I♥エンスー バックナンバー

2011年9月12日 (月)

I♥エンスー vol.61 見えない師

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2011.3.7 掲載)

※いよいよ最終回となりました。ご愛読ありがとうございました。


 I♥エンスー vol.61 見えない師


 仕事だとか、生き方だとか、「師」とあおぐ人が身近にいますか?

 「尊敬する人は誰ですか」ってことだと思うんですけどね。

 かつてのわたしはこう聞かれると、非常に困っていた。「世の中バカばっかりだ」と思っていたバカだったので、尊敬する人なんかいなかった。

 今は、もっと若い頃、「師」と仰げる人に自ら出会いにいかなかったことの損失を思ってくらくらしている。

 あのころよりちょっとは賢くなった(はず)なので、「師」は近くあちこちにいることがわかった。
 しかも、お目にかかって、対話できて、丸ごと学べる先達も「師」だが、会えない人もまた「師」となり得るんだとわかった。
 書物や、語られた言葉を通してその人に学ぶ。存在しなくても教えてくれる「師」。

 それはなにも、ギリシャ時代の哲学者などものすごいところだけではなく、寄り添うように近くにいることもある。


 先日の、父の三回忌、
 実家の仏壇の前にてお経を聞き、マイクロバスに乗り合わせてお斎(おとき)をいただきにお料理屋さんに行ったときのこと。

 献杯の前に、兄A氏があいさつをした。

 「今日は、父の三回忌の法要にお越しいただきありがとうございました。
 もう、三回忌、あれから2年の月日が経ちましたが、1日も父を思い出さない日はありませんでした。
 こう、朝顔を洗いまして、鏡を見ますと、口元のたるみやシワの具合が父に似てきたような気がいたします。
 先日も父が夢に出て参りました。わたしはこう、ガレージでですね、一生懸命車のバッテリーをばらしておるわけです。」

 ・・・夢の中でも車バラしてるのか。

 「で、これがうまくつながらない。なかなか苦労しておりますと、そこにひょこっと父が現れて、どれ、貸してみいと言ってわたしと代わり、かちゃかちゃとつないでエンジンをかけるとバンッとかかった。おお〜さすがじゃねぇと言うと、『わしゃあ電気のプロじゃけぇ』と得意そうな顔をしておりました。」

 メカ好きで几帳面でなんでも自分で器用にやっていた父。カタログを取り寄せて新製品のスペックを比べるのが好きだった父。休日にはガレージで車を手入れしていた父。車が大好きだった父。自分に似て車好きの兄が大好きだった父。

 「父と最後に言葉を交わしたのはなんだったかと思い出しますと、あれは肺のほうの治療をいろいろと受けていた時でした。最新の機械というのを装着してもらいまして、先生や看護士さんにあれこれと調整してもらいました。強制的に空気を送り込んだり吸ったりして呼吸を助ける機械なのですが、新し物好きの父は、こりゃあえぇ、と歓んでおりました。じゃあ帰るからね、という時に、そのマウスピースをつけておりましたから、言葉はしゃべれませんでしたので、こう、したんですね。」

 兄の方を見ると、誇らしげに、親指を「グー」と突き出していた。

 「この仕草は、肺の病気でしゃべるのが苦しかったこともあって、よくやっておりました。まさか、その晩に亡くなるとは思っておりませんでしたのですが、父の、それが最後の言葉でした。
 サムアップ、まるで飛行機のパイロットが飛び立つ前のように、かっこよく親指をたてて、父は逝ったわけです。」

 暗くて冷たい病室の寂しい記憶を上書きするように、かっこいい父の顔が鮮やかに浮かんだ。

 「今日はみなさま、父のことを思い出しながら、美味しいお料理を楽しんでいただければと思います。」

 立派にあいさつを終えた兄の横で、サムアップした父が笑っているように見えた。


 (おわり)

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2011年9月11日 (日)

I♥エンスー vol.60 残酷な天使のように

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2011.2.17 掲載)


 I♥エンスー vol.60 残酷な天使のように


  先日、某輸入車ショーが開催されていた。
 兄A氏ももちろん行ったそうだ。

 どうだった?

 「うん。なんだか静かだったような気が・・・どうなんだろうね。」

 ほう。欲しいなーって車あった?

 「うーん、まぁ、ないこたナイけど、そんなでもないかな。」

 ふむ、ぐっとくるものがないか。

 「うーん・・・なんか、今どきのクルマって、かっこわるい気がするんだ。」

 かっこわるい?最新鋭で最先端でこう、バーンとしててかっこいいんじゃないの?

 「なんというかこう、綺麗だな〜って素直に思えるデザインがあんまりないというか・・・形がゆがんでるというか、イビツとも言える。」

 イビツ?

 「うん、輸入車もだけど、国産車も、軒並みなんというか、攻撃的なテイストなんだよね。」

 ほうほう、攻撃的。  
 あの以前話しに出た「オーバーテイキング・プレステージャス」(I♥エンスーVol.38 威嚇社会 参照)ってことかね?

 「そうそう。それでね、面白い記事を読んだんだ。最近まで欧州の自動車メーカーにいた日本人デザイナーの講演会の記事だったんだけど、クルマのデザインっていうのは、動きを感じさせることが重要なんだそうだ。」

 なるほど。より速そうなクルマの方がかっこいいんでしょうな。

 「で、その動きを感じさせるデザインってのが、日本のアニメーションに大きく影響を受けてるんだそうだ。」

 ほうほう、日本のアニメは世界に誇る財産だね。
 動きを感じさせるデザインかぁ。『ナウシカ』のメーヴェとか?『紅の豚』とか??

 「いや、『アキラ』とか『攻殻機動隊』とか『エヴァンゲリヲン』だそうだ。」

 まじで? なんだか・・・殺伐としてますよねどれも。

 「そう。最近のイビツな新車デザイン、あれクルマだと思うからいけない。たしかに『エヴァンゲリヲン』っぽいよね。」

 そういえば『エヴァンゲリヲン』、はまってましたよね。ファンなんじゃないの?

 「いやあれは物語が好きなんであって、あの変なロボットの形はキモチワルイよ。そもそも、あのエヴァの形ってのは、ウルトラマンから来てる。なんかひょろっとして猫背でしょ。」

 ふむ、そういわれればそうかな。

 「もしもウルトラマンが鎧を被ったら・・・てのがアイデアの源泉。で、その鎧のデザインは、実は一連の永井豪の漫画から来てるんだ。」

 お!『ハレンチ学園』!!

 「いやいやいや・・・・・『デビルマン』な。」

 ああデビルマン。「デビ〜〜〜ル」ね。あれ幼心にちょっと怖かったよね。

「『デビルマン』ってのは、もともとゲーテのファウストに大きく影響された作品なんだよ。」

 ほほう、ゲーテきましたか。

 「エヴァの物語って、知ってる?」

 しりません・・・

 「あれはキリスト教がモチーフになってるんだよ。NERV(ネルフ)のシンボルはイチジクの葉。アダムとイブが知恵の実を食べて楽園を追われるときに股隠したヤツだね。」

 ははぁ、キリスト教ね、「使徒」とか出てくるもんな。

 「マークの横には GOD'S IN HIS HEVEN. ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.
 なーんて書いてあるけど、あれも聖書の一節。」

 で、ヨーロッパのカーデザイナーたちのハートをがっちりつかんだ・・・・・ってことか?

 「欧米人は宗教大事にしてるからね。エヴァも死と再生の物語だから、ヨーロッパの若手デザイナーがはまっても不思議じゃない。おまけに、オーバーテイキング・プレステージャスって概念、エヴァのおどろおどろしい顔は、前のクルマに威圧感を与える効果も十分あるってわけだ。」

 へぇ・・・一体クルマは何と戦ってるんだ。

 ニューモデルの○号機だらけの輸入車ショー。想像するだにこわい。

 「それにしても、クルマのデザインをエヴァにするのは本当にやめてほしい。
 いつまでも愛せる、美しいクルマに戻って欲しいと心の底から願うよ。」

 うん。もっと人心を平和にするようなクルマがいいよね。

 ・・・・ピカチュウモデルとかどうですかね。

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2011年9月10日 (土)

I♥エンスー vol.59 ハングリー?

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2011.2.1 掲載)


 I♥エンスー vol.59 ハングリー?

 昨年の11月、「1月○日空いてる?ランチしよう」と友人が誘ってくれた。
 えらい先の話しである。が、そこのレストランはなかなか予約が取れない店なので一も二もなく了解する。
 えらい先の話しだと思っていたがあっというまに当日を迎える。

 洋食のお店なのだが、カウンターには板さんのようなオーナーがいて、店全体をきびきびと動かしていた。男性ばかりのスタッフも、オーナーに鍛え上げられているのが顔に表れているような男前揃いであった。

 気心知れた友人なので、近況やらなんやら、とりとめのない話しをして皿を待つ。

 彼女の息子が数字に非常に興味関心を示すので、検診の際に医者に話したところ、簡単なテストの後、共感覚の持ち主なのであろうということになったのだそうだ。

「ばーーーっと5ばっかり並んだ数字の中から、いともかんたんに“2”を見つけるんよ。」

 共感覚(きょうかんかく)とは、ウィキペディアによると、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする、そういう現象なのだそうだ。先頃話題になった「絶対音感」なんてのもこの共感覚の一種なんだそうだ。
 息子くんには数字に色がついて見えたのかもしれない。

「まあ、大きくなるにつれ失われることもあるそうなんだけどね。まわりにそんな特殊能力持った人いないからびっくりしたわ。」
 へー!すごいね。

 そんなとりとめのない話しをしながら前菜の皿に向かっていたのだが、ふと「これブロッコリー?おもしろいかたちだね」ともらしたそのひと言に、カウンター目の前のお兄さんが反応した。

「それはですね、ローマのブロッコリーで、ロマネスコといいます。」

 忙しく手を動かし、オーナーから飛んでくる指令に全神経を傾けてると思ったのに、すごいね。

 そう思って顔を上げると、そこもたしかに特殊能力の飛び交う空間であった。

 数秒単位で変わるパスタの茹で具合や、お客の食べ進み具合、スタッフの動きや食材の切り合わせ、考えるよりも先に感じていなければとてもやっていけないようなランチの現場の真っただ中だ。

 やがて、運ばれてきたクリームパスタを口にした瞬間、会話が止んだ。
 美味しいと言うのも忘れて食べた。このソースの中で泳ぎたいと思った。ずっと食べていたいと思った。

 なめたように綺麗に空にした皿を前に、我に返る2人。はー。

「集中する快感ってあるよね。」と彼女は言う。

「ピアノやってたときもね、譜面も鍵盤も見ずに音をならして、ああ気持ちいいー、ずっと弾いてたいーと思う感じが好きだったのよ。あと、プールでね、息継ぎせずに、25mとかずーっと泳いでて、このままずっと息しなくてもいいと思った。」
 息子の特殊能力は母似なんじゃないのか。すごい没頭力。

 残念なことにわたしにはそれが欠けている。決定的に欠けている。

 さっきクリームパスタを食べていた時にも、隣の客がオーナーと「例のパン屋さんがあるレストランにパンを届けてね」という話しにずっと聞き耳を立てていた。ああ。
 ちゃんと集中したい。無我夢中になりたい。あれ?気がついたらもう夜!?なんて驚いてみたい。

「でもさ、いろいろ気がつくよね。」とフォローしてくれる友人。
 うん・・・まあね。常に気が散っているというか、拡散してるよね。

 自分の結婚式の時とか大変だったもん。壇上で笑顔を見せながら、自分が書いた香盤表どおりに進行しているか、あの客はなぜあんなにぽつねんとしているのか、あそこの空席はなぜ戻らないのか、気になって気になって仕方なかったのであった。ドレスの裾めくってバックヤードに何度行きそうになったことか。
 気がつき力? そういうのも特殊能力というのであろうか。

 言われてみれば、ずいぶんぼんやりした子供だったと思うが、仕事の中で鍛えられたのかもしれない。現場で「役立たず」オーラを放つのが耐えられなくて、なんとか気を利かそうとしていたかもしれない。

 そう、人は鍛えれば、目に見えないものが見えるようになるのだ。

 車の運転なんかその最たるものだ。

 踏めば走るしハンドルを切ればまがる。身体的な特殊能力はほとんどいらない。
 しかし、交通の安全を担保しているのは、ルール遵守と特殊能力だと思う。

 あ、前の車曲がるな、横の車入ってくるな、そういうのを、ウインカーが明滅するまえに感じる力。その感覚がもっと研ぎすまされると、タイヤを通じて路面を感じたり、エンジンの音で“車とおはなし”できるようになるのであろう。

 それは気配、見えないものを見る力。

 高速道路の右側車線を、延々ちんたら走って渋滞の先頭に立つ車は、前しか見えていない。バックミラーを見なくても感じる、後ろからの“殺気”のようなものを感じないのだきっと。それか、いやがらせしてるか。

「どうやったら、そういう感覚って育つのかな。」

 お互い子をもつ母同士、デザートを交換してつつきながら考える。

「やっぱり、そういう能力が必要だ、伸ばしたいと自分で意識しないとだめなんだろうか。」
「人にとやかく言われて育つもんでもなさそうなことは確かだねぇ。」

 どうせ凡人である、これでいいや、十分である、そういうことじゃ備わらないのかねぇ、などと幸せな満足にひたひたになりながらカフェオレをすすって別れた。

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2011年9月 9日 (金)

I♥エンスー vol.58 未来は小さくて自由

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.12.17 掲載)

 I♥エンスー vol.58 未来は小さくて自由


  夕食後、つけっぱなしのテレビをぼうっとながめていたら、ニュースで電気自動車の特集をしていた。

 各メーカーいよいよ電気自動車の製造と販売に力を入れはじめていると。

 ふーん。

 家電量販店でも展示販売しはじめました。
 「電気屋さんで車を売るなんて新しいですよね。」

 へー。

 特に興味をひかれることもなく眺めていると、なんだかちっこくてかわいい自動車がプーンとこっちに向かって走って来る映像が流れた。

 その自動車は、ご家庭でふつうに充電可能なんですよ、という。
 見ればその車の充電口は、ほんとに見慣れたあの差し込み口で
 まるでコタツかなんかのようなコンセントをぶしっと差して充電するのだ。

 だって電気自動車の充電ジャックって、「これが未来です!」みたいなモノモノしさじゃないですか。それを見た瞬間遠い世界のものだと思っていたが。

 いやぁ、ヒゲ剃り器なみの電気自動車の姿に衝撃を受けた。

 その小さな自動車工房には、フランス政府からも視察団が訪れていた。
 素晴らしい鉄板加工技術を見学しに来たのだという。
 自動車工場といえば、あのゆっくりと動くベルトコンベアを思い浮かべるが、ここにはない。工房の技術者10人ほどが手作業で作っているからだ。
 規模は小さくとも、世界が注目する自動車工房。

 その会社はタケオカ自動車工芸という。富山県富山市。
 自動車工業、ではないのだ。自動車工芸。

 【工芸】美術的な価値を持つ工業製品を作る技術・技法。またその製品(明鏡国語辞典)
 そういう自負が現れた社名。
 なんてすてきなんだとウキウキした。

 だって、手作りのクルマ!ですよ。
 ちゃんと公道を走る自動車が手作りなんて。びっくりした。

 自動車に限らず、そんなものはどこかの大企業が、想像を絶する最新設備で、オートマチックに作られるもんだと信じて疑わないものが、考えてみたらたくさんあるな。

 便利や快適さを求めて、技術は革新していったのだ。
 より安全に、より早く作るために工場の設備もどんどん改善された。
 それのどこがいけないことか。胸を張って誇らしく語るべきことだ。

 おかげで便利で快適で、こうしてだらだら暮らしている。

 しかし思えば、自分ひとりではなにひとつできない日々だ。

 自分には作れないから、作ってもらったものを買うしかない。
 自分ではできないから、できる人にやってもらって対価を払うしかない。

 なんて依存人生。

 世界中のコンサートのライブ配信を自宅で見ることができるようにはなったけど、
 歌う楽しさはカラオケボックスがないと体現できない。

 たき火を囲んで歌い、踊り、飲んで食べていた遠い記憶の灯が
 体内に消えかかっているような気がしていたんだけど。

 その灯を消すかどうかは自分次第なのかもしれない。

 ちいさな自動車工房だって、電気自動車ちゃーんと作れるよ。
 工芸品のように、役に立って愛される自動車、作れるよ。

 そのちっちゃい車は軽やかに、そう言いながら走っているように見えた。

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2011年9月 8日 (木)

I♥エンスー vol.57 やがてみんなそこへたどりつく

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.12.3 掲載)

 I♥エンスー vol.57 やがてみんなそこへたどりつく


 自転車で打ち合わせに向かっている昼下がりのことであった。

 ここんとこ、街乗り自転車がブームだとかで、老いも若きもオシャレな自転車で颯爽と街中を駆け抜けておられる。

 その時も、ピストバイクって言うんですかね、ツールドフランス的な細身のいかにも速そうな自転車が音もなく抜き去って行った。
 男性だがぴかっとするスパッツ(とは言わんのか)を履き、バックパックもかっこよく、非常にスタイリッシュである。

 こちらは子載せ機能満載の古ママチャリですからね、いくら急いでこいだって知れてる。どうぞどうぞと端に寄って速いチャリに抜いてもらう。

 しかし、だ。
 交差点の信号待ちのたんびに、そのピストバイク氏が停まっておるのだ。

 青信号になると、初速のはやいママチャリがしゅるしゅると先にスタートを切り、あとからそのピストバイク氏が抜き去って行く、というのを数回繰り返し、広島市中のストレートな幹線道路を仲良く南下して行った。もうだんだんピストバイク氏に抜かされるのも悪くて、以後氏の数メートル後ろで信号待ちするようにした。

 そうやって抜きつ抜かれつしながら思い出したのが、高速バスの話。

 今、週に数回西条に通っている。
 バスセンターから出ている高速バスでだいたい50分くらいかかる。
 バスは高速だってぶっ飛ばさない。おまけに途中で住宅街のバス停をまわって寄り道していくので、当然直行する自家用車の方が早く到着する、
 はずなのに、案外差がないのであった。ほんと僅差。
 かねてから不思議だったのよね。

 そういえば、生き急ぐように車線変更を繰り返し、1台でも抜いて前に行こうとする車も、結局同じ信号でとなりに停まってたりするもんな。
 高速道路でも、みんな我先に追い越し車線に集中すると、たちまち渋滞のモトになるらしい。

 なんというか、そういうもんなのかもなぁ。

 人それぞれ、才能のトルクは違う。
 若くしてトップスピードで駆け抜ける人はまぶしい。
 自分だって踏みつづければもっと速くなると信じられた季節も過ぎ、
 そろそろいたわりながら走らなくてはいけないのだと気がつく。

 まわりの流れにあわせて走ることが、全体の交通をスムーズにし、みんなを安全にはやくそこにたどりつかせる。

 この道は長い。誰に勝つというのだ。
 口笛を吹きながら、走ってゆこう。

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2011年9月 7日 (水)

I♥エンスー vol.56 港のフェラーリ、畑のポルシェ

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.11.16 掲載)


 I♥エンスー vol.56 港のフェラーリ、畑のポルシェ


 「今日お兄さん来たよ。軽トラ欲しいんだって。」
 ある日オットの店に立ち寄った兄A氏がそう話していたそうだ。
 軽トラ!?
 「でも奥さんに反対されてるんだって。」

 そりゃそうだろうよ。
 それにしてもなぜ軽トラなのか。

 「沢村慎太朗、という自動車評論家がいてねぇ。
 ある雑誌の軽トラ特集でこう書いていたんだ。『港のフェラーリと畑のポルシェ』。
“軽トラ界で突出する孤高の2台”っていうカラー16ページの大特集だった。
 畑のポルシェとは、S社の「S」。港のフェラーリとはH社の「A」。
 「S」は小回りの良さと俊敏性が高くて、細いあぜ道とかで活躍する。「A」は多様な特装が漁業関係者に人気だということでね。」

 軽トラって、そんなに種類あったっけ・・・

 「見た目はほとんど一緒だけどね。各メーカー作っているよ。
 その中でもS社の「S」はRR、リアエンジンリアドライブ つまりポルシェと同じなんだよ。」

 エンジン搭載位置がおなじだからって、ちと大げさな気が・・・

 「いや、単にRRだからポルシェってだけじゃないんだ。
 実は、S社の「S」誕生にはこんな話しがある。
 とある運送会社の社長が困っていた。軽トラで初期投資を少なく事業を始めたいが、軽はすぐに壊れてしまう。なんとか丈夫な軽トラを作ってもらえないかと各メーカーにお願いしたが相手にされなかった。だって安い車だもんね。そんなに開発費かけられない。

 しかし、S社だけが「やりましょう」と言った。
 技術陣が、軽トラの耐久性向上にトライしたんだ。

 レース車を開発した実績を持つ技術者たちは、クランクシャフトやコンロッドというエンジンの中枢部分を“鍛造(たんぞう)”した。型に流し込む“鋳造(ちゅうぞう)”ではなく、日本刀を作る時のように圧力をかけることで金属粒子が緻密になり強度があがる。軽トラのエンジンが、レース車と同じ技術で作られるなんてすごいよね。
 そして、開発担当者たちの計らいでそのエンジンには赤いヘッドカバーがかけられたんだ。オーダーした運送会社への粋なメッセージ。
 しかも、フェラーリのレーシングカー「テスタロッサ」って、赤い頭っていう意味なんだよ。だから車好きが赤いヘッドカバーを見たら“レースエンジンだ!”ってわかる。」

 へぇー!
 ラグジュアリーな車じゃなくて、仕事で使う道具としての車って意味では、軽トラもレーシングカーも一緒かもね。
 やるねぇS社。

 「そうなんだよ。その運送会社仕様の「S」はワークス仕様と呼ばれていて一般人には売ってくれないんだ。
 それに、残念なことにその「S」自体生産中止になるらしいんだよ。惜しむ声も大きいんだけどね。」

 軽トラファンが多いんだね。知らなかった。

 「やっぱり“働く車”だけに、軽トラ談義は尽きないね。詳しい人は相当こだわってる。
 ぼくも事あるごとに試乗させてもらってるんだけど、なんというかプリミティブで、筋肉が直接クルマにつながって操ってるみたいですごく楽しいんだ!」

 事あるごとに試乗って。
 そんなにたびたび試乗チャンスがあるものなのか軽トラ。

 
 まあ、[国産ライトウエイトスポーツカー]に通じるというか、人馬一体的な走る歓びがあるんだろうね。だから兄A氏が欲しがるのもわからなくもない。

 「でもねぇ、さすがに軽トラで仕事の会合に行くのは勇気いるよなぁ。
 居並ぶ関係者の高級外車の中で、ただでさえぼくのクルマ目立つのに。
 “Aさんタイヤも安いのはいてると思ったら今度は軽トラよ・・・”なんて、そりゃちょっとねー、と思ってたんだけど。
 でも、そんな自分の甘さを知ったんだよ。

 この前の会合で、“おーーい、Aくーん”って呼ぶ声がするんだ。
 見れば、国産2人乗りの丸ちっこいファンシーな軽自動車(今や生産中止)が停まって、運転席から手を振る人がいる。それは大先輩のO氏だった。
 どうされたんですかそのクルマ!って聞いたら
 “ああ、これー?カート乗ってるみたいで楽しいよー。ホイールベース短いからぁー”って。
 実力や自信がある人は違うね。
 中の人間がしっかりしてれば、何に乗っていようが凄い。
 おれはまだまだだなと思ったね。」

 兄よ。いつか軽トラでO先輩に余裕で手を振る日が来ることを願うよ。

・・・兄嫁が許してくれればの話しだが。

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2011年9月 6日 (火)

I♥エンスー vol.55 見た目じゃないのよタイヤは

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.10.14 掲載)

 I♥エンスー vol.55 見た目じゃないのよタイヤは


  ある日愛車はなみ号に乗り込もうとしたら、なんだかちょっぴり首をかしげている。
 あら、どうしたの?と聞いてみても答えない。

 見れば、左側後輪がへちゃげている。パンクだー。

 そーーっと運転してディーラーに持ち込むと
 「釘がナナメに刺さってます。交換した方がいいでしょう。」
 ということで他3本と同じタイヤが届くまでスペアタイヤで過ごすことになった。

 しかしタイヤ1本交換して2万円近くよ、アイタタタ

 と兄A氏に話すと、

 「うーん、タイヤ高いよねぇ。
  最近、アジアンタイヤ履いてるのよ。安いよ。」

 アジアンタイヤ? なんだそれ。

 「まあ日本もアジアなんだけど。
  台湾製とか、韓国製のタイヤなんだけどね。
  国産のそこそこいいタイヤが1セット8〜9万円として、だいたいその半額で買えてしまうくらい、すっごく安い。」

 安いっつってもさ、安かろう悪かろうじゃだめなんじゃない?
 ほら、「タイヤは命を乗せて走ってる」って言うじゃない。

 「そうなんだよね。
  アジアンタイヤがぽつぽつ話題になりはじめて、気になってたんだけど、そんなに評判悪くないんだよね。
 最初の9分山8分山まではいいけどそっから先すぐにダメになるとか、半年で摩耗したとか、そんなことないのかなと思ってたんだけど。  安くても半年で交換じゃ意味ないもんね。
 そうこうしてたら、[国産ライトウエイトスポーツカー]のタイヤそろそろ交換する時期になって。試しに履いてみたんだよ。」

 どうだった?

 「悪くない。
  それどころか、こないだのジムカーナで優勝した車も台湾製のタイヤ履いてたんだ。国産の高いタイヤ履いてたオーナーたちパニックだったよ。」

 ほっほー。

 「確かにね、見た目は悪いのよ。形成の時にできるゴムのヒゲみたいなのはカットしてないし、なんか異様にゴムの匂いがするし、サイドウォールのデザインも20年くらい昔のかんじで安っぽいというか・・・・・
 でも履いてもう半年くらい経つけど、トレッドはキレイに磨耗してるし、性能低下も最小限。まったく問題はなかった。っていうかコストパフォーマンスを考慮すると素晴らしいといえる。」

 見た目が若干悪くても黒いからよくわかんないよね。
 安くていいなら、いいよねぇ。

 「うん。
 今や時代はエコだから、走る曲がる止まるをクリアした先のタイヤに求められる性能は燃費なんだよね。燃費がよくて、地球にやさしいタイヤ。
 日本のタイヤも今やヨーロッパのタイヤメーカーとの戦いだからね。世界一流の勝負どころは、そういうところにある。
 今までは“グリップあげるならこれ”って使っていた添加剤が、エコじゃないからって使えなくなったり、環境にやさしいコストが高い添加剤を使わなくちゃいけなくなったり。
 一方、この台湾や韓国のタイヤメーカーは今いろんなモータースポーツにスポンサードしたりして、レース車に勝負をかけてるんだ。かつての日本勢みたいにね。
 だから“この値段でこのグリップ力!”ってびっくりする。」

 なるほどー。

 「だからモータースポーツする人は、台湾製とか韓国製のタイヤいいんじゃないかと思うんだよ。
 ただね・・・」

 ん?

 「仕事の会合なんかで駐車場に停まった関係者の高級車の中で、ひときわ異彩を放つボクの車なんだけど、“Aさん大丈夫かしら、とうとうタイヤまで・・・”
 って思われるんじゃないかと思ってねぇ」と遠い目。

 うーむ。

 まあ、人もタイヤも見た目じゃないってことで・・・

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2011年9月 5日 (月)

I♥エンスー vol.54 愛の修理(後編)

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.9.16 掲載)


 I♥エンスー vol.54 愛の修理(後編)

  決められたコースを走りタイムを競う「ジムカーナ」に参戦していた兄A氏の愛車・国産ライトウエイトスポーツカーは、その日突然のミッショントラブルに見舞われ、不動車となってしまった。
 すばらしい仲間の皆様のご協力により、無事自宅ガレージまで運ばれたその不動車、今度は「ディーラーに出してもなおるかどうかわからないし、お金ももったいないし、ちょっと開けてみましょう。来週日曜なら空いてますよ。」という敏腕ドクターの一言から自宅ガレージでの“開腹オペ”決行と相成ったのであった。

 「いやー車壊れてんのにみんな明るいのなんの。盛り上がる盛り上がる。」

 自宅ガレージでの開腹オペが決まると次々と参加の名乗りが上がり、残念ながら参加できないメンバーからは熱烈なお見舞いメッセージが寄せられたのだそうだ。

 「みんな重作業に飢えてたんじゃない?エンジンバラしたりとかは普通にやってるから。」
・・ってどんな団体ですか。

 そして日曜日朝8時30分、兄A氏宅集合。
 ドクター処方のパーツは事前発注済み、メカニック降臨を待つ。
 集まったのは6名。
 このメンバーがまた凄かったらしい。
「もう、ここは国際レースのピットか、ってなもんでね。だって4人はプロのメカニックなんだから。すごいよね。」
 どういうプロかはあえて秘すが、まあ、車1台ぜんぶバラして組み上げることだって朝飯前という凄腕の面々だったようだ。
 残る二人は気鋭の応援部隊。おふくろが・・・と会社に言い残して駆けつけた大阪支部長は自ら身を挺してジャッキ代わりとなり(ウソ)、お子様と登場したM氏は奥様の手作りゼリーで場の雰囲気をスイートに演出した。

 「すごいのよ、いらっしゃいって言って、30分もしないうちに、なんだかものすごい部品がワーーーッとなってて。みなさんツナギ(作業服ね)着て車の下から足が出てるし、通行人とかバスの中の人とか、ものすっごい見てたのよ。」兄嫁はそう証言する。

 「通りがかったひとがみんな見て見ぬ振りしてたもんね。
 近所のおじさんが『あんたぁ、こーよな事して、はぁクルマ動きゃせんでぇ!』って。」

 逐一様子を記録した写真を見せてもらったが、日曜の閑静な民家のガレージには似つかわしくない異様な様子がおさめられていた。
 道ばたでブラックジャックが開腹手術してたら「手術室でやろうよ」と思うだろうがそれとほぼ同じ状態だったと言っても過言ではない。

 はい、今日はミッションを降ろしてみたいと思います。
 まずは車のジャッキアップからですね先生、
 はい、ミッションケースが長いので、取り出すためにはかなり高くジャッキアップしたほうがいいでしょう。ウマかませないとね、ジャッキが沈んでつぶされちゃいますからね、ここ気をつけた方がいいですね。
      ↓
 続いて、エンジンから排気管を外します。いっぱいありますからじゃんじゃん外しましょう。
      ↓
 次に、パワープラントフレーム、つまりシャシーの一部を外します。固いですからね思い切っていきましょう。
      ↓
 ドライブシャフトを外します。あ、ミッションケース見えてきましたね先生、
      ↓
 はい、ミッションケース降ろします。だいたい20kgくらいありますからね、指つぶさないように気をつけて降ろしましょう。

と、3分クッキング的な気軽さで書いてみたが、鯖を三枚におろすのとはわけが違う。

「もう凄いのよ。バラシ速い速い。みんな車の構造が完全に頭に入ってるのね。手順も身体が覚えてる。だからひょいひょいと簡単そうにじゃんじゃんバラしていくんだよ。」

ここまでで約1時間もかからないくらいだったそうだ。
なに、簡単なんじゃないの?
「とんでもない!もうクルマってムチャクチャ繊細で複雑なの!バラしてみたらいやってほどわかるから。
 もうね、工具が入らないような隙間に手を突っ込んで、見えないし、朝から昼までかかってやっとコネクター1個しか外せなかったこともあった。カプラーっていう電線のコネクターもロックがかかってて、その外し方もいろいろあって、引きちぎりたくなる。もうとにかくボルト1個外すのだって大変なの。
 それどころか、みんな外したボルトは無造作に箱にぽんぽん放り込むんだよ!
 ぼくなんか外したネジには1コずつタグをつけとかないとわかんなくなるもん。組み上げて、あれ?ネジが3つ余ったけど・・・ってシャレにならないもんね。」

 ということで無事ミッションケースを外してみたが異常はない。
 異常はないけどせっかくなんでオーバーホール。

 エンジンからクラッチ盤を外してみると、ここだ!
 クラッチのショックアブソーバーのバネが壊れてびよ〜んとなっていた。

 ここはクラッチをつなぐときのショックを受け止める部品で、ジムカーナのように過酷なクラッチワークをする車両にはままある症状らしい。金属疲労ってことですね。

 焼き肉屋さんでの昼食をはさんで、5時過ぎまでに完了した今日のメニュー。

クラッチレリーズシリンダーのオーバーホール!!
ミッションおろしてクラッチ板、ベアリング、フラホ・パイロットベアリング、クランクシール交換!!
フロント足回り全バラ後、ナックル・タイロッドダストシール交換!!
フロントブレーキキャリパーのオーバーホール!!
クラッチ・マスターシリンダーのオーバーホール!!
ブレーキ・マスターシリンダーのオーバーホール!!

・・・・平たく言えば今日1日の治療によってほぼ新車になったといっても過言ではないらしい。よかったね。

「もうね、なんといっても感動したのが、その丁寧さなのね。例えばね、ネジを締めるときもきちんとトルクレンチで計って締める。ここは15ニュートンで締めましょうとかって決まってるのね。強く締めりゃいいってもんじゃない。でもディーラーでも馬鹿力で締め上げたりする。そこをきちんと計って締める。その意味を知っているから。
 それにね、外した部品をピカピカに掃除してから組むの。しかも全部素手で触るんだよ。もうオイルで真っ黒だよ。すーーーっと指でなでて、「指の腹でものを見る」ってこういう事なんだと思ったね。」

 プロは、「機械は生き物だから」と言う。
 メンテナンスの出来が、シビアな結果となって現れるレースの世界では当然のことだと。

 「プロの中でも、本当に車が好きな人ってもしかしたら少ないのかもしれない。
 車が好きって、こういうことなのかと今回思ったのね。
 それは、ピアノを弾く才能と一緒だってこと。
 頭の中に流れている音楽を再現する、弾くまえからその曲がすでに頭の中で鳴っている。
メカニックにもそういう適正というか、才能があるんだと思った。
 あの人たちの頭の中には、車がぜんぶ手に取るように見えてるんだと思う。」

それは、もうきっと愛だ。

 「ほんとうに、幸せな故障だった。」

 兄A氏は、夢を見ていたような顔でうっとりと語り終えた。

 

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2011年9月 4日 (日)

I♥エンスー vol.53 愛の修理(前編)

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.8.9 掲載)


 I♥エンスー vol.53 愛の修理(前編)

  ある案件で兄A氏からメールをもらった。
 その文末に、ついしん、としてこう書かれていた。

——————
楽しい話題
・・・・・
先日のジムカーナで、
私の車、
ミッショントラブル、
不動車となりました。

さて!ど〜なる〜 (^^)
——————

 ど〜なる〜ニッコリ、って笑ってる場合じゃないよねとびっくりしたのだが、数日後、風の便りに“どうやら自宅ガレージで修理してなおったらしい”と聞いた。

 道ばたで困ってる娘さんの切れた鼻緒を手ぬぐいびーーーーっと裂いてつくろってやるような気軽さで、車のミッショントラブルというのはなおるもんなのか?

 それがどうやらなおったらしい。
 ということで話を聞いてきた。


 「あれはたしか午後の2本目、ゴールしてストップエリアで停車した時だった。」
 遠い目をしながら語りはじめる兄A氏。

 兄A氏は、国産ライトウエイトスポーツカー愛好同士によるジムカーナに長年参戦している。
 (詳しくはこちら参照
I♥エンスー Vol.8 風雲ジムカーナ(前編)
I♥エンスー Vol.9 風雲ジムカーナ(後編))

 朝8:30、とある県北のだだっ広い駐車場集合。みんなで会場やコースを設営、慣熟歩行などでコースを習熟後、10:00くらいから出走。

 「最近レギュレーションが変わったんだ。今までは1日15,6本走った中のベストタイムで競っていたけど、いつ何時他県の強者と交流試合をしても勝てるように、タイムアタックは最後の2本で競うことになった。」
 15,6本のうち最後の2本でベストタイムを叩き出すためには、コースに馴れ、攻略し、どんどん集中を高めていく必要がある。

 午前の部を終え、さあいよいよタイムアタックを前に最後の仕上げ、という午後の2本目。いい感触で走り終え、ストップエリアで一旦停車し、パドックに戻ろうとしたその時、

 あれ?・・・ギアが入らない・・・
 クラッチを踏めども、シフトレバーが動かないのだ。
 左右には動くが、前にも後ろにも入らない。
「ああこれは・・・ミッショントラブルだと思った。」

 あれ?A氏の様子がおかしいぞってみんな駆け寄ってきた?

 「いや、パドックまではなだらかな傾斜があってね。のろのろ動いてなんとか駐車位置までは戻れたの。エンジン切ったらシフトレバーは動くんだよ。
 みんなのところに行って、なんかちょっとおかしいんだよ、と話をすると、じゃあちょっと見てみようかってことになって。」

 ちょっと見てみようかって。
 ミッショントラブル見てみてわかるもんなんですか。
 あ、いやいや、ここのクラブメンバーには光電管を自作したりシフトレバーが折れたのを5分でなおしたりする「神の手」がいらっしゃるのであなどれない。

 「クラッチが切れたんじゃないかという見立てで、すぐにクラッチレリーズシリンダーの分解掃除が始まったの。ここなんだけどね。」

 兄A氏が、愛車の事細かな部品がすべて掲載されている整備マニュアルのとある図を見せてくれる。
・・・ランゲルハンス島ですか。

 そこは、車体をジャッキアップしてタイヤを外し下からのぞくと見えるのだそうだ。
 クラッチ液がにじんでいるからちょっと外して掃除してみよう、ということになった。
 ちょっと外して、なんて気軽に聞こえるが、外せばクラッチ液はだだもれであるので、ガソリンスタンドに補充液を買いにいく。

 これからタイムアタックという大事な時間、それなのにみんな工具を貸してくれたり、日よけのテントを持ってきてくれたり、おまけにガソリンスタンドまで乗っけて連れてってくれたり・・・なんていい人たちなんだ。

 しかし、分解掃除をしてみたが、クラッチレリーズはちゃんと動いてる。残念ながら効果無し、ということはエンジンとギアをつなぐベルハウジングの中になんらかの不具合がありそうだ・・・
 「ああ、これはJAF呼んでディーラーに直行だな、って思ったの。そしたら
 『JAF呼んだらお金たくさんかかりますよ。やめときましょうよ。』
 って言ってくれたんだ。」

 そこからのメンバーのみなさんの働きは尊敬に値する。

 まず、サーキットのレース車オーナーに連絡、快く積載車を貸してくださった。
 その積載車がある場所まで往復3時間もかけて受け取ってきて、みんなで不動車をうんとこしょと載せて、自宅ガレージまで運んでくれたのだそうだ。
 「もう泣きそうでした。」
 みなさま、兄がほんとにお世話になりました。ありがとうございました。

 しかしありがたいのはまだまだこれからなのであった。

 そもそもレース車両の積載車から、その不動車をどうやって降ろしたのか?
 兄A氏のガレージは民家のシャッターつきのふつーの車庫だ。

 「すごいんだよこれが。まずね、エンジン止めてたらギアは入るんだよ。だから、一足に入れてエンジンかける。もちろんすごい勢いで飛び出すよね。そしたらエンジン切って停める。次にバックにギア入れてエンジン始動、バーーーック!もう一発芸の車庫入れだよ。」

・・よい子のみんなは決してマネしないように。

 そんな常人離れしたテクニックの持ち主は、実は全日本レベルのレースにも参加された経験もある偉大なプロであった。プロの現場ではそういったノウハウも当然必要であり、当たり前のように体得されていたのであろう。

 そんなプロ氏はそれから積載車に乗って自宅ガレージに戻り、自分の車を積載車に乗せ、それを運転して借りたところまで戻しにいき、自分の車で帰宅されたのはとっぷり深夜、日付をまわった頃だったという。もう下げた頭があがらない。

 さてその不動車、「ディーラーに出してもなおるかどうかわからないし、お金ももったいないし、ちょっと開けてみましょう。来週日曜なら空いてますよ。」という敏腕ドクターの一言から、なんと、自宅ガレージでの開腹オペ決行と相成った。

 「いや〜すごかった! ほんっっとにすごかった!」
 感動の余韻にひたる兄A氏の瞳には異様な光が宿っていたのであった。

(次回に続く)

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2011年9月 3日 (土)

I♥エンスー vol.52 似合う自分

中国新聞 中古車情報サイト「チュレカ」(2011.3末でクローズ)に連載していたコラムのバックナンバーです。

Ensu

(2010.6.28 掲載)


 I♥エンスー vol.52 似合う自分


 先日古い友人と食事した。
 お互い1児のハハになり、久しぶりに時間が合ったのだった。

 待ち合わせの時間より少し早く着いて、友人が来るのを店の前で待っていた。

 横断歩道が青になり、向こうから大勢の人が渡ってくる。
 その中にいるんじゃないかと目を凝らしてみたがわからない。
 まだかな、と思った瞬間、見つけた。
 おーい!
 名前を呼んだが気づかない。
 こちら側に渡り切って、彼女もやっとわたしに気づいた。
 ひさしぶり〜〜〜。
 楽しいランチをいただいた。

 いや、実は見つけた瞬間ちょっとびっくりしたのだった。
 なーんか・・・すっかり丸くなっちゃって。
 いや、太ったってわけじゃない。
 昔はもっとこう、触るものみな傷つけそうな、ギザギザハートな感じで、着てるものもどこで買ったのかわからないような、ちょっと変わった、オシャレさんだった。
 もちろん相変わらずオシャレなのだが、ギザギザ感が消えていた。

 彼女の今までをいろいろ聞けば納得だった。
 いろんな波に揉まれた小石のようだった。

 帰りに送っていく車の中で彼女が言った。

 「もうさー、何着ていいかわかんないんだよね。着たい服がわかんない。自分にどんな服が似合うかもわかんなくなっちゃって。
  この前久しぶりに買いもの行ってさ、マキシスカート(丈の長—いスカート)買ったの。帰って気がついたよね、これじゃチャリ乗れんじゃんって。保育園お迎え行けんじゃんって。舞い上がっちゃって、もうだめよねー。」

 大笑いしながら涙がにじんだ。
 あの横断歩道で、彼女もわたしになかなか気づかなかった。
 ってことは、彼女もびっくりしたんだろう。
 なんか・・・すっかり変わっちゃって、とか。まあ、丸くもなってるし、実際。

 自分じゃなんにも変わってないような気がするんだけどなぁ。

 若さが価値だとしたら減価していく一方で、
 だったら補う財産は何だ?

 どうせみんな年を取るのだ。
 若いままではいられんのだ。
 もう少ししたらしわくちゃのバアさんだ。
 それが自然だ。
 変わらないものはきっともう死んでいる。

 「松浦弥太郎の仕事術」(朝日新聞出版)という本に、こんなことが書いてあった。

『履いているときの足元ではなく、どこかで脱いで、あたかも他人のもののように離れた距離から眺めたとき、「ああ、いいな」と思える靴。そんな靴を選びたいと、いつも考えます。
 これは車も同じで、駐車場に停めておいた自分の車を遠くから見たとき「ああ、何だか好きだな」と思える車に乗りたいと思います。』(仕事と靴と車の法則)

 自宅の駐車場に車を停め、窓ガラスに写る自分の姿をしみじみ見た。
 これが今のわたしなのだ。
 鍵をかけて、振り返って車を見た。

 うん、なんだか、好きだ。

 だったら、まあいいかな。

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