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2011年9月 5日 (月)

I♥エンスー vol.54 愛の修理(後編)

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.9.16 掲載)


 I♥エンスー vol.54 愛の修理(後編)

  決められたコースを走りタイムを競う「ジムカーナ」に参戦していた兄A氏の愛車・国産ライトウエイトスポーツカーは、その日突然のミッショントラブルに見舞われ、不動車となってしまった。
 すばらしい仲間の皆様のご協力により、無事自宅ガレージまで運ばれたその不動車、今度は「ディーラーに出してもなおるかどうかわからないし、お金ももったいないし、ちょっと開けてみましょう。来週日曜なら空いてますよ。」という敏腕ドクターの一言から自宅ガレージでの“開腹オペ”決行と相成ったのであった。

 「いやー車壊れてんのにみんな明るいのなんの。盛り上がる盛り上がる。」

 自宅ガレージでの開腹オペが決まると次々と参加の名乗りが上がり、残念ながら参加できないメンバーからは熱烈なお見舞いメッセージが寄せられたのだそうだ。

 「みんな重作業に飢えてたんじゃない?エンジンバラしたりとかは普通にやってるから。」
・・ってどんな団体ですか。

 そして日曜日朝8時30分、兄A氏宅集合。
 ドクター処方のパーツは事前発注済み、メカニック降臨を待つ。
 集まったのは6名。
 このメンバーがまた凄かったらしい。
「もう、ここは国際レースのピットか、ってなもんでね。だって4人はプロのメカニックなんだから。すごいよね。」
 どういうプロかはあえて秘すが、まあ、車1台ぜんぶバラして組み上げることだって朝飯前という凄腕の面々だったようだ。
 残る二人は気鋭の応援部隊。おふくろが・・・と会社に言い残して駆けつけた大阪支部長は自ら身を挺してジャッキ代わりとなり(ウソ)、お子様と登場したM氏は奥様の手作りゼリーで場の雰囲気をスイートに演出した。

 「すごいのよ、いらっしゃいって言って、30分もしないうちに、なんだかものすごい部品がワーーーッとなってて。みなさんツナギ(作業服ね)着て車の下から足が出てるし、通行人とかバスの中の人とか、ものすっごい見てたのよ。」兄嫁はそう証言する。

 「通りがかったひとがみんな見て見ぬ振りしてたもんね。
 近所のおじさんが『あんたぁ、こーよな事して、はぁクルマ動きゃせんでぇ!』って。」

 逐一様子を記録した写真を見せてもらったが、日曜の閑静な民家のガレージには似つかわしくない異様な様子がおさめられていた。
 道ばたでブラックジャックが開腹手術してたら「手術室でやろうよ」と思うだろうがそれとほぼ同じ状態だったと言っても過言ではない。

 はい、今日はミッションを降ろしてみたいと思います。
 まずは車のジャッキアップからですね先生、
 はい、ミッションケースが長いので、取り出すためにはかなり高くジャッキアップしたほうがいいでしょう。ウマかませないとね、ジャッキが沈んでつぶされちゃいますからね、ここ気をつけた方がいいですね。
      ↓
 続いて、エンジンから排気管を外します。いっぱいありますからじゃんじゃん外しましょう。
      ↓
 次に、パワープラントフレーム、つまりシャシーの一部を外します。固いですからね思い切っていきましょう。
      ↓
 ドライブシャフトを外します。あ、ミッションケース見えてきましたね先生、
      ↓
 はい、ミッションケース降ろします。だいたい20kgくらいありますからね、指つぶさないように気をつけて降ろしましょう。

と、3分クッキング的な気軽さで書いてみたが、鯖を三枚におろすのとはわけが違う。

「もう凄いのよ。バラシ速い速い。みんな車の構造が完全に頭に入ってるのね。手順も身体が覚えてる。だからひょいひょいと簡単そうにじゃんじゃんバラしていくんだよ。」

ここまでで約1時間もかからないくらいだったそうだ。
なに、簡単なんじゃないの?
「とんでもない!もうクルマってムチャクチャ繊細で複雑なの!バラしてみたらいやってほどわかるから。
 もうね、工具が入らないような隙間に手を突っ込んで、見えないし、朝から昼までかかってやっとコネクター1個しか外せなかったこともあった。カプラーっていう電線のコネクターもロックがかかってて、その外し方もいろいろあって、引きちぎりたくなる。もうとにかくボルト1個外すのだって大変なの。
 それどころか、みんな外したボルトは無造作に箱にぽんぽん放り込むんだよ!
 ぼくなんか外したネジには1コずつタグをつけとかないとわかんなくなるもん。組み上げて、あれ?ネジが3つ余ったけど・・・ってシャレにならないもんね。」

 ということで無事ミッションケースを外してみたが異常はない。
 異常はないけどせっかくなんでオーバーホール。

 エンジンからクラッチ盤を外してみると、ここだ!
 クラッチのショックアブソーバーのバネが壊れてびよ〜んとなっていた。

 ここはクラッチをつなぐときのショックを受け止める部品で、ジムカーナのように過酷なクラッチワークをする車両にはままある症状らしい。金属疲労ってことですね。

 焼き肉屋さんでの昼食をはさんで、5時過ぎまでに完了した今日のメニュー。

クラッチレリーズシリンダーのオーバーホール!!
ミッションおろしてクラッチ板、ベアリング、フラホ・パイロットベアリング、クランクシール交換!!
フロント足回り全バラ後、ナックル・タイロッドダストシール交換!!
フロントブレーキキャリパーのオーバーホール!!
クラッチ・マスターシリンダーのオーバーホール!!
ブレーキ・マスターシリンダーのオーバーホール!!

・・・・平たく言えば今日1日の治療によってほぼ新車になったといっても過言ではないらしい。よかったね。

「もうね、なんといっても感動したのが、その丁寧さなのね。例えばね、ネジを締めるときもきちんとトルクレンチで計って締める。ここは15ニュートンで締めましょうとかって決まってるのね。強く締めりゃいいってもんじゃない。でもディーラーでも馬鹿力で締め上げたりする。そこをきちんと計って締める。その意味を知っているから。
 それにね、外した部品をピカピカに掃除してから組むの。しかも全部素手で触るんだよ。もうオイルで真っ黒だよ。すーーーっと指でなでて、「指の腹でものを見る」ってこういう事なんだと思ったね。」

 プロは、「機械は生き物だから」と言う。
 メンテナンスの出来が、シビアな結果となって現れるレースの世界では当然のことだと。

 「プロの中でも、本当に車が好きな人ってもしかしたら少ないのかもしれない。
 車が好きって、こういうことなのかと今回思ったのね。
 それは、ピアノを弾く才能と一緒だってこと。
 頭の中に流れている音楽を再現する、弾くまえからその曲がすでに頭の中で鳴っている。
メカニックにもそういう適正というか、才能があるんだと思った。
 あの人たちの頭の中には、車がぜんぶ手に取るように見えてるんだと思う。」

それは、もうきっと愛だ。

 「ほんとうに、幸せな故障だった。」

 兄A氏は、夢を見ていたような顔でうっとりと語り終えた。

 

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