畑正憲さん喜寿
ムツゴロウさんこと畑正憲さんが、喜寿を迎えられ、お祝いの会が開かれたのだそうだ。
さとなおさんのブログで知った。
お元気そうで、奥様の純子さんもお元気そうで、ほんとによかった。
小学生の頃、ムツゴロウさん大好きだった。
図書館で借りた本を読んで好きになり、「ムツゴロウの〜」シリーズはだいたい読んだと思う。
『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』というテレビ番組も楽しみにしていた。
今でも娘のあすみさんが歌う「ふりむ〜い〜てよっ ららら マイフレ〜ンド♪」って曲が脳内再生するもんな。
動物王国のファンクラブにも入会し、毎月馬やら犬やらのイラストを描いては送っていた。
将来動物王国で働きたいのだが、それまで動物王国はこのまま維持してるだろうかと心配したりもした。
そういうことを思い出していると、心の中に沈殿していたものが、ゆらゆらたちのぼってきた。
小学生の頃のことなんて、半分以上覚えてない。というか普段思い出さない。
でも、小学生の親になって以来、大人になったとき、その子ども時代っていうのは、本人覚えてないけどけっこう後々大きな影響を与えているんじゃないかと思うようになった。
犯罪を犯してしまった人のニュースを見れば、この人はどんな子どもだったのだろうと思うし、
会う方会う方、子どもの頃のなんの興味がこの人を今のこの職業に導いたのか、と思う。
人のことはともかく、自分の子ども時代のある熱狂を思い出したのだった。
ちょうど小学5、6年のときの担任の上野先生が、それにつられて思い出される。
クラス全員目をつむらせといて、なんかやらかした子がぼっこぼこに殴られる音だけ聞く、という今では大問題になりそうな厳しさもあったけど、ユーモアたっぷりの素敵な先生だった。
学校の花壇に入れるための腐葉土を、裏の二葉山によく取りにいった。
なにかというと課外授業で山に連れ出してくれたなぁ。仏舎利塔でターザンごっことかした。
そこでころんで左腕を骨折し、工事現場の人の車で下山したりした。
算数がだいきらいだったけど、上野先生はいつもおもしろいものを紙でこしらえて、黒板に貼って解説してくれた。ああ!そうか!わかる喜びも教えてもらった。
クラス行事で班ごとに出し物をする「品評会」ってのをやろうというと、面白いからやれと言ってくれた。野外活動のキャンプファイヤーでは「牛頭山の神様」という芝居をつくって、学年におおいにウケた。ひよこを孵卵器でかえして育てた。うさぎの赤ちゃんを一晩だっこしてあたためたけどだめだった。上野先生は、のびのび、おもしろがって育ててくれた。
人にはいろんな「師」との出会いがあるという。
その「師」は、傾倒し、師弟関係を結ぶような濃密な関係というかたちをとらないものもあるそうだ。
自分にふさわしい師はいないかと尋ね、それならあの人がよかろうと、そこの角まで連れて行ってくれた人も立派な「師」だ、というようなことを内田樹氏が書いておられた。
小学生のわたしは、すでにそういう師と出会っていたんだなあと思う。
ムツゴロウさんの、ふつうの大人だったら「やめなさい」「きたない」と言うことを「おもしろい」「美しい」と言う解放されたあの感じ。
つまんない勉強を「楽しい勉強」にかえてくれた上野先生。
ムツゴロウさんには会った事もないし、上野先生は亡くなられてもう会えない。
忘れていたけど、今の私がそうありたいと思う「師」が、心の底にちゃんと今もおられるのだと思った。
今、どういうわけか、昔のご縁とか因縁とかとふたたび巡り会うことが続いている。
おい、思い出せよ
ほかにもたっくさん「そこの角まで連れて行ってくれた」師のことを、
と言われているような気がする。
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