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2013年9月20日 (金)

温泉みたいでありたい

 この秋から、温泉茶の「喫茶教室」をはじめようと思う。
 
 「人に淹れてもらったお茶は美味しいわ〜」←これはその通りなんだけど

 「自分で淹れるとどーも美味しくはいらないのよねー」←そんなことありませんてば。

 お茶を美味しく淹れるのなんか、誰でもすぐできます。
 わたしだって、お茶の葉に湯を注いでるだけなんです。
 コツは、「なにを“美味しい”と思うのか」
 ただそれだけなんです。秘伝もくそもございません。

 だから、お教えするというよりは、一緒に「ああ!これうまーい!」と発見する教室にしたいと思っています。

 ということで今あれこれ調べたり考えたりしてるんでございますが(決まりましたらまたお知らせ致しますのでよろしくお願い致します)、気になるブログにぶちあたった。

 県外のとあるお洒落珈琲店のことを書いた個人の方のブログなんだけど、読んで考えさせられた。

 「お洒落ならばそれでいいのか?」と。
 パッケージもお店のHPもお洒落ですてきだ。
 だけど、「彼らはどうも「自分たちによる、自分たちのための商品」を展開しているだけのような感じがする。」と。
 
 似たようなセンスのカフェも増えたが、アラサー以上のおばさんや年寄りがひとりで行くと怪訝な顔をされる、そういうのはいやだ、と。

 アラサー以上のおばはんであるわたしも、なんとなくわかる。
 だけどこの人、なんでこんなに怒ってるのかな。

 排斥された、と感じたから?

 どんなコミュニティにも、「トーン」がある。会社やお店や、類は友を呼ぶとか。

 そのお洒落珈琲店は、店主がお洒落さんで、かっこいいのが好きなんでしょう。そういうのが好きな方がいいね!と集って、それが結果「ある一定のセンスある人だけ選抜」な、敷居の高さを感じさせている、のかな。

 もしかしたらその店主は、アラサー以上のおばさんお断り、なんてちっとも思ってなくて、もっと多くの人に美味しい珈琲を飲んでもらいたい、と思ってるかもしれないのに。
 そうだったら、残念。伝わってない。
 その店主の思いは、わからないけれど。

 身内感で盛り上がってるところに、疎外感を感じながら行くのは誰だっていやだよな。
 異質な自分を感じながら、身内たちにすりよって仲間に入れてもらうの、けっこうしんどい。

 この「身内感」は、知らず知らずできてしまうものなので、やっかいだ。
 しかも、身内感になじんで身を浸すのは心地いい。連帯感とか、わかり合える感とか。
 異質なものは入ってこない方がいい。へんなのは排斥してしまったほうがいい。
 
 ・・・やばいよ。
 細胞だって、外とのやり取りがなくなれば死んでしまうんだぜ。
 生命ってのは、膜があって、そこの内と外が行き来するもの、なんだと聞いたよ。

 寺本は、いくつも会社を辞めてきた。同僚も同期もいない。倍返ししたい相手も見つからない。
 心地よい、所属場所を持たなかったからこそ、
 そういう境界をぶっこわしたいと思うのかもしれない。

 お洒落かお洒落じゃないか、若いか若くないか、持ってるか持たないか、知ってるか知らないか、生きてるか死んでるか・・・・そんなの関係ないぜ。
 
 閉じてないぜ、ウエルカムだぜ、清濁合わせ飲むぜ、
 できてるかどうかわからないけど、そういうことをずっと言い続けたい。
 ユーモアで。


 それを大昔からあたりまえのようにやってるのが、温泉場なんですよ。
 温泉先輩にはまだまだかなわない。


Photo_3


お洒落カフェ風にしてみたが、やはり素材に難がありほのぼのしてしまった例。

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