方からの人の気配で、互いに肩をそらして上手によけてたような気がする。そうだ、“互いに”だ。
雨の日に傘さしてすれ違う時も、ちょっと傘をかしげて通るのがあたりまえのマナーでしたよね。手をのばして誰よりも傘を高々とかかげないと人ごみの中を歩けない、雨の日。
なんというか、ややこしいことは、今や私たちのかわりに「便利」がぜんぶやってくれるじゃないですか。余計なこと話さなくても買い物できるし、どこへ行くにもなんにも煩わされることないし、不機嫌になったり嬉しくなったりという感情すら波立たない。
それで、人間の能力がふやけているのではないか。
もし今、電気もガスも止まったとしたら、ちゃんと生きていけるのだろうか。
小枝拾うくらいはできても薪割りしたことない。火をおこしたこともないぞ。
昔のお母さんはカマドに薪をくべてご飯炊いてたそうだ。タイマーもないのにちゃんと炊きあがりを知ってた。月の満ち欠けで種まきの時期もわかった。新幹線がなくても江戸まで歩いて行ったし、重機もないのに城を築いた。グーグルアースもないのに正確な日本地図を描いた伊能忠敬の関係資料は、このたび国宝に指定されたそうだ。
いや、今の便利を享受しまくって生きている身ですから、昔は良かったなんて言うつもりはないんですけどね。
そういえば、朝のニュースで「ぶつからない技術」搭載の車が発売されたというのを見た。カメラで前方を常に監視し、対象物との距離を測り、危険を知らせつつぶつかる前にブレーキを作動させてくれるのだという。
前方からわたしに向かって車が来る。
まったく速度を落とす気配がない。
あぶない!!
キキーーッ!
立ちすくんだわたしの鼻先で車はとまる。
運転席に、隣の人と楽しそうに話しているドライバーの横顔が見える。
・・・・
もうわたしをちゃんと見てくれるのは車だけになるのでしょうか。
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