楽しい勉強〈楽しい勉強とは〉

2010年9月16日 (木)

夢を見よう

 ぼくにはぁ〜 夢〜がある 希望がある〜
 そしてぇ〜 持病がある〜 ♪

 と軽快に北村総一朗氏が歌う生命保険のCMを息子が気に入りずっと歌っている。

 持病があっても夢も希望もある人生でありたいもんだと思いながらふと、わたしの夢ってなんだっけと思った。

 思い出そうとしても思い出せなかった。・・・夢がない。

 内田樹氏は、「人間は自分の手で、その「先駆的形態」あるいは「ミニチュア」あるいは「幼体」をつくることができたものしかフルスケールで再現することができない」と言っている。

 斎藤和義はデビュー前、武道館のステージに立つ自分をイメージしていたという。

 きのうの夜見たテレビでは、酔っぱらった伊藤英明がなんで本田がワールドカップ優勝と言ったらビッグマウスとたたくのか、国母君のファッションをなじってどうしたいのか、オリンピックにでるほど練習して努力している人間の足をひっぱるようなことはしないでほしい、俺だって『笑っていいとも』に出演するぞと思っていた、それを無理だよ、なんて言わないでほしいという旨の事を言っていた。

 こうなりたいというイメージが、そこに連れて行くんですね。

 話は変わるが先日糸井重里氏がこうつぶやいていた。
コピーライターは、他所さまの仕事をするので、「しょうが」などいくら興味があってもさわりようがないのです。いまは、しょうがが好きなら、しょうがの企画をやればいいし、しょうがでなにかを つくりだしてもいいわけです。じぶんの欲しいものをつくり、じぶんの興味を育てるのが仕事ですから。」

 そういうことだったのかと明快になったつぶやきだった。

 スナリの生業もお客さまのこう、よいところを「ね、いいでしょ?」とチャーミングに伝えて好きになってもらう仕事なんだが、なんだかこう肩入れしすぎて、違和感や怒りのようなものすら感じた夏だった。

 それは今までどこの組織にいたときにも感じていた事で、自分がいいと思う事を進めて行った先に、お客さんは(あるいは組織は)ほんとにそれを求めてるのか、似合わない服を無理矢理着せてるんじゃないの、という瞬間があるのだった。

 そうか。「他所様の仕事」なんだよな今やってる仕事はな。



 薄々感じていた事もあって、この夏燃え尽きた瞬間から、
 もう「自分ごと」ばっかりしたいと思うようになった。

 自分が好きなこと、やりたい事だけしよう。あーもうそうしよう。


 そうしたら、結局、海辺や木陰でビールを飲んで昼寝して、温泉につかって美味いものを食べて夏が終わった。

 自分がやりたいことって結局それっぽっちの幸せだった(笑)
 さみしいなー。


 夢と言えば、去年の夏にこんな夢を(寝床で)見た。

『この旅に来て毎朝夢を見る。しかも、示唆に富むというか、いいこと言うなぁと感心して目が覚める。枕元のケータイにメモして起きる。自分の頭で見た夢に違いないが、自分で考えたとは思えない。今朝の夢は、木造の小学校だろうか、大きな建物を耐震工事して保存、そこには見た目悪いけどおいしい果物屋 さん、保育園、ダンス教室、花屋さん、パン屋さんなんかがあって、小さい部屋では日々なにかの教室が開かれ、そこで作る雑誌のタイトルが「楽しい勉強」。 昨日よりなにかひとつ、できる歓び。そんな夢。』

 教室で開かれる勉強会があんまり楽しくて、そこに参加していない人にもお裾分けというか、こんなに面白いことの一部でも伝えたいと思ったのだ。それが「楽しい勉強」という冊子だった。

 それ以来、自分が出会った「おおーすごい!」を『楽しい勉強』と称してブログでそっと更新して来たのだった。

 そういえば思い出した。幼稚園の頃の将来の夢、「レポーター」でした。

 「なるほどザワールド」っていう番組のレポーター、今で言う「世界ふしぎ発見」のミステリーハンターだが、いいなーと思っていた。世界中あちこち行けて、美味しいものたべて、それを伝えればいい仕事って。

 わはは、三つ子の魂百まで、基本的な嗜好は変わってないね。

 そう、ブログで『楽しい勉強』を更新して、読んでくださる方も少なくないのだけど、あの寝床で見た夢ほどの歓びがない。なんでだろうと考えてわかった。

 ひとりの歓びだからちっちゃいのだ。

 ベストハウスで茂木健一郎氏が「自分一人のためには一人分のエネルギーしか出ない。他の多くの人の為ならそれだけ多くのエネルギーが出る。」って言ってたなあ。

 ダーリン(糸井氏)の“しょうが”も“じぶんの欲しいものをつくり、じぶんの興味を育てるのが仕事”というのも、一見「自分ごと」のようだが、それが多くの人を歓ばせることに通じている。で、多く与える事で多く戻り、自分の周りのスタッフもちゃんと潤わせられる。

 

 誰かの歓ぶ顔が見たいというのは大きな原動力なのは間違いない。

 サイエンスカフェでも、でっかい模造紙に細胞の絵を描きながら、すんごいワクワクと嬉しいのだ。

 秋が来たし、夢をちゃんと見ようかな。
 自分のやりたい事や興味が人様の歓びになるような夢。

 『楽しい勉強』のライブ版がしたいと常々思ってるんです。
 平たく言えばトークショウなのだが、もっとサイエンスカフェ的精神の。講演会でなく。

 『茶話』
 まずは美味しい茶を丁寧に淹れて、ほーっとなごみつつムダ話を展開する。
 “ムダ話は宝の山だ”
 そういう思いで10年前にやっていた「広島話しまショウ」という考えは今も脈々と新鮮に心の底にある。

 月に一度でもいいから 見た目悪いけどおいしい果物屋 さん、保育園、ダンス教室、花屋さん、パン屋さん というのが集まるなんか場所があって、そこで『茶話』したりして、買い物だけじゃなくて、生きててよかったと思えるようなことが1こでも2こでもあったらいい。

 こんな夢でどうでしょう。

 

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2010年5月19日 (水)

「楽しい勉強 」は水道管

 ここのところ、静かに、「ひとり楽しい勉強」をしている。

 なんですかそれ。


 なんでだろう、なんかちがう、そうだ、これはいい、すごい、そういう第六感でものごとを判断して今に至っているのだが、その「いい、すごい」と思うものに直接会ったり話を聞いたりしてみると、案外そうでもないとか、やっぱりよかったとか、とてもはっきりする。

 この、案外そうでもない、というのが実に重要だ。想像の中で勝手に凄く祭り上げてたんだなとわかると、新たな基準が自分の中に整う感じがする。

 で、やっぱりよかった、この人の言ってることはまっとうだ、と思う人をたどると、違う人々がそれぞれ同じことを言っていることに気がつく。

 で、その誰もが、先人がこう言っていると、過去現在の誰かの言葉を紹介している。

 それにより、ぼんやりと感じていたことがきちんと言葉で説明されて驚く。


 内田樹氏が「下流志向」という本の中で、『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』を例に挙げて話されていた。
 アナキン・スカイウォーカーは師であるオビ=ワン・ケノービよりも強くなり、師弟関係を捨ててダークサイドに走ってしまう。しかし、師を超えたと思った瞬間にアナキンは成長を止め、師を超えられないと信じているオビ=ワンは成長を止めなかった、だから最後にアナキンは師にぼろ負けする。
(以下引用)
 「今言っている「成長」と言うのは計測可能な技量のことではないんです。ある種の開放性と言ったらいいでしょうか。自分の中のどこかに外部に続く「ドア」が開いている。年を取っていようが、体力が衰えようが、つねに自分とは違うもの、自分を超えるものに向けて開かれている。そうやって自分の中に滔々と流れ込んでくるものを受け止めて、それを次の世代に流していく。そういう「パッサー」という仕事が自分の役割だとわかっているということです。」

 師を持つことができた人は幸せだなとかねがね思っていた。
 師と仰ぐ人の側で下積み的に働いた経験がなく、どいつもこいつもと机をひっくり返し続けてきた野良犬みたいな自分は成長のしようがないとやさぐれていた時期もあった。

 しかし、師は無数にいたのだった。
 今になってやっとわかった。
 たとえ会ったことがなくても、こうしてその考えを丸ごと読ませてくれる人がいる。
 年上の人も、年下の人も、死んじゃった人も、あのひとも、このひとも、師匠だ。なんと贅沢な。

 これが学ぶということなのか、これこそが「楽しい勉強」なのかもなと、改めてかみしめていたのだった。

 よし、「ドア」は常に開いておこう。自分の中を流して、誰かに分かっていこう。

 そう、誰かと分たないもの、自分自身の歓びのためのものはなんと小さいか。

 「楽しい勉強」という、なんだかわからないけどそういうことをやろうと思ったのは、常々遭遇するすごい!とかへー!とかを、自分一人が喜んでるだけじゃもったいないと思ったからだった。

 わたしは、「パッサー」、つまり水道管でありたい。

 さあ、おいしい水を流さなくては、豊かに、誰かに。

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2009年11月20日 (金)

楽しい勉強をはじめます


 「楽しい勉強」をはじめようと思います。

 ことのきっかけは「放下著」の旅だった。
 なにもかも、余計なものを捨てようと思って旅していたある日、熊本県・人吉の宿で明け方に夢を見た。ねぼけながらケータイにメモして朝風呂につかった。
 湯の中でほどけながら思い出して考えた。そして不思議な気持ちになった。
 その夢とはこんな夢だった。(日記より抜粋)

 『この旅に来て毎朝夢を見る。しかも、示唆に富むというか、いいこと言うなぁと感心して目が覚める。枕元のケータイにメモして起きる。自分の頭で見た夢に違いないが、自分で考えたとは思えない。今朝の夢は、木造の小学校だろうか、大きな建物を耐震工事して保存、そこには見た目悪いけどおいしい果物屋さん、保育園、ダンス教室、花屋さん、パン屋さんなんかがあって、小さい部屋では日々なにかの教室が開かれ、そこで作る雑誌のタイトルが「楽しい勉強」。昨日よりなにかひとつ、できる歓び。そんな夢。』

 教室で開かれる勉強会があんまり楽しくて、そこに参加していない人にもお裾分けというか、こんなに面白いことの一部でも伝えたいと思ったのだ。それが「楽しい勉強」という冊子だった。

 「楽しい勉強」か。
 それにしてもわたしは楽しい勉強に恵まれている。仕事でも、すごい!と思うことにたくさん遭遇する。そんなとき心が躍る。誰かに言いたくなる。自分一人の胸におさめとくのがもったいないと思う。

 昔、美しい雑誌をつくりたかったことがあった。実際そういう雑誌の制作に携わったこともあった。でもいやになってやめた。
 なにがいやだったのか。
 素晴らしく美味しい料理を食べさせてくれる店、すごい技術を持った職人、そういうものを取材して紹介するのだが、それがなんだか「虎の威を借る狐」みたいだなと思ったのだ。そういう雑誌の編集者ですと紹介されると、なにか生温い親しさをもって近づいてくる人がいたのも心地悪かった。
 わたしは何者でもないのに。凄い人でもなんでもなくて、むしろなんにもできないつまんない人間なのにと思って苦しかった。

 その苦しさを払拭したくて、何者かになろうとしてもがいてきた。名前がほしかったのだ。「コピーライター」とか「編集者」とかそういう。名付ければ居場所ができる。世間から認められる。だけど自分でも持て余すような様々な種類の仕事に遭遇し、自分が一体何屋なのかますます説明がつかなくなった。それは今でもかわらない。

 放下著(ほうげじゃく)。なにかに成りたい思いも、認められない悔しさも、全部捨てたらやっと、自分は何者でもないうえに名付けられないものなのだと思えるようになった。

 そしてそんな夢をみたのだ。
 わたしの存在理由はそういう心が躍るようなできごとだ。紙だろうがなんだろうが、その鮮度のあるうちに、そのときの気持ちとともに、それを誰かに報告したい。
 なので、このスナリのブログではじめてみようと思う。

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