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2013年5月21日 (火)

65歳

 この春は、大先輩と飲む機会が多々あった。

 大先輩方は、わたしの年をきいて

 「わかっ!!!」

 と声をそろえて言った。

 40越えまして、そう若くもないと思っていたが、20も30も年上の先輩方から見たらまだまだヒヨッコ、ぴっちぴちらしい。
 
 ある方は
 「小学生にねぇ、君たち、いまからたくさん生きられていいねぇって言ったら、キョトンとしてたよね。まだ、わかんないだろうなぁ。10年後、まだ成人してないんだもんなぁ、彼らは。10年後、もう僕はいないかもしれないのに」
 と言った。

 研究職だったりすると、プロジェクトは10年やそこらのタイムスケールなわけで、自分が生きているうちに見届けられないかもしれないと思うのだそうだ。

 ある人はこうも言った。
 「夢に母親がでてきてね、実家の縁側でうとうとしてたら、風邪引くよ、と毛布をかけてくれるのよ。ずずっと、肩まで。あれ、頭までかけられてたら、わたし、死んでたと思うのよ。母親が迎えに来たんじゃないかと、思ったのよ」

 70を過ぎると、今日死にはしないと思うけど、明日はわからないと思うのよ、とその人は言った。


 先日久しぶりにお目にかかった方がこう打ち明けた。

 「もう決めてたことなんだけど、65になったから、この6月末で店を閉める。若いもんに店は譲る。でも、自分の名前の看板はおろす」

 お店の仕事の他に、海外への展開や他企業へのアドバイスなど、飛び回るように活躍されている方だったのでびっくりした。

 隣で飲んでいた方も

 「わかる! ぼくも! 65。 あと3年。決めてんねん。」

 定年がない仕事の、自分で決めた期限なんだという。

 そんなー
 65歳なんて、まだまだ若いですやん、どうされますの?

 お二人とも仕事を離れて楽隠居、とはこれっぽっちも考えてなかった。

 年をとると、身体もしんどい、気力もついてこん、規模がもう無理やと思うねん、せやけどな、やるべきことに、自分のやるべきことに力を集中したいねん、と言われた。

 そうはいっても、
 あと10年はないかもなぁ


 先輩たちは、人生のお仕舞いを見ている。


 41歳のわたしは、まだ死にはしないと思っている。
 息子は日々刻々と成長し、それを見てるだけで月日が過ぎる。
 あと40年くらいは生きてる気がする。

 長閑な日々。それなりに、存在する理由もあり、忙しく、生きている。

 今日、偶然5年前の自分を見た。録画したビデオの中で笑っていた。
 今より肌のツヤもよく、命のハリがちがうと思った。
 5年分衰えた自分は、5年前の自分よりなにが優れているだろうか。
 息子は漢字が読めるようになった、割り算ができるようになった、
 わたしはなにができるようになっただろうか。
 ぼんやり、5年をただ生きた。
 これからも、それなりに、忙しく、あっという間に5年経つ。
 5年後の自分が、今の自分を見て、まだ若かったと思うだろう。
 どんどん生体は老いていく。ゆるやかに死んでいく。
 5年、10年、飛ぶように過ぎるだろう。
 そして65歳になったとき
 「精一杯やった」と思えるなにかがあるのだろうか。

 今日一日も、もう午後だ。
 午前中にやりたかったことが、ここにこうして引きずっていて
 たぶん明日に先延ばしして
 
 だから「今でしょ!」という言葉が流行るのだろう。

 自分を、ものすごく厳しく、取り締まる力と
 今を刻んでちゃんとリズムと習慣にできる力だけが
 65歳の決断できる大人にするんだと思う。

 「ちょっとだけ余計に生きとるからね」と
 先輩方が、笑って教えてくれたことを、今思う。


 

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